【功労車のボヤき】メルセデス・ベンツ Aクラス(初代)編「アタシが最初って人、多いのよ・・・・・・」
2020/10/14
――君には“車の声”が聞こえるか?
中古車販売店で次のオーナーをじっと待ち続けている車の声が。
誕生秘話、武勇伝、自慢、愚痴、妬み……。
耳をすませば聞こえてくる中古車たちのボヤきをお届けするカーセンサーEDGE.netのオリジナル企画。
今回は、気づけば絶滅危惧車になっていたメルセデス・ベンツ Aクラス(初代)です。
世界中を驚かせた、メルセデスが発明したまったく新しいカテゴリーがアタシ
目の前の幹線道路を、最新のベンツが通り過ぎていく。
中古車販売店の片隅にたたずみ、アタシはその後ろ姿を見送っている……。
Aクラスも、ずいぶん立派になったものね。
アタシは初代Aクラス。覚えてる人は少ないかもしれないけれど。
アタシがデビューしたのは1997年。日本での販売は1998年からだったわね。
今からもう20年以上も前になるけど、当時は斬新なコンセプトとスタイルで注目を集めたものよ。あの頃のカタログの扉には、こう書いてあるわ……。
「21世紀目前、メルセデスが発明したまったく新しいカテゴリーです。」
何が新しかったのかって?
まずは、小柄なカラダね。全長は3605mmしかなかったの。今のAクラスの全長が4420mmだから、そのかわいらしさが想像できるでしょう?
そして世界中を驚かせたのは、その小ささにもかかわらずミディアムセダン並みの広さと、ワゴンの使い勝手の良さを備えていたってこと。
これってすごくない?
それまでのM・ベンツ家の重厚なブランドイメージを覆す、ちょっと背の高いユニークなスタイルも注目されたわ。
みんなが、M・ベンツらしからぬアタシのカラダに見とれていたわ。もちろん、見た目だけじゃなく乗り心地もバツグンだったのよ。うふふふ……。
小柄ながら広い室内空間とスタイリッシュなフォルムを両立できた秘密は、画期的なボディ構造にあったのよ。
アタシは、来る21世紀のEV社会を見据えて、将来的に蓄電池や燃料電池も搭載できるように「2階建て構造」のフロアを採用していたの。
そのフロア下に、新開発した軽量の1.6Lエンジンやトランスミッションの一部を配置することで、広い室内空間を実現していたってわけ。
「2階建て構造」のメリットは、それだけじゃないわ。
万が一の前面衝突の際に、エンジンがフロア下に潜り込むように設計されていたから、全長が短いにもかかわらず優れた衝突安全性も持ち合わせていたのよ。
自分で言うのもあれだけど、意識高い系のランウェイ上でトップにいたということね。
生まれも育ちも超一流、でも誰に対しても気さくでフレンドリーなお嬢様よ
M・ベンツ家で唯一のFF車っていうのもみんなを驚かせちゃったかもしれない。しかも高貴な家の出身としては画期的な価格(236万円~)だったというのも革新的だったの。
そもそも、なぜ「新しいカテゴリー」のアタシが必要だったのかって?
理由のひとつは、時代的な背景よね。
圧倒的ブランド力を誇るM・ベンツ家も、多様化するマーケットや安全性能、環境保護性能の向上といった社会のニーズに幅広く対応していく必要があったの。
かつてのように「最善か、無か」の二択の時代ではなくなったというわけね。
そして、もうひとつ。アタシはM・ベンツ家のもつブランドの裾野を広げる役割を担っていたのよ。
つまり、アタシは気軽にM・ベンツ家とお付き合いを始められるモデルという位置づけでもあったの。
言い換えると、生まれも育ちも超一流だけど誰に対しても気さくでフレンドリーなお嬢様といったところかしら。
小柄だから女性でも扱いやすく、そして若い世代のパートナーとしても選ばれやすい価格設定もあって、アタシとの交際をきっかけにM・ベンツ家のとりこになった方も多いのよ。
だけど、ベンツはベンツよ。そこはやっぱり強調しておきたいから、フロントグリルのスリーポインテッド・スターは、ちょっと大きめなものを選んだのよ。うふふふ……。
M・ベンツの歴史に名を刻んだのは、間違いないわね
日本のみなさんにお会いしたその年、独創性が評価されて「日本カー・オブ・ザ・イヤー(輸入車部門)」というステキな賞に選ばれたの。
もちろん、ありがたく頂戴したわ。うふふふ……。
おかげさまで、アタシは輸入車ファンだけでなくトヨタ家のカローラさんや日産家のキューブさんといった、当時国内で人気を集めていた国産コンパクト車の購買層にまで割って入ってくことができたの。
M・ベンツ家のもくろみどおりブランドファンの裾野を広げたアタシは、2005年でその役割を終えたのよ。
昔からのM・ベンツ愛好家や一部の車好きの人たちの中にはアタシを「ベンツらしくない」と考える人がいたわ。だけどね、アタシがそれまでの重厚すぎるM・ベンツ家のブランドイメージを一新したのは間違いない事実よ。
小柄だけれど、M・ベンツ家の歴史にアタシの名はしっかりと刻まれたわ。だって、当家の歴史は革新の歴史でもあるんだから当然よね。
Aクラスはアタシから始まって今は4世代目になっているけど、今でもアタシは色褪せてないわ。むしろ流行に迎合したような似たり寄ったりの妙にグラマラスな小娘たちが走り回る現代の街角にこそ、アタシが新鮮に映るかもしれない。
でもちょっと聞いて! この前、カーセンサーnetで探したら、アタシたちたったの10台しかいないの!
世界中の注目を集めて、一世を風靡して日本カー・オブ・ザ・イヤーにまで選ばれ、当時は「メルセデスが到達した理想」とまで称賛されていたのに、これはいったいどういうことなの!? ホント、だれか今すぐ説明してちょうだい……!
――目の前の幹線道路を、最新のベンツが通り過ぎていく……。
今となっては当家の兄弟もずいぶんと増えたものね……。
でも、これだけ増えたのは絶対にアタシのお・か・げ。
もう一度言うわ。アタシが最初って人、多いのよ……。
もしかしたら、もうみんな忘れちゃったのかもしれないけれど……。
ライター
夢野忠則
自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は2008年式トヨタ プロボックスのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。
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