▲ワゴンのようなクーペのような、もしくはおダンゴのような(?)造形で、いわゆる「わかりやすい美しさ」とは無縁にも思えるシトロエン DS5。しかしそこが逆にこの車の魅力の源泉でもあるのです ▲ワゴンのようなクーペのような、もしくはおダンゴのような(?)造形で、いわゆる「わかりやすい美しさ」とは無縁にも思えるシトロエン DS5。しかしそこが逆にこの車の魅力の源泉でもあるのです

ユーミンの歌は下手だから(?)こそ実は価値がある

※国民的歌手に対して筆者が下手と言うのはとてもはばかられるが……ご了承いただきたい。

人の心に深く刺さる何かとは、それがモノであっても人であっても何であっても、とにかくツルンとした万人受けするタイプのものではなく、常にどこかに「いびつさ」「ひっかかり」みたいなものを包有している。

ユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)さんの名曲「卒業写真」も、ユーミンさんならではの「微妙にフラットする音程」で歌われたからこそ、深く長く、人の心に突き刺さることになった。そのことを確信したのは十数年前、とある歌手が「卒業写真」をカバーした音源を聴いたときのことだ。

ところどころでフラットしてしまうユーミンさんと違い、今では名前も忘れてしまったその歌手は「ほぼ正確な音程」と「まあまあの歌唱力」でもって歌い上げていた。普通に考えれば音程、歌唱力ともに(大変な失礼を承知で言えば)かなりビミョーなユーミンさんが歌う「卒業写真」より、その歌手が歌ったものの方が音楽作品としてのクオリティは上になるはずだ。

しかし事実はまるで違っていた。

「ほぼ正確な音程」と「まあまあの歌唱力」で歌われたそれは、筆者の心にはまるで響かなかった。別に悪い作品とも思わなかったが、「ぜひもう一度、いや事あるごとに何度でも聴きたい!」と思わせるものでもなかったのだ。つまり音楽作品としてきわめて凡庸だったのである。

「それはお前がそう思っただけの話だろ! たった1人の価値基準で勝手に決めつけるんじゃない!」という批判もあるだろう。それはもちろんそのとおりだ。しかし、発表から40年以上たった本家ユーミンさんの「卒業写真」が今なお多くの人に愛され、事あるごとに再生され、そして巨万の印税収益を生んでいる事実と、その歌手によるカバー作品は今やほとんどの人が忘れているという事実をもって、わたしの話の客観的エビデンスとすることはできるはずだ。

人は「欠落」という個性にこそ恋をする

結局は「ひっかかり」の有無なのだ。

もしも「卒業写真」のカバーを、機械に匹敵する変態的なまでに正確な音程か、あるいはサラ・ブライトマン並みの超絶歌唱力でもって行ったなら、それはそれでかなりの「ひっかかり」となり、人の記憶と心にしみる作品になっただろう。しかし今の世の中「まあまあ」程度の正確さや歌唱力では何のひっかっかりにもならず、人は聴いたそばからそれを忘れてしまう。「まあまあ正確」などという凡庸な能力より、ユーミンの「微妙にフラットする」というある種の欠落というか個性の方が、人の心に対する訴求力は断然上なのである。

これとほぼ同様のことは車においても言える。デザインなり乗り味なりに「妙なひっかかり」がある車の方が、適切で効果的なマーケティングに基くツルンとした人気モデルより、人の心には深く突き刺さるものなのだ。いや、人の心というか筆者のような「自動車変態の心」限定というべきかもしれないが、それはさておき。

で、「ひっかかり」といえばやはりシトロエンだろう。そしてシトロエンの車でさえあればたいていのモデルが「ひっかかり成分の宝庫」なわけだが、今この瞬間、中古車として特に面白い選択肢の一つが12年8月から販売中のシトロエン DS5だ。

……この車のことは何と呼べばいいのだろうか。ワゴンといえばワゴンであり、グランツーリスモあるいはクーペのようでもあり、またそれらすべてのようでもある。しかし同時に、それらとはまったく別の何かにも見える。この「正体不明」という時点ですでに芸術が爆発しており、いろいろと心にひっかかる。

▲現在は独立ブランドになっているが、そもそもはシトロエンの個性的な上級ライン「DS」シリーズのフラッグシップとして登場した12年8月に登場した新ジャンルカー。パワートレインは1.6L直噴ターボ+6ATだったが、16年4月のブランド改変に伴い新型の1.6L直噴ターボ+新世代の6ATに ▲現在は独立ブランドになっているが、そもそもはシトロエンの個性的な上級ライン「DS」シリーズのフラッグシップとして登場した12年8月に登場した新ジャンルカー。パワートレインは1.6L直噴ターボ+6ATだったが、16年4月のブランド改変に伴い新型の1.6L直噴ターボ+新世代の6ATに
▲航空機のコックピットを意識したというDS5の内装。センターコンソールの「6連スイッチ」で各ウインドウの開閉と操作ロック、ドア施錠を行う。写真のシートはオプションの「クラブレザーシート」 ▲航空機のコックピットを意識したというDS5の内装。センターコンソールの「6連スイッチ」で各ウインドウの開閉と操作ロック、ドア施錠を行う。写真のシートはオプションの「クラブレザーシート」
 

フツーのサルーンまたはワゴンではどこか物足りないあなたに

クロムメッキを多用したギラギラと光る顔立ちや、妙に立体的な内装デザインは、まるで作家・志茂田景樹さんの衣装のようにド派手だ。しかし志茂田さんご自身が実は長年チャリティー活動に取り組んでおられる高潔な人物であるのに似て、DS5のギラギラもただのギラギラではなく、どことなく高潔、高貴なギラギラに感じられる。この「高潔なギラギラっぷり」はどこからやってきているものなのか? それもまたひっかかる部分である。

主要グレードであるDS5シックの新車時価格は約400万円。「約」というのは、年によってプライスが少々異なるためだ。で、その中古車相場は比較的長きにわたり(大した人気モデルではないにも関わらず)けっこうな高値をキープしていたのだが、ここへきて車両価格200万~250万円あたりの物件も増加。それでいて走行距離がぶっ飛んだということもなく、多くの物件はせいぜい2万km台から4万km台程度だ。中古車のコンディションというのは数値だけで計ることはできないため一概には言えないが、このぐらいの走行距離であれば、内外装コンディションも機関部分の状態も「まだまだ全然OK」であることは十分予想される。

スポーツカーの範疇に収まる車は別として、人と荷物を載せることが得意な車というと、どうしても「ひっかかり」が比較的少ない、万人受けするタイプの車が中心になってくる。揶揄する意味ではなく単純に例としてあえて車名を挙げるなら、例えばメルセデス・ベンツのCクラス ステーションワゴンなどだ。それが悪い選択であるはずはなく、むしろ素晴らしい選択だとは思う。

だが、もしも「……でもなんか違うんだよな、俺が人と荷物を載せられる車に求めているモノは!」とあなたが思っているのであれば、オルタナティブな選択肢としてぜひ、シトロエン DS5の中古車にご注目いただければと思う。この何とも表現しがたい妙な「ひっかかり」が、あなたの毎日に深く長く、突き刺さること間違いなしだからだ。

▲シトロエンというと油圧を利用したハイドラクティブ(ハイドロニューマチック)サスペンションが有名だが、DS5は通常の金属バネを使用している ▲シトロエンというと油圧を利用したハイドラクティブ(ハイドロニューマチック)サスペンションが有名だが、DS5は通常の金属バネを使用している
text/伊達軍曹
photo/プジョー・シトロエン