▲ボクスターS用3.4Lエンジンのチューニングをして15psのエクストラを得たポルシェ ボクスターGTS ▲ボクスターS用3.4Lエンジンのチューニングをして15psのエクストラを得たポルシェ ボクスターGTS

何でもできるボクスターGTSだが「スーパースター」にだけはなれない?

過日、筆者が所属する事務所の代表者であるモータージャーナリスト 清水草一に「最近試乗した中で何か面白い車はあったか?」という意味の質問をした。「面白いというか何というか……」と微妙に言葉を濁しつつも清水が挙げたのが、ポルシェのボクスターGTSだった。「好きとか嫌いとかは置いといて、ある意味とっても面白い車だと思ったよ」と清水。何がどう面白いのかと聞くと、「車に求められるすべての要素が、あの1台の車の中にほとんど入ってるんだよね」と。

▲モータージャーナリスト 清水草一氏はボクスターGTSに試乗してある種の深い感銘を受けたというが? ▲モータージャーナリスト 清水草一氏はボクスターGTSに試乗してある種の深い感銘を受けたというが?

「911ってさ、良くも悪くも“ザ・911!”って感じの、ワン・アンド・オンリーな乗り味じゃない? でもボクスターにはそういうのはなくて、その代わりに“すべてがそこにある”って感じなんだよ」

どういうこと??

「要するにさ、911ほど濃くはないけど同門だから当然911っぽい部分もあるし、でもランボルギーニ的な粗野な魅力もかなり備えている。ポルシェの車としてはめずらしいことだよ」

ふむ。

「で、オプションのPTV(ポルシェ・トルク・ベクトリング)が付いてるやつならフェラーリ 458イタリアみたいな曲がり方だってできる。もちろん、オレに言わせれば458イタリアの方が全然上だけど!」

はいはい。それで?

「それだけじゃなくて…トヨタ車っぽい実用性というか、街乗りや巡航時の燃費性能まで徹底的に追求してるんだよ! オレは測らなかったけど、たぶんアレは燃費もイイ線いってると思うよ」

なんと! 筆者自身はボクスターGTSには未試乗だが、清水の話が正しいとすると、最新のボクスターGTSは「911のように精密でありながらランボのように豪放磊落(ごうほうらいらく)で、最新フェラーリのような曲芸的コーナリングをこなしつつ、トヨタ車のようにお買い物時にも便利」ということになる。

▲その気になれば曲芸的なコーナリングもでき、そしてトヨタ車的にも使えるというボクスターGTSの内装▲その気になれば曲芸的なコーナリングもでき、そしてトヨタ車的にも使えるというボクスターGTSの内装

ある種の人にとってそれは理想的な車だろう。2シーターゆえ「人を大勢乗せる」ということはさすがにできないが、それ以外のことはほとんどすべて1台で器用にこなせるのだから。

……しかし筆者個人としては、清水の話を聞いて「そりゃ凄い!」とは思ったが、「そりゃ絶対欲しい!」とは思わなかった。なぜならば、わたしはやはり「…不器用ですから」でおなじみの故・高倉健さんのような男や、高倉健を何となく思わせるような「不器用な車」が好きだからだ。

健さんが「自分、不器用ですから」と言ったのはテレビCMの役柄上のことであり、その他の不器用な男イメージも、あくまで役柄上の話である。実際の健さんは、もしかしたら器用な人だったのかもしれない。

しかしそこはどうでもいいというか、とにかく我々は「不器用な男(というイメージを持つ)高倉健」を愛したのだ。不器用(な役柄)だったからこそ、高倉健は数十年に1人クラスの超スーパースターになったのではないか。

もしも健さんが表向きも器用な俳優だったら…と想像してみるといい……。

映画に出演するかたわら、夜8時ぐらいの民放テレビ番組でダウンタウンと軽妙なやりとりをする健さん。

日曜日のグルメ番組で舌鼓を打つ健さん。

クイズ番組で意外な博識ぶりを披露する健さん。

「風雲たけし城」みたいな番組でかなりの俊足であることが発覚した健さん。

そしてお正月のかくし芸でテーブルクロス引きを成功させる健さん。

……それらすべてが素晴らしいことであり、それができる人は愛されキャラとして一時代を築くのだろうが、「時代を超越するスーパースター」にはならない気がするのだ。

これらのたとえ話をそのままボクスターGTSに当てはめるのはもちろん乱暴すぎるが、しかし正直、清水草一からの話を聞いた際にわたしの脳裏に浮かんだのは、上記のようなイメージに近かった。そして「そんなの健さんじゃない! ていうかそんなのポルシェじゃない!」と思ったのだ。

無論これは筆者個人の勝手な思い入れにすぎず、便利なポルシェが欲しいなら(そしてそれなりのお金をお持ちであるなら)ボクスターGTSは素晴らしい選択肢の一つであることは間違いない。いや筆者は未試乗なわけだが、清水氏がそう言うならたぶん間違いはないのでしょう。しかしわたくし個人は、ポルシェというスーパースターにはもっとこう、高倉健的な孤高性を求めたいのだ。

そして高倉健的なポルシェといえば、93年まで販売されたタイプ964以前の空冷911である。

▲こちらは89年から93年まで販売されたポルシェ 911の「タイプ964」 ▲こちらは89年から93年まで販売されたポルシェ 911の「タイプ964」
▲その1世代前の911にあたる「タイプ930」。964と比べればより初代911に近い成り立ちを持つ ▲その1世代前の911にあたる「タイプ930」。964と比べればより初代911に近い成り立ちを持つ

人によっては「964は軟弱。930以前じゃないと本当の911とは言えないよ」となるのだろうが、まぁ964でもいいじゃないですかというのが筆者の思うところだ。後継のタイプ993は空冷エンジンとはいえリアサスペンションはマルチリンク式となり、乗り心地と操縦安定性がかなり改善された。しかしタイプ964までの後輪に採用された古典的セミトレーリングアーム式サスペンションゆえの無骨な乗り心地とヒリヒリするような操縦性は、まさに高倉健の「自分、不器用ですから…」に近い魅力がある。

またタイプ964以前の空冷911は、今となっては良質な中古車であってもそこそこのメンテナンスフィーを計上しておかないと維持はままならない。そのあたりも「不器用な男」と言えるだろう。

964以前の911は正直、何かと手間がかかる車ではある。買い物にも使えないことはないが、あまり向いてはいない。でも、逆に言えば、だからこそ世界中の男たちがいまだに熱視線を送り続ける「スーパースター」なのだ。そして、高倉健という人間と一緒に暮らすのは不可能だが(そもそも残念ながら亡くなられたが)、中古車というのは、その気にさえなれば「スーパースタークラスの存在」と人生の一時期を共にすることができるのだ。それって、素晴らしい体験じゃないか!

ということで、今回のわたくしからのオススメは「タイプ964以前のポルシェ911」だ。

text/伊達軍曹