マツダの4WD「i-ACTIV AWD」は未来を予知するスゴいやつだった
カテゴリー: クルマ
タグ:
2015/03/04
i-ACTIV AWDは、まったく新しい「予知する4WD」
ようやく「i-ACTIV AWD」という呼び名が付いた、マツダの4WDモデルについてお話ししよう。
実はi-ACTIV AWDは、2012年登場のCX-5以降、スカイアクティブテクノロジーによって完成したすべてのマツダの4WDモデルに搭載されている技術だ。このたびCX-3の発売開始に合わせてめでたく命名と相成ったわけだが、それと知らずに該当するマツダ車を購入していたユーザーは、大きな宝物が愛車に隠されていたというこの知らせを素直に喜ぶべきだろう。それほどまでに、このi-ACTIV AWDは先進的で楽しく、安全でしかも経済的でもある。マツダの標榜する「Be a driver.」の世界は、路面状況による境界を大きく越えてみせた。
i-ACTIV AWDは、ひと言で表現するなら「予知する4WD」である。仕組みを簡単に説こう。
i-ACTIV AWDが備える予知能力は、現状を正確に判断するという前提の上に展開される。すなわち、一般的な電子制御式4WDが備える、車速やエンジン回転数、アクセルペダル位置など多数のセンサーに加え、外気温、前後加速度、操舵系から得られる複数の項目、果てはワイパーの作動状況に至る新たな12系統の情報を常に収集することで、刻々と変化する車両が置かれた現状を認識し続ける。
次にi-ACTIV AWDは、自ら判断した走行環境に基づいて、ドライバーが次の操作を行う前に、起こりうる現象にあらかじめ備えて各部の機能を即座にスタンバイする。
例えば、氷点下の降雪時に急勾配の上り坂、車線を横切るように斜めに停車。ステアリングは坂を登る方向に大きく切られている。このときi-ACTIV AWDは、タイヤの空転がもっとも少なく、大きな操舵角によるタイトコーナリング現象が発生しづらい4輪への適正なトルク配分操作を既に完了させて、ドライバーの次の操作と、その操作によって生じる新たな現状収集の機会を待っている。
たゆまなく連続的に行われるこの演算ループは、すなわちフィードフォワード(=予測制御)であり、これまでの自動車制御技術のほとんどがフィードバック(=対処制御)に過ぎず、技術の進化が対処時間の短縮に置かれていたことを考えると、ゼロ秒の一線を越えた領域についに飛び込んだことを意味する画期的な出来事だと言える。2015年2月時点で、フィードフォワード制御を採り入れたフルタイム4WD車は、マツダのi-ACTIV AWD以外、世界に存在しない。
車自身が、今どういう環境にいて、次に何をするべきか知ってる!?
そして私が、i-ACTIV AWDの制御技術を予測ではなく予知だと表現するのは、この技術が、現在一般的に呼ばれる予測制御に止まらない発想を実現することに成功しているからだ。
我々は予言者ではないので、本来、未来に起こることを知ることは不可能である。なので正確な予測を立てるためには、極めて絞り込まれた前提条件を設定することが必須だった。一例として、現在のF1マシンには予測制御技術が取り込まれているが、これは、特定のドライバーの運転のクセ、特定のコース、特定の気象・路面状況、予選あるいは決勝といった特定の走行シーンなどの前提を演算の関数として入力することで初めて実現されている。
ところがマツダ車は、世界の公道を走る。誰が運転するか分からない。その上で次の瞬間に何が起こるのかを予測することは、極めて困難な行為である。マツダは、i-ACTIV AWDを実現するにあたって、膨大な件数の事象を検証し、それらを複合的に組み合わせたアルゴリズムを完成させることで、予知ともいえる領域に踏み込んでみせたというわけだ。
真っ白に染まった北海道の大地にずらりと並んだi-ACTIV AWD搭載車たちを前に、マツダの広報マンが私にこう言った。
「こいつらみんな、今自分がどういう環境の場所にいて、次に何をするべきかということを知ってるんですよ!」
車に、単なる機械としての車を超えた相棒のようなぬくもりを感じた印象的な言葉だった。
2WDよりも燃費のよい4WDが実現するかも、ってホント!?
さて、実際の運転感覚は拍子抜けするほど自然である。
歩いて登れないほどの滑りやすい急斜面にi-ACTIV AWD装着車を止めて、再発進を試みる。 と、まるで乾いた舗装路のように、わずかなスリップもなく登坂を再開する。「実は大した悪条件ではないのではないか」と勘ぐってしまうほどだ。
一方、通常のフィードバック制御を組み合わせた最新の国産電子制御式4WDを持ち込んで試してみると、今度はバリバリと雪煙を上げてタイヤが空転するところから登坂が始まる。まずタイヤを回してみて、滑ったと気づいてからトルク配分の適正値を探るという行程は、今までのどんなに優れたフルタイム4WD車にも不可欠な儀式だったことを確認する眺めだった。
「なんだか派手に空転させながら走る車の方がスゴい性能に見えちゃうよね」というのは取材現場での笑い話だが、実は4輪で的確に路面を捉えて粛々と走る、という性能にi-ACTIV AWDのもう1つの特徴と可能性が秘められていることも書き添えないわけにはいかない。
言うまでもなく、タイヤが空転している状態では、車はほとんど前に進まない。つまり、通常のフィードバック制御による次の制御の案配を判断するための動作は、本来存在しない方がよい無駄な領域なのである。もちろんi-ACTIV AWDも予知せぬ現状に対応するために、フィードバックを兼ねた複合的な制御を行っているが、その領域を限りなくゼロに近づけることで、エンジンが発生させたパワーを極限まで無駄なく路面に伝えることができるようになる。
そしてi-ACTIV AWDにおける予知制御の領域が、積雪路のような極限の悪路だけでなく、未舗装路や降雨路、そして乾舗装路にまで及んでいることを考えると、必要最小限の幅のタイヤをフルに使い切る究極の高効率車実現の可能性まで視野に入るのだ。
駆動系開発畑一筋で、i-ACTIV AWDの開発を主導した八木康エンジニアは、いつかきっとFF車よりもよい燃費を実現してみせると開発者魂を燃やしている。
「実は、スカイアクティブ テクノロジー以降の新世代フルタイム4WDについて、最初に私が練っていた構想は先代技術を一段進化させたものだったんです。ところが、その構想を上司に報告したところ“キミは自分の存在を否定するのか”と静かにつぶやかれましてね。目が覚めた結果が、i-ACTIV AWDです。こうなったら、とことんまでやりますよ」
i-ACTIV AWDの未来、きっとマツダの面々には予知できているのだと思う。ようやく梅の花が咲きはじめた頃なのに、初雪の便りを追いかけるドライブの計画を立てたくなるほどの新技術。さらなる進化にも期待したい。