▲基本設計は変わらず18年間生産されたGTモデル ▲基本設計は変わらず18年間生産されたGTモデル

大人のGTが89年までフェラーリにはあったんだ

1972年、セールス的には成功を収めることができなかった365GTC/4に代わり、2+2モデルとして開発されたのが365GT4 2+2。その後、1976年に排気量を4823㏄に拡大し、1気筒当たりの排気量が400ccとなったため名称を400に。1980年にはインジェクションが備わった400i、そして85年には排気量を4943ccに拡大した412と進化を遂げる。V12エンジンを搭載した優雅なGTモデルとして高く評価され、基本設計を変えぬまま、18年間も生産された長寿モデルである。

徳大寺 今回の第一特集はフェラーリか。色々見てきたな、フェラーリも。で、今回は?
松本 「フェラーリ412」です。プレステージフェラーリでありながらインパクトは希薄に感じますが…。巨匠も乗ってらっしゃいましたよね?
徳大寺 乗ってたよ、412のもとになった365GT2+2。大昔、これに乗って神楽坂で人を待っていたんだよ。そうしたら小学生がエンブレムと車をじっと見て僕に聞くんだ。「おじちゃん、この車って本当のフェラーリ?」って。それで本物を証明するために乗せてあげたんだよ。
松本 すごくイイ話ですね。その小学生、今でも覚えていると思いますよ、巨匠のフェラーリに乗せてもらったって! 確かに小学生からすればスーパーカーとしてのフェラーリのオーラがないように感じられたんでしょうね。
徳大寺 そうなんだろうな。子供の感覚は計り知れないからね。でもキャブレターから奏でる12気筒は、インジェクションでは得られないイイ音がするんだよ。「やっぱりフェラーリだ! やっぱりすごい!」と、その子が納得して、満足してくれてたら嬉しいな。あの吸気の音はウェーバーキャブレターならでは。君は詳しいと思うけど調整が大変なんだよな。
松本 特にコンプレッションがバラバラだと面倒なんですよ。調子が悪くて12気筒がバラバラに燃えている感じだった車も、キャブレターのバランスをとったら「これがフェラーリの12気筒なのか!」と震えがくるほど良い音になりましたね。上品でいい音ですよ。
徳大寺 フェラーリの365、400、412というこのシリーズのネーミングは1気筒当たりの排気量(㏄)を表しているのは有名な話。412㏄×12でこの車の総排気量は4944㏄となる。5L V12のエンジンなわけだ。こういう名前のつけ方は正直で潔いね。
松本 巨匠が乗っていた365GT4 2+2は外観は412と同じような大人の佇まいですが、マニュアル仕様だからドライブすれば何も言わなくても小学生は本物だと分かったはずですよね。
徳大寺 365GT4 2+2はその後、排気量が増して、キャブレターからボッシュのインジェクションになった。トランスミッションもATが加わりGMストラスブールで製造した。誰もが普通に扱えるフェラーリとなっていくんだ。
松本 365GT4 2+2は1970年代で一番厳しいと言われたアメリカのレギュレーションに適合していたんですから、いかに対米仕様を大切に考えて作り込んだかが分かります。フロントは衝撃吸収が可能な仕組みと素材を使っていました。だから18年間作り続けることができたのでしょう。
徳大寺 ところでフェラーリの2+2は、限られた弩級の裕福な人のために作られたモデルが多い。それが250GTE2+2あたりから徐々に普通に裕福な人が買うことができるようになった。といっても日本人が想像するよりも、もっとエレガントで上品な人が買っていたんだ。
松本 僕もそんなフェラーリの2+2に憧れていましたよ。乗せられるフェラーリよりも着こなす感じのフェラーリのほうが好みですね。
徳大寺 この412は最後のノーブルだったフェラーリと言ってもいいと思う。地味で目立たないことも条件だと思うんだ。しかしとてつもないエンジンが搭載してあって性能は弩級というところに、フェラーリの本当の良さが出ているね。
松本 実際に見るとグラスエリアが広くて見せる内装もたまらないですね。当時のオフィシャルカタログには有閑マダムを添えていますが、大型でスレンダーな車には手足の長い熟女が似合いますからね。
徳大寺 車に女性は付き物だからな。それに当時、同じピニンファリーナでフィアット130クーペという車があって、似てるんだよ。フィアットのあの大衆から抜け出したようなデザインで。
松本 本当に似てますよね。現在ではフィアット130クーペのほうがフェラーリ365や412より珍しいですけどね。フィアットの方がシャープなデザインを採用していましたね。365GT4 2+2はどことなくAピラーからルーフにかけてのフォルムがロマンチックで柔らかいですね。直線と曲線を組み合わせたフォルムは現在では500万円以上のモデルでは当たり前ですが、1970年から採用しているところはさすがです。
徳大寺 この412を見ていると、本当の大人のグランツーリズモが1989年までフェラーリにはあったんだと改めて認識させてくれるな。70年代初めから古さを感じさせずに存在したのだから、いかに優れたパッケージングとデザインであるかがよく分かる。さりげなく素敵に乗れる、現在では希有な一台であることは確かだろう。

▲フェラーリ 412 シフト
▲フェラーリ 412 リア
▲フェラーリ 412 シート
▲フェラーリ 412 エンジン
text/松本英雄
photo/岡村昌宏