▲施主からのオーダーを優先順に挙げると、「眺望を確保するために3階建てにしたい」「富士山が見える場所を作ってほしい」「黒い外観の家にしたい」「壁や天井などは白以外の色をたくさんつかってほしい」というものだった。ガレージに関しては、筒井氏のこれまでの実績を見たうえで基本的にはお任せだったという。ただ、アストンマーティン V8 ヴァンテージやポルシェ 911を入れる予定であるということと、施工段階でタイル張りにしたいと希望したとのこと▲施主からのオーダーを優先順に挙げると、「眺望を確保するために3階建てにしたい」「富士山が見える場所を作ってほしい」「黒い外観の家にしたい」「壁や天井などは白以外の色をたくさんつかってほしい」というものだった。ガレージに関しては、筒井氏のこれまでの実績を見たうえで基本的にはお任せだったという。ただ、アストンマーティン V8 ヴァンテージやポルシェ 911を入れる予定であるということと、施工段階でタイル張りにしたいと希望したとのこと

スポーツカーが周辺の景色と同化する丘の家

今回訪れた場所は、横浜市西区。取材場所は小高い丘の頂上にあり、現在でも眺望はよいが、高層ビルなど影も形もなかった時代ならば横浜港が一望できたに違いない。横浜市内には港を見下ろせる丘が多く存在している。山手、掃部山、野毛山などが有名なところで、そこには古くから瀟洒な邸宅が建ち並び、麓の町は商店が並び栄えてきた。

そんな歴史や情緒に満ちた丘の上に建つM邸が、今回の目的地だ。建築家・筒井紀博さんの作品らしく鋭角で漆黒の面構成をもつ、周辺でもひときわ目立つ存在。正面からM邸を観察すると、黒基調の建物にブラックボディのアストンマーティン V8 ヴァンテージが同化しているようにも見える。

丘の頂上に位置する周辺は、まだ新しい住宅が並んでいる。袋小路の前面道路は、それ自体が広場のようになっているため、そこを中心に家々が展開しているというイメージだ。

「もともとここは、広い宅地だったところを分筆して売られた土地でした。そのような場合、一般的には街並みがせせこましくなりがちです。そこでM邸は、前面道路を含んだ一体の空間として広場のように感じられるエクステリアを意識して設計しました。同時に、ガレージ内の車が広場的な空間に自然と溶け込むようなレイアウトとしています」と筒井さん。

「また、毎日の生活の中で、自然と愛車を感じることができるような動線計画を意識しました。アストンマーティンは低い視線からのボディラインが美しいと思ったので、玄関とガレージとは2段ほどの段差を設け、玄関から出た瞬間に低い位置から見えるようにしました」

まさに、自らカーガイである筒井さんらしい工夫が施されている。

「なんといっても敷地条件が難しかったです。4方向が道路で高低差もあり、通常では2階建てしか建たない場所。そこに複雑怪奇な計算を経て3階建てとしたことが、最大の難関でした」と筒井さん。

「さらに、富士山を見たい……という希望を実現することが難しかったです。まわりの家が建つ前だったので、その高さを役所へ行って調べたうえでM邸の高さを割り出しました。富士山の方向はGoogle Mapから方角を確認すると同時に、現地では釣り竿の先にデジカメを取り付けて、高い位置からの眺望を確認しています」 取材当日は雲が多く、残念ながら富士山の姿を確認することはできなかったが、施主の希望を実現するためにあらゆる手段を講じる筒井さんの姿は容易に想像できる。

夫人のコーディネイトでハイセンスな空間へ

3階建ての邸内は、スキップフロア構造を採用することで、広がりのある空間を実現。

「もともと、ホームエレベーターを備える3層の家を希望されていましたが、基本設計がほぼ完了したころに『本当に単純な3階建てでいいのか?』と考え、スキップフロアを提案しました。Mご夫妻の趣味のひとつが山登りなので、ならばホームエレベーターは不要だろうと……」

設計段階で何度もディスカッションを繰り返すうちに、筒井さんはMご夫妻のライフスタイルや嗜好を理解し、あえて当初とは異なるデザインを提案した。さらに、インテリアに対して積極的に関与されたM夫人の意見もしっかりと反映されている。

邸内は、十分な自然光が入るよう適切な位置に窓を配置。加えて豊富な観葉植物や絵画、何気なく置かれている小物などが、Mご夫妻のハイセンスな暮らしぶりを窺わせている。

筒井さんが住宅を設計する際には、事前に時間をかけてヒアリングを実施する。ガレージハウスであれば、施主と車との関係性を確認する作業から始まる。さらに車自体。例えば旧車であれば、エンジンをかけるだけでも「儀式」が必要な場合だってある。また、暮らしの中で車がどう見えるか、どんな距離感で生活したいか……着目すべきポイントには限りがない。

「ガレージといっても、そのあり方は千差万別です。その車にとって必然性のある空間を作り出すことが重要なのです」

そう教えてくれた筒井さんの、今回の提案がM邸。「M邸はかなり特殊です。スーパーカーの部類に入る車なのに、あっけらかんと付き合っています。あの自然体で車と付き合う雰囲気への私なりの回答が、広場的な空間に繋がっているのです」

Mご夫妻と十分なコミュニケーションをとることによって生まれたM邸。垂涎のモデルでさえ、地域に共有させてしまうという大胆なデザインには大いに共感できた。

▲ガレージ右手の壁面にも開口部が設けられている。斜め上方に開く独特のドアでも、壁面を気にせずに開放することが可能。このあたりも、アストンありきで設計されたメリットのひとつだ▲ガレージ右手の壁面にも開口部が設けられている。斜め上方に開く独特のドアでも、壁面を気にせずに開放することが可能。このあたりも、アストンありきで設計されたメリットのひとつだ
▲2階のリビング&ダイニングルーム。スキップフロア構造により、実際のサイズよりも広く開放的な空間となっている。キッチンカウンター手前のボックスはバイオエタノール暖炉▲2階のリビング&ダイニングルーム。スキップフロア構造により、実際のサイズよりも広く開放的な空間となっている。キッチンカウンター手前のボックスはバイオエタノール暖炉
▲3階の寝室の窓からも、ランドマークタワーをはじめとする“みなとみらい”地区のビル群が見える。和のテイストをもつリゾートホテルのような趣だ▲3階の寝室の窓からも、ランドマークタワーをはじめとする“みなとみらい”地区のビル群が見える。和のテイストをもつリゾートホテルのような趣だ
▲3階から階段を見下ろすと、各フロアが見事に連続しているデザインであることがわかる。吹き抜けの役割を果たし、効果的に配置された窓から十分な自然光が注ぎ込む▲3階から階段を見下ろすと、各フロアが見事に連続しているデザインであることがわかる。吹き抜けの役割を果たし、効果的に配置された窓から十分な自然光が注ぎ込む
▲正面から観察すると、アストンマーティンが収まるガレージスペースが、絶妙なバランスをもっていることに気づく。2階テラスのルーバーとアストンのフロントグリルが共通のイメージをもつ。ガレージ横のスペースには、普段は奥様専用のVW ポロGTIが収まる▲正面から観察すると、アストンマーティンが収まるガレージスペースが、絶妙なバランスをもっていることに気づく。2階テラスのルーバーとアストンのフロントグリルが共通のイメージをもつ。ガレージ横のスペースには、普段は奥様専用のVW ポロGTIが収まる
▲2階テラスから見下ろした風景。タイルの配置は、視覚的な効果や車の出し入れを考慮してデザインされている▲2階テラスから見下ろした風景。タイルの配置は、視覚的な効果や車の出し入れを考慮してデザインされている
▲玄関を出ると、目の前はガレージ。低い位置から見た方が映える…という筒井さんの判断により、あえて玄関のレベルを下げている▲玄関を出ると、目の前はガレージ。低い位置から見た方が映える…という筒井さんの判断により、あえて玄関のレベルを下げている
▲屋上に立つと、M邸がどの家よりも高い位置に建てられていることがわかる。動物園や公園が至近で、取材当日はみごとな紅葉を楽しむことができた▲屋上に立つと、M邸がどの家よりも高い位置に建てられていることがわかる。動物園や公園が至近で、取材当日はみごとな紅葉を楽しむことができた

【横浜を見下ろす丘のガレージ】
■今回のこだわり:前面道路に傾斜がついているため、アストンマーティンのようなスポーツカーを入れる際にボディ下部を擦らないよう、勾配のつけ方やタイルの張り方などにこだわった。また、当初からアストンマーティンを入れる予定であることを聞いていたため、ガレージの幅員には気をつけた。車幅が広くて全高が低いスポーツカーが収まったときにも外観が間の抜けた感じになったり、逆に窮屈にならないようにしている
■主要用途:専用住宅
■構造:木造
■敷地面積:112.75平米
■建築面積:56.02平米
■延床面積:127.73平米
■設計・監理:一級建築士事務所 筒井紀博空間工房
■TEL:03-3247-8922 ■施工:株式会社キクシマ

text/菊谷聡 photo/茂呂幸正


※カーセンサーEDGE 2016年2月号(2015年12月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています