※徳大寺有恒氏は2014年11月7日に他界されました。日本の自動車業界へ多大な貢献をされた氏の功績を記録し、その知見を後世に伝えるべく、この記事は、約5年にわたり氏に監修いただいた連載「VINTAGE EDGE」をWEB用に再構成し掲載したものです。

▲1990年、91年、92年の3年間だけ製造されたジャガーのスーパースポーツカー。ワンメイクレース用の車として開発がスタートしたため、公道での走行が可能だが、中身はレーシングマシンに限りなく近い仕様となっている。本来は純レーシングカーに与えられる「XJR」の名前が与えられているのもそのため。6LのV12エンジンは約450psを発生し、同時期に発売されたV6ツインターボのフラッグシップマシンであるXJ220よりも高い評価を得た 1990年、91年、92年の3年間だけ製造されたジャガーのスーパースポーツカー。ワンメイクレース用の車として開発がスタートしたため、公道での走行が可能だが、中身はレーシングマシンに限りなく近い仕様となっている。本来は純レーシングカーに与えられる「XJR」の名前が与えられているのもそのため。6LのV12エンジンは約450psを発生し、同時期に発売されたV6ツインターボのフラッグシップマシンであるXJ220よりも高い評価を得た

公道を走れるレーシングマシン

徳大寺 今日は木更津の方に車を見に行くんだよな。確かジャガーのレーシングカーだろ?
松本 今回見に行くモデルはヴィンテージカーではないんです。ただ、馬力にかかわる特集に合った車にしようという話になり、その中でこの先ヴィンテージカーになる可能性の高いXJR-15を選びました。今後、ジャガーからこのようなモデルがアナウンスされることはないでしょうから。一応ロードゴーイングマシンですが、準レーシングカーのようなものですね。
徳大寺 確かに今後、こんなモデルは出ないだろうな。何たって世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)に出場していたモデルを保安基準を満たす最低限の仕様変更をして販売したモデルだからね。
松本 レーシングカーをロードゴーイングにしたり、イギリスはモータースポーツの層が厚いですね。F1のコンストラクターのガレージがいまだにあるのもうなずけます。
徳大寺このXJR-15を作った“トム・ウォーキンショー”という男はかなりの豪腕で、苦労させられた人も多いんじゃないかな。日本人はモータースポーツに関してまだまだイギリスには及ばない。だからトム・ウォーキンショーのようなレース界を渡り歩いている人物には弱いんだよ。彼は50年代にレースの世界では常勝であったジャガーのイメージを80年代に復活した立役者だ。しかもル・マン24時間では31年ぶりに勝利へと導いた。知ってるだろう? “SilkCut”カラーの XJR-9を。
松本 もちろん!1/43のミニカーを持っていますよ。ところで、今日のお店、このあたりですね。
徳大寺 お、365BBを置いてるお店があるぞ。
松本 あ、そちらのお店がそうですね。365BBの隣にお目当てのXJR-15があるじゃないですか。
徳大寺 おぉ。やはり今見ても独特の雰囲気があるな。
松本 この車の凄いところは市販エンジンを使って、しかもSOHCの2バルブユニットで勝利したところでしょうね。と言っても50年代後半に設計した純レーシングエンジンを、ロードカーユニットとして97年まで作り続けたものですが。
徳大寺 XJR-15はまさに正真正銘のサラブレッドと言って良いんじゃないかな。エンジンは数々の耐久レースで勝利したV型12気筒で、トム・ウォーキンショーのレーシングチーム(TWR)が特別に作ったものだし、しかもレーシングカーの XJR-9のカーボンコンポジットシャシーとサスペンションを搭載しているのだからね。
松本XJR-15用の6Lエンジンは、標準のルーカス製のインジェクションからザイテック製の電子制御に変更してあって、470馬力まで高めてあるそうなんですよ。アメリカの IMSAではこの6Lユニットを700馬力近くまで高めることも可能だったというんですからポテンシャルの高さには驚愕しますね。
徳大寺 エンジンをシャシーの一部に使っているところなんかもレーシングカーそのものだろう。F1がそうだもんな。メーカーの冠が付いたモデルでエンジンをシャシーに使った車はそうあるもんじゃない。
松本 窓がプレキシガラスのところはまぎれもなくグループCカーのレーシングカーですね。ドアを開けた瞬間、ドライバーがほとんど真ん中付近に着座することになるポジションはまさにレーシングカーそのものですね。
徳大寺 クラッチだって普通じゃないぞ。おそらくツインプレートやトリプルプレートを使っているんだろう。エンジンマネージメントが電子制御とはいえメカチューンでこれだけの出力を絞り出しているんだ。レーシングエンジンとしてはトルクはフラットなんだろうが、公道を走る車としてはピーキーなユニットになるからな。きっと半クラッチが利かないんだろう。
松本 中にヘッドホンタイプのレシーバーが付いてますよ。これがないと話ができないぐらい音が入り込んでくるんですね。これだけカーボンとケプラーを使ってると、シャシーは恐ろしくソリッドなのでしょう。ル・マンやWSPC、アメリカのIMSAの覇者の直系ですから、走らせなくてもその佇まいと血統だけでおののきますよ。
徳大寺 トム・ウォーキンショーという男は最近亡くなったけれど、凄い男だな。だって日産のR390というル・マンスペシャルを作ったのが彼なんだから。日産から潤沢な予算を取り付けて中身はこのXJR-15だったんだよ。想像つくだろう? いずれにしても勝利した直系のロードゴーイングマシンが手に入るわけだから、この値段を出す価値は十分にあるよ。レースカーのXJR-8とか9は何十億円以上の予算を使って作り上げたんだからな。それをトムは売ってしまったので逆鱗に触れたんだろう。それからジャガーとの付き合いも終わったんだよ。そういった背景もまた、この車がヴィンテージカーと呼ばれるようになったら、語り継がれる話になるんだろうな。

JAGUAR XJR-15 フード
JAGUAR XJR-15 エンジン
JAGUAR XJR-15 レシーバー
JAGUAR XJR-15 運転席周り
JAGUAR XJR-15 リア
tefxt/松本英雄 photo/岡村昌宏


※カーセンサーEDGE 2011年4月号(2011年3月10日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています