▲「家の中のどこにいても、クルマを眺めていたい!」BMWをこよなく愛するSさんの希望はこれに尽きる。この希望こそが建築家の百瀬さんを悩ませた点であり、逆にシンプルで明確な希望なのでやりやすかった点でもあるという。その見え方として、2階のリビングルームからミラーを通じて見下ろせる窓の設置と、「土間」の黒タイル部分に腰掛けた際の目線がある。どちらも「一般的なガレージではありえないアングルなんです」とSさんもご満悦だ ▲「家の中のどこにいても、クルマを眺めていたい!」BMWをこよなく愛するSさんの希望はこれに尽きる。この希望こそが建築家の百瀬さんを悩ませた点であり、逆にシンプルで明確な希望なのでやりやすかった点でもあるという。その見え方として、2階のリビングルームからミラーを通じて見下ろせる窓の設置と、「土間」の黒タイル部分に腰掛けた際の目線がある。どちらも「一般的なガレージではありえないアングルなんです」とSさんもご満悦だ

狭小地でガレージハウスを実現したい人のために

狭小住宅のガレージハウスは何軒も見ているが、今回訪れたS邸はこれまでにないほど斬新で思い切った造りであった。

外観はこぢんまりとした洋館風の佇まい。落ち着いた色合いの壁には小さめの窓がランダムに配置され、個性的な印象を与えている。観察すると、正面の面積からするとガレージ扉が大きめなこと、そして玄関ドアが斜めにレイアウトされていることに気付く。

玄関扉を開けて中に足を踏み入れると、黒いタイル貼りの床が広がっている。そして正面の広いガラスの奥にはBMW X5が収納されていた。その様子はまるで、ガラスケースのなかに入った実物大のモデルカーのようだ。さらに、外壁側はミラーになっているので、見る角度によっては終点のない奥行きが感じられ、X5が何台も並んでいるかのように錯覚する。初めて玄関ドアを開けた人は、きっと驚くはずだ。ドアが斜めに設置されている理由は、開けた際にクルマが正面に見えるためだったのだ。

「宅急便の方も、しばらく呆然と立っていることがあるんですよ」 とはS夫人。1階スペースのほとんどをガレージが占めてしまっているが、奥様が楽しそうにエピソードを語ってくれるということは、車優先の作りに反対ではなかったようだ。

黒いタイルの床は、Sさんが「土間」と表現するようにガレージの奥まで続く。その土間伝いに進むと、白いタイル貼りの床にはBMWのカタログが整然と並び、その上の棚には無数のミニチュアカーをはじめとするBMWグッズが飾られている。まるで、小さなショールームのような空間だ。いかにSさんが、BMWを心から愛しているかが窺える。

このガレージスペースには複数の照明器具が備えられ、いろいろな見え方を楽しむことができる。BMWの特徴であるエッジの効いたキャラクターラインを強調するようにセッティングされているのだ。さらにクルマの真上は吹き抜けになっていて、2階の窓から自然光を注ぐことも大切なポイント。このスペースにX5という大型車が入っていても狭さを感じさせないのは、ガラスとミラー、そして自然光を巧みにバランスさせた結果だろう。

設計を担当したのは、建築家の百瀬修さん。「家中どこにいても愛車を眺めていたい……これがSご夫妻の希望でした。じつはもっとも苦労した点でもあり、逆に明確な希望でしたのでやりやすかった点でもあります」と、百瀬さん。

プランニングの段階でエピソードはありますか?

「通常、土地が決まっていないお客様とお会いする機会は少ないのですが、S邸の場合は土地が決まるまでにも何度かお会いしました。その間、ご夫妻の思いは十分に伺っていたので、土地が決まってからはスムーズに進みました。予算的に狭小地を選ぶことになりましたが、このような制限があることで、いい意味で割り切りができ発想がしやすかったです」。

アイディア出しの段階では、Sさんご夫妻も積極的に参加され、Sさんの構想が実現された部分も多かったという。

そんなSさんの構想は、2階部分にも活かされている。リビングルームから天井を見上げると高い天井には漆黒の梁が縦横に巡らされ、どこか古民家の雰囲気。この2階は、5つのレベルに分けられていることが特徴だ。リビング&ダイニングのフロアを基準に、キッチンフロアが一段低く、逆側の茶室のような畳スペースは一段高く。さらに、階段を登る途中の広い踊り場は、物干し場として活用できる。その上にはロフトとなっている。24坪という建坪ながら、このようにフロアのレベルを変えて組み合わせることで、空間に広がりができることのお手本のような造りだ。それぞれのフロアは、奥様の家事動線に基づいて設計された。

「1階を私の好きに造らせてもらったので、生活空間は家内が過ごしやすいことを一番に考慮しました」とSさん。理想のガレージハウスを実現するには、やはり夫婦お互いの理解が必要であると改めて実感した。ひととおりS邸を拝見して、改めてSさんの言葉を思い出した。

「ガレージにお金をかけられない人に夢を与えたいんです。狭小の土地でもこんなやり方があるんだ!」

その言葉どおり、現在でもSさんは自邸を内覧会に開放している。これまでに多くのガレージハウスに興味がある方たちを迎え入れ、自身の体験に基づいたアドバイスをしているという。その情熱は、Sさんと真剣に向き合い理想の家を現実のものとした建築家の百瀬さんへのリスペクトに違いない。

▲24坪の土地に建てられたガレージハウス。狭小住宅でありながら、愛車は大型SUVのBMW X5。BMWをこよなく愛するご主人が、愛車用の空間と奥様の家事動線を見事にバランスさせた ▲24坪の土地に建てられたガレージハウス。狭小住宅でありながら、愛車は大型SUVのBMW X5。BMWをこよなく愛するご主人が、愛車用の空間と奥様の家事動線を見事にバランスさせた
▲建築家の百瀬さんが、打ち合わせの初期段階で描いたというスケッチ。「私のイメージを瞬時に可視化してくれた、この家の原点です」とSさん ▲建築家の百瀬さんが、打ち合わせの初期段階で描いたというスケッチ。「私のイメージを瞬時に可視化してくれた、この家の原点です」とSさん
▲ガレージ奥から玄関方向を臨む。1階はすべてが「玄関土間」と「ガレージ」に充てられている。ここから見ると、ガレージは1枚の写真のようにも見える ▲ガレージ奥から玄関方向を臨む。1階はすべてが「玄関土間」と「ガレージ」に充てられている。ここから見ると、ガレージは1枚の写真のようにも見える
▲ガレージは3方がガラスとミラーで覆われている。コストをかけただけあり不思議な空間が構築されている ▲ガレージは3方がガラスとミラーで覆われている。コストをかけただけあり不思議な空間が構築されている
▲ガレージ奥にはBMWのカタログやミニチュアカーが整然と並べられている。ちょっとしたショールームの雰囲気だ ▲ガレージ奥にはBMWのカタログやミニチュアカーが整然と並べられている。ちょっとしたショールームの雰囲気だ
▲ご夫婦がいちばん長い時間を過ごすという2階リビングルームからも、ガレージを見下ろすことができる。しかし、ここから見えるX5は、ミラーに映った愛車の虚像 ▲ご夫婦がいちばん長い時間を過ごすという2階リビングルームからも、ガレージを見下ろすことができる。しかし、ここから見えるX5は、ミラーに映った愛車の虚像
▲玄関の踏み台は、BMWのロゴマークがモチーフ。鉄板に焼き付け塗装をした特注品だ ▲玄関の踏み台は、BMWのロゴマークがモチーフ。鉄板に焼き付け塗装をした特注品だ
▲2階の高い天井は黒い梁と桟が白い壁と相まって古民家風の印象を与えている ▲2階の高い天井は黒い梁と桟が白い壁と相まって古民家風の印象を与えている

【邸内にガラスケースを備える家 建築家・百瀬 修】
■今回のこだわり:CGや模型を使ってシミュレーションした「見え方」
2階からクルマをどう見せるか。カメラを設置してTVモニターで見ることも考えましたが、どうしても肉眼で見たいということで、2階部分をスキップさせて2階リビングルームとガレージをつなげました。さらにガレージ側面にミラーを設置することで、クルマの側面やエントランスまで見えてきます。見え方については、CGでシミュレーションしたうえ模型で確認しました。スキップにするとプランが複雑になりがちなので、シンプルなプラン・動線を心がけました
■主要用途:専用住宅
■構造:木造
■敷地面積:80.62平米
■建築面積:48.36平米
■延床面積:95.30平米
■設計:POHAUS一級建築士事務所
■監理:ポラテック株式会社
■tel:0120-321-549

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正


※カーセンサーEDGE 2014年4月号(2014年2月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています