フェルディナント・ヤマグチ

みなさまごきげんよう。フェルディナント・ヤマグチでございます。

前回は自動車業界の深刻な半導体不足がなぜ発生したかをお話ししました。

読者諸兄におかれましても工場の操業停止や納車の遅れなど、昨今の半導体需給に起因する諸問題をニュースで目にする機会も多いと存じます。もちろん、不肖フェルもその手の記事に目を通してはいるのですが、記者自身が本質を理解せずに書いているケースが多いので、妙に内容が薄かったりトンチンカンな視点で書かれていることが多いのが現状なのです。

前回の話をしっかり読んでいただければ、ニュースの捉え方も変わってくるはずです。

しかしまあ、このままだと自動車業界は当分明るい話がありそうにありません。そんなことでは身もふたもなくなってしまうので、今回の半導体大特集の最後は、西村編集長と自動車業界の未来について明るく楽しく、かつ少しだけ真面目に考えていこうと思います。

※この対談は2021年6月4日に行いました。
 

異業種メーカーが自動車を作るのは必然の流れ?

編集担当・大津 フェルさん、編集長。今回もよろしくお願いします。これまで2回にわたり、半導体とは何か、なぜ今自動車業界が半導体不足に苦しんでいるのかを伺ってきました。最後は、今後自動車業界がどうなっていくかをお二人の視点でお聞かせいただければと思います。

カーセンサー・西村編集長(以下、西村) まず、目先のことから考えると、いまの状況はいつ元通りになるのかが知りたいです。新車販売は将来の中古車流通量に直結するので、この状況が長引くと必ず中古車業界にも大きな影響が出てきます。

フェルディナント・ヤマグチ(以下、フェル) いまの状況は本当に深刻です。報道では「今年後半に元通りになる」という意見が多いですが、現実問題、年内に元通りになるのは難しいでしょう。私は、みんなが欲しい半導体をちゃんと作れるようになるには来年いっぱいかかると見ています。

西村 そんなにかかりますか。本当に深刻ですね……。

フェル 半導体の世界では、例えばメモリーが足りなくなって価格が跳ね上がり、大増産をしたら今度は市場にダブついて在庫も増えてしまって価格が下落する。こんな堂々巡りを何度も何度も繰り返してきたんです。しかし、いまはずっと足りない。1年以上も半導体が足りなくなるなんて、人類が初めて経験する事態ですよ。

西村 そうなると、当然価格も跳ね上がりますよね。

フェル 前回話に出したTSMCは、今年の1月に製品を一律15%値上げしました。そして、今年の5月にまた一律15%値上げしました。ちなみに、4月には全従業員の給料を20%上げました。

西村 一律ですか! そんなすごいことがあるなんて。それにしても、半導体を多用した電子デバイスは、例えば、手巻き時計のような何十年もメンテナンスしながら大事に使い続けようというものではなく、世代が古いと有無を言わさず変えざるを得ないようなサイクルになる と思います。ということは、いまの供給不足、需要過多という状況は一過性のものではなく、今後も続いていくということですね。

フェル そのとおりです。

西村 おそらく、これからの車も様々な電子デバイスと同じようになっていくかもしれません。

フェル 車も含め、世の中の半導体の使用率はとめどもない状態です。本当に何もかもが電子化していきます。変な話、恋人との出会いだってそうなっていますよね(笑)。いまはまだはんこを押すために週に何度か出社している人も、今後はなくなっていくでしょう。

西村 リモートワークが進むと、ますます電子デバイスなしには考えられない世の中になりますね。当然、高性能な半導体の需要は今以上に増える。

フェル 車に目を向けると、ADASはもちろん、コネクテッド技術により車がいろいろなものとリンクする世の中がやってきます。
 

日産 リーフ 車とスマホをつなげる技術は今や当たり前。この先はより多くの電化製品と車がつながる日がやってくるかも(イメージ図)

西村 車単体でものを考えるのではなく、生活の中のひとつのピースとしてあらゆるものとかみ合っていく世の中がすでに始まっています。

フェル そして忘れてはいけないのが、自動車メーカーではなかったところが車を作る動きがあることでしょう。テスラはすでに量産車を販売していますし、アップルカーも様々な話が飛び交っていますよね。

西村 ソニーのVISION-Sはすでにその姿が世の中に公開され、公道での走行テストも行われています。

フェル これらもさることながら、車そのものではないけれども車の心臓部をつかさどる部分に参入しようという動きも活発です。有名なところでは、中国のファーウェイが自動車部品事業を強化するために様々な動きをしています。ファーウェイに関しては定期的に「自動車事業に参入するのではないか」といううわさが飛び交い、つい先月もそれを否定する声明を出したばかりです。

西村 EVが主流になり半導体をユニット化できると、これまでの常識では考えられなかったところが車を作ることもあり得るということですね。

フェル アメリカにはニコラという新興大型車メーカーもありますし、これからも新しい自動車メーカーが出てくる可能性は十分あるでしょうね。
 

機体は同じでもそれぞれの航空会社にファンがいる。車もそうなっていく!?

西村 MaaS(バスや電車からカーシェアまで、すべての交通機関をITでシームレスに結びつけるという概念)も盛り上がっていますよね。ただ、その議論の中でも動くものを作るのは特殊技術が必要だから、あくまで自動車メーカーが担うというのが3年ほど前まで主流でした。

フェル その議論も時代とともに変わっていくでしょう。

西村 異業種から参入してきた企業が完成車までは作らなくても、何割かはソフトウエアメーカーなどが作るようになる。提携か協業かの差はあるでしょうが、その流れはすでに見えてきています。

フェル そもそも、車業界に変革の波が押し寄せた初期の頃は、「EVなんて絶対に普及しない」という意見が主流でした。異業種から自動車業界に参入なんて話になると「車をナメるな」という話になる。自動車メーカーには何十年も積み上げたノウハウがありますからね。私は、これが両方とも否定され始めている流れを感じています。とくに、EVの時代はすぐ目の前までやってきているし。

西村 EVに関しては「EVだからこそできる自動車メーカーのアイデンティティは何か」という流れにシフトしてきています。

フェル なるほど。

西村 モーターは、出力の上げ下げを自由にコントロールできるじゃないですか。調理に例えると、かつてまきや炭で火を起こしていた世界からIHにまで進化し、どういう温め方をするのか、(火を使っているような)色の味付けをするのか、そういう部分で各社の個性が出る。

フェル 確かに!IHだと様々な部分にメーカー独自の考えを表現することができます。

西村 調理の時間だけでなく、掃除しやすい、壊れにくいというのもメーカーの個性です。どこでどんな表現をすると、そのメーカーらしさにつながるのか。EVはよく「自動車としての個性がなくなる」といわれますが、僕は逆にEVだからこそ自動車メーカーが自分たちらしさを打ち出す幅が広がると思うんですよね。

フェル なるほど! それはそのとおりですね。それをやらないと「みんな同じ電気自動車でしょ」と見向きもされなくなってしまいますからね。

西村 あるメーカーはデザインを際立たせるかもしれないし、別のメーカーはインテリアの質感を高めるかもしれない。走りで個性を出すのも、スポーツカーのような速さもあれば、エコな走りというアプローチもあるでしょう。そのコミュニケーションを各社が模索しています。

フェル 自動車自体もプラットフォームがメーカー間で共用され、空力性能を高めた結果形も同じようになってしまった。自動車の個性がどんどんなくなった中で、これからは新たな形で個性を表現できるようになる。楽しみですね。

西村 その表現が様々な半導体を使うことでベースアップできるようになる。他社より高性能な半導体を積むことで安全性をアピールしたり、快適性を高めたりできるようになる。まさに多様化ですね。逆に言うと、これまでの車のようにメガヒットしないとコストを回収できないような開発の仕方ではなく、先ほどフェルさんから教えてもらったようにいくつもの企業が分担して作っていくことで、可能性が大きく広がっていくのではないでしょうか。

フェル 目に見える機能だけでなく、性能面でもこれまでの自動車メーカーでは考えられなかったようなものが生まれる可能性もあります。

西村 開発も、これまでは自動車メーカーが一気通貫で行っていたものが、開発を分担することで時間もコストも抑えられるようになるかもしれません。そうすると、車がもっとおもしろくなるかもしれない。ポジティブな意味で業界の常識が変わっていくことを期待したいです。

フェル 進化の過程で“異種混入”はとても大切なことですからね。そろそろ、まとめに入れたらと思いますが、経済産業省は2030年代半ばまでに乗用車の新車販売で100%電動車にすると言っています。そのとき、西村編集長は車がどのようになっていると思いますか?

西村 間もなくEVの方がよりこだわったってブランドを打ち出すという時代がやってくると考えています。そうなると、どこかが思い切ったことをやって「これ、楽しいでしょう!」というものが必ず出てくるはず。ある意味、テスラはその先駆けだと思います。

フェル テスラはネガティブなこともいろいろいわれますが、なんだかんだですべてやり遂げちゃっていますからね。

西村 いまだとHonda eは「ホンダらしいEVの楽しさってこういうこと」というのを分かりやすい形で打ち出すことに成功していますよね。一方で、今のブランドの延長線上で電動化を進めているメーカーもあります。その意味では、極端にEVかクラシックカーかではなく、その間のグラデーションが埋まっていく感じになるのではないかと感じます。
 

ホンダ Hondae ホンダが2020年に販売を開始した新型電気自動車「Honda e」。シンプルでモダンなデザインと、力強い走りが魅力的

フェル そうなると先ほども話があったように多様な個性が生まれて、車にそんなに詳しくない人は選ぶのが逆に大変になるかもしれない。

西村 だからこそ、カーセンサーをはじめとする自動車メディアは、人々が複雑すぎることで興味を失わないように、みんなが自分の好みで楽しめるものを選べるんですよということを接合し、購入後の未来を描いていくことが重要になるでしょうね。

フェル それができるメディアとできないメディアとで、勝敗は大きく分かれそうですね。自動車メーカーだけでなく、メディアのセンスもいま以上に問われる。

西村 航空業界だと、JALとANAは同じ飛行機を使いますが、JALが好きな人とANAが好きな人に分かれます。車もサービスの違い、搭載されるエンタテインメントシステムの違い、どんな形で家やスマホとつながるかということで好きなメーカー、好きなブランドに差が出てくるのかもしれません。

フェル それは分かりやすい! 飛行機はよほどマニアでもない限り、「俺は絶対に787がいい」という理由で航空会社を選びません。だからこそ、ソフトやサービスが重要になる。これからどんな時代がやってくるか楽しみです。ただ、私はその頃には免許返納の年齢になるので最後までスポーツカーの走りを楽しもうと思います(笑)。
 

文/フェルディナント・ヤマグチ 写真/ルノー、尾形和美
フェルディナント・ヤマグチ

コラムニスト

フェルディナント・ヤマグチ

カタギのリーマン稼業の傍ら、コラムニストとしてしめやかに執筆活動中。「日経ビジネス電子版」、「ベストカー」など連載多数。著書多数。車歴の9割がドイツ車。