愛車が寄り添うガレージをもつ現代の「曲がり屋」

インナーガレージをあきらめ、愛車の機動性を優先したガレージにその動線を計算し尽くした結果、抜群の住み心地をもつ曲がり屋が誕生した

人とクルマの動線、自然光豊かな自然を巧みにバランス

正面から観察した際の第一印象は、ガレージスペースがたっぷりとしていて、建物自体には窓が少ないな…というもの。M邸は、いわゆるインナーガレージではなく、住環境と駐車スペースは分離している。どこにでもありそうな住宅と駐車場の関係だ。しかし、よく見ると玄関に低く設置された窓により車の存在が十分に感じられる点や、幅員の狭い道路への出入りを容易にするために適切な角度がとられている点などに気付く。


ガレージは、左右のドアを全開にしてもまだ余裕があるほどのスペースを確保。さらに、多角形の敷地に合わせて半透明の屋根が設けられている点などから、施主であるMさんが車との生活を大切にしていることがうかがえる。 玄関側からはわからないが、このM邸は東北地方にある伝統的な「曲がり家」のように2度折れ曲がっていることが特徴だ。つまり、俯瞰で見ると六角形を半分にしたようなカタチをしている。

「ガレージの角度などを導いているうちに、このような形になりました。曲がっているので、部屋全体を一望できるところがありません。視線の先に見えないところがあることで、実際より奥行きを感じるのです」

と、廣部さん。邸内を拝見すると、外観のイメージとは違い驚くほど明るく開放的。玄関には、階段の上に設けられた天窓から明るい自然光が降り注いでいる。絶妙な弧を描く上がり口も「ここで井戸端会議を…」と廣部さんが教えてくれたとおり、2~3人が腰掛けて雑談するにはちょうどいい。

天窓からの光に誘われるように2階へ。そこは、260㎝という天井高により贅沢なほどの広さを感じる。曲がり屋の真ん中、扇の要の部分には広いテラスがあり、そこを中心に左右にダイニングとリビングが展開する。テラスの正面には美しく色づいたモミジが見え、その先には横浜の名所・三渓園の深い緑が美しい。まるでM邸を中心に周辺の景色が展開しているかのような錯覚を覚えるほど。「雨の日でも外にいられるようなテラスを…」はMさんの希望のひとつだが、廣部さんの手により叶えられている。リビングもダイニングも、つねに十分な自然光が入ってくるので、完全に日が暮れるまで電灯をつける必要はないという。

愛車の出入り、自然光のコントロール、窓から見える豊かな自然。これらを巧みにバランスさせることで生まれた「曲がり屋」なのである。

M邸・車と共存する家
建築家・廣部剛司

tel.044-833-9798http://www.hirobe.net/
所在地:神奈川県横浜市 主要用途:専用住宅
構造:木造 敷地面積:157.91㎡ 建築面積:50.74㎡ 延床面積:89.36㎡
設計・監理: 廣部剛司建築研究所/廣部剛司

文・菊谷 聡 text / KIKUTANI Satoshi
写真・木村博道 photos / KIMURA Hiromichi

リビングからダイニング方向を見る。広いワンルームでありながら奥の突き当たりが見えないので、実寸よりも奥行きを感じる

低く設置されたガレージ側の窓。愛車と適度な距離感を保ちつつ、邸内からはまるで屋内にあるかのように感じられる

玄関の上がり口は適度な弧を描き、2~3人が腰を掛けて雑談するには最適

3方向に広がるテラスは、リビングにも明るい光と美しい景観をもたらす。珍しい形のハシゴは、廣部デザイン