フェルディナント・ヤマグチ

みなさまごきげんよう。フェルディナント・ヤマグチでございます。

「半導体の供給不足により自動車メーカーが工場の稼働を停止」というニュースをご覧になった方も多いでしょう。5月18日には、これまで供給網の整備などでこの状況をしのいでいたトヨタも6月に初めて国内工場の一時停止をするというニュースが流れました。

1台の車は数万点にもおよぶ部品が組み合わさってできています。半導体はとても小さく、車に使われるのはどんなに大きくても数cmほどのサイズ。それでも、ひとつでも足りなければ車を製品として世に送り出せません。

半導体不足という自動車業界を襲った深刻な問題。今回はその核心に迫ります。専門的な話も出てきますが、みなさんしっかりついてきてください。

※この対談は2021年6月4日に行いました。
 

グローバルで分業化が進んだ半導体業界

編集担当・大津 フェルさん、編集長。今回もよろしくお願いします。前回は本題に入る前に半導体がどういうものなのかを読者の皆さんにも理解していただこうと、基礎的なお話を伺いました。いよいよ今回から、自動車業界で現在起こっている問題についてお話を伺えればと思います。

カーセンサー・西村編集長(以下、西村) 車はスマホや家電などと比べて大きな製品だし、使う半導体の数も半端じゃないから、半導体メーカーにとっては上得意では? という感覚があります。実際、半導体業界ではどのような位置付けなのですか? 例えば半導体が使われている量だとか、半導体の供給先として自動車産業が占める割合などを教えてもらっていいでしょうか。

フェルディナント・ヤマグチ(以下、フェル) 2020年の世界の半導体市場は4403億ドルでした。1ドル=109円で換算すると約48兆円ですね。その中で、車載の半導体は500億ドル。シェアは約11.4%です。

西村 思ったよりも少ないですね。

フェル 車には非常に多くの半導体が使われていますが、そのほとんどは何年も前に開発されて価格も十分下がったものになります。今、高度な半導体の需要は圧倒的にスマートフォンなんですよ。西村さん、大津さん、そして読者の皆さんにも半導体のことを学ぶうえで「TSMC」という会社を絶対に覚えておいてもらいたい。

西村 台湾セミコンダクター・マニュファクチャリングですね。

フェル TSMCは世界一の半導体受託生産会社です。半導体業界はグローバルで分業化が進んでいて、日本の半導体メーカーは最先端の半導体を製造していません。高度な技術を要する最先端の半導体の多くをTSMCが生産を請け負っています。

車載半導体はドイツのインフィニオン・テクノロジーズとオランダのNXPセミコンダクターズ、そして日本のルネサス エレクトロニクスが3大メーカーといわれています。

半導体は中の線の幅が細いほど性能が高くなりますが、これらの会社も線幅が40ナノメートルより細いものの製造はTSMCに委託しています。

西村 それはなぜですか?

フェル 最も大きな理由は設備投資です。半導体の生産ラインを作るためには莫大な設備投資が必要で、高度なものになるほどその額も跳ね上がります。ハイエンドの半導体製造ラインだと一棟数千億円は必要になるでしょう。

大津 数千億! それをいくつか作ったら兆の設備投資が必要ですね。

フェル だとしたら自前で作るのではなく受託生産の方が効率的であるという判断ですね。半導体メーカーの中には自社で一切製造ラインをもたないところもあります。
このようなメーカーを“ファブレス”といいますが、ルネサスなどはミドルレンジまでを自身で製造し、ハイエンドの製品を外部に委託しているので“ファブライト”といわれています。

西村 なるほど。そして、その能力をもった会社に生産依頼が集中する構造になったわけですね。

フェル では、TSMCの売り上げの中で車載半導体のシェアはどれくらいか。大津さん、分かりますか?

大津 半導体市場での車載のシェアが1割強ですから、同じくらいでしょうか。

フェル わずか4%です。しかも、それは車載の中では最先端ですが、TSMCが製造する半導体の中ではそこまででもない。いま、TSMCが作っている超最先端の半導体は線幅が5ナノメートルのものになります。それを使うのはスマホなのです。

西村 車載向けのものはどれくらいの線幅ですか?

フェル スバルの新しいアイサイトには最先端の半導体が使われていますが、それも16ナノです。スマホより3倍も太い。しかも、半導体メーカーは車載向けに対して、その他の半導体の6倍のテストを行っています。

大津 6倍も! それはなぜですか?

フェル ひとえに、車が人の命を預かる製品だからです。万が一、走っている最中に半導体が原因でトラブルが発生したら、人の命が奪われる可能性だってありますよね。スマホは最悪壊れたとしても、人が死ぬことはありません。
 

スバル アイサイトイメージ スバルが最先端のテクノロジーを駆使して搭載した「アイサイト」は、自動車位置を正確に把握して複雑な道路情報まで認識する。この技術にも、もちろん半導体が欠かせない

西村 確かに。

フェル テストに6倍の時間がかかるということは、その分コストもかかる。製造側の負担は非常に大きなものになります。それなのに、売り上げは全体のわずか4%しかない。

西村 そうなると半導体メーカーの立場で考えれば、値段は高いし手間もかからないからスマホ向けのものを作った方がいいとなります。
 

コロナに停電、火災……。半導体業界を襲った悲劇

フェル そのとおりです。そして、ここからが悲劇の始まりの話になります。昨年からの新型コロナウイルスによるパンデミックで世界の自動車メーカーは需要が大幅に減ると判断し、注文していた半導体製造を大量にキャンセルしました。

西村 突如キャンセルされた方はたまったもんじゃないですね。当然、他の業界へ営業をかける。

フェル そのとき、TSMCの中で車載半導体のシェアは2%にまで落ちたそうです。

一方で、同じ時期に巣ごもり需要でスマホやゲームPCをはじめとするハイエンドPC向けの半導体の注文が大量に入った。そのため、半導体メーカーはそちら向けの生産にシフトしました。一方、ふたを開けてみたら自動車はパンデミックの中でも思ったより需要が下がりませんでした。

西村 日本でも公共交通機関を使うのが不安だからと、これまで車は必要ないと考えていた人が車を買うという現象も見られましたね。自動車業界は再び半導体を注文するけれど、半導体メーカーは生産体制をガラッと変えたからそれを急に戻すことができない。スマホやハイエンドPCの需要が減ったわけではないから。

フェル 「は? 突然キャンセルして今さら再注文と言われたって対応できるわけないでしょう」というのが半導体メーカーの正直な気持ちでしょうね。それでも、なんとか頑張って戻そうとしていますが、先のTSMCでいえば、社内の比率はやっと3%になったくらい。コロナ前の状態にはまだまだ戻っていません。

西村 つまり、いまの状況はたった1%元に戻っていないだけで起こっているということですね。

フェル そして、この状況に追い討ちをかけるように大問題が起こりました。

西村 それはなんですか?

フェル 先ほど名前を挙げたNXPとインフィニオンの車載半導体の工場はアメリカのテキサスにあります。今年の冬にテキサスが大寒波に見舞われて大停電が発生し、両社の工場は長期の生産停止を余儀なくされたのです。さらに、ルネサスは今年3月に茨城県にある那珂工場の生産ラインで火災が発生。やはり、こちらも半導体の製造がストップしました。

西村 最先端の半導体だけでなく、大量に使う部分まで供給がストップした……。

大津 ルネサスの火災は日本の自動車メーカーなど取引先からの応援が入って、火災から1ヵ月で生産が再開し、5月末時点で9割弱まで生産能力が復旧したという報道がありました。

フェル 実はルネサスの工場は東日本大震災のときにも完全に倒壊してしまい、このときも世界中の自動車メーカーが車を作れないという事態になったことがあります。その際、トヨタをはじめ日本の自動車メーカーが再建に向けて社員を大量に応援に出して、わずか半年で工場がフル稼働できるようになりました。
 

半導体不足の影響で中古車の落札価格も上昇傾向に

西村 もう少し話を掘り下げてもいいですか。半導体が不足しているという危機感とそれをすぐには補えないという事情はよく分かりました。この話は自動車メーカーが全体的に業績を下方修正するような話なのか、あるいは特定メーカーや特定の機能の部分に影響が出る話なのか。そのあたりはいかがでしょう。

フェル コロナ前だと世界の自動車販売台数は年間9000万台強でした。2021年の第一四半期では、半導体不足によって世界中の電動車が100万台減産されたといわれています。通年だと、300万台分の生産が遅れるのではないかという見方も出ています。

西村 なるほど。それはかなりの数です。

フェル TSMCは台湾にある会社ですが、実は今、台湾は深刻な水不足に陥っています。半導体は製造過程で大量の水を使うんですよ。
それによって減産を強いられる事態も出ています。シェアが低いとはいえ、この影響は自動車業界にも出てくるでしょう。先ほど話した100万台、300万台という数字はあくまで電動車の数字です。普通の車にも半導体はたくさん使われているので、今年はかなり厳しいかもしれないですね。

西村 ちなみにいま、中古車まわりでは新車がお客さんのところに納車できないので下取り車が発生しないために、オークションに車が出てこなくて落札価格が上がっているという現象が出てきています。

フェル 新車がないから、中古車がたくさん売れてもうかるという単純な話ではないわけか。

西村 業態にもよりますが、仕入れ値に影響が出ているので中古車だけが売れて、中古車業界がもうかるという単純な構図にはなかなかなっていないですね。

フェル 仕入れ値が上がったからといって、すぐに売値に反映できるわけではない。

西村 それもありますし、あとは単純に商品を仕入れにくくなっているという状態だと思います。中古車マーケットの需要は盛り上がっていますが、すべての販売店がすべからく利益を上げているかというと、必ずしもそうではなくグラデーションがある状況でしょうか。

フェル なるほど。それは分かりやすい。

西村 コロナ禍になってからは、世界中でハイエンドの車やスポーツカーの人気が高まっています。どこかに行って何かを楽しむことができなくなった中で、ただ走るだけで楽しめる、あるいは1人でいじって楽しめる車が日本はもちろん、世界中で盛り上がっています。

フェル 日産のスカイラインGT-Rや80系スープラ、あるいは初代ロードスターなどは海外での人気もあって相場が高騰していますよね。私のポルシェも値段が上がらないかな。

大津 すみません。そろそろ中編のお話を終わりにしてもいいでしょうか。いまの半導体不足がなぜ発生したのか、それをすぐ解消できない理由は何かがよく分かりました。後編では半導体を軸にこれからの自動車業界がどうなっていくか、フェルさんの考えをぜひ聞かせてください! 
 

マツダ ロードスター 世界中のファンから熱視線を集めているマツダ ロードスター(初代)。半導体不足によって中古車の価値も上昇する未来が来る?

(次回へ続く!)

文/フェルディナント・ヤマグチ 写真/スバル、マツダ
フェルディナント・ヤマグチ

コラムニスト

フェルディナント・ヤマグチ

カタギのリーマン稼業の傍ら、コラムニストとしてしめやかに執筆活動中。「日経ビジネス電子版」、「ベストカー」など連載多数。著書多数。車歴の9割がドイツ車。