▲ガレージというよりもコレクションの展示室という印象。窓から差し込む自然光がもたらす陰影が、クールな空間を演出する ▲ガレージというよりもコレクションの展示室という印象。窓から差し込む自然光がもたらす陰影が、クールな空間を演出する

全幅の信頼が生んだ異形のガレージハウス|猿田仁視(キューボデザイン建築計画設計事務所)

今回訪れたのは、三重県鈴鹿市。鈴鹿サーキットにも近く、伊勢湾まで数百メートルという立地。古くからの街並みがいまだに残る一角に、目的のK邸はあった。

正面の道路から観察すると、奥に長い敷地をもつK邸。手前左側には母屋があり、母屋に並んだ奥にガレージ棟。さらにその奥が、今回取材をする新たに建築したガレージハウスだ。そんな立地条件のために全景を見渡すことは難しいが、複雑な地形が功を奏してユニークな建物の形状と邸内の造形が生まれ、それがK 邸の大きな魅力となっている。

設計を手掛けたのは、建築家の猿田仁視さん。EDGE HOUSEでは以前、猿田さんの自宅兼オフィスを紹介させていただいた。神奈川県大磯の丘の上に建つ屋敷は巨大な鳥の巣箱のようなシルエットをもち、まるで空中に浮いているかのようなデザインであったことが強く印象に残っている。

その猿田邸は、世界的にも注目を集めて海外の著名な建築雑誌に紹介されたほど。そして今、目の前にあるK邸は、船の舳先のようにエッジの効いた壁面が空中に浮いたまま見る者に向かってくるかのような造形から、猿田さんの作品であると連想させる。このデザインも、奥まった敷地の最深部に建つからこそインパクトのある姿として生きてくるのだろう。

正面のガレージシャッターを開けると、目に飛び込んできたのはモーガン4/4。その後方の薄暗い空間には、911スピードスター(type930)とケイマンGT4の姿が浮かぶ。モーガンを要にスピードスターとケイマンが両脇を固め控えているような佇まいだ。

左手には、書斎用デスクとチェア、そしてコンパクトな応接セットが置かれている。コンクリートの壁面とそこに設けられた窓から注ぐ自然光とが、光と影を巧みにバランスさせて静謐で厳かな空間を作り上げている。車たちが、一見無造作に置かれているのもいい。これらも、三角形に近い形状をした土地がもたらした恩恵だろう。

ファーストプランに衝撃を受け、ほぼ変更なしに竣工

「この土地は(設計した建物を)収めるのが大変な形です。現場サイドとも、どう納めるかで半分ケンカみたいになりながら進めていきました」と猿田さんは施工当時を振り返る。

「車を3台入れることが必須条件でしたが、入り口部分が狭いので奥に2台、入り口側に1台という変則的な置き方しかできませんでした」と苦労をされたようだが、そこは現場上がりの建築家・猿田さんだけあって、施工担当の方々とうまくコミュニケーションを取りながら進めていった様子が目に浮かぶ。

いったん外に出て、玄関から邸内に入ると、そこにも車好きならではの設えが施されていた。正面はガラスの壁面となっており、ガレージの中が一望できる。時間帯によって窓から入る自然光の明るさは変化するし、夜間であれば各車に個別に向けられたスポットライトが絶妙な演出を見せてくれる。事前にガレージについてのアナウンスがなくシャッターも閉まっていたとしたら、玄関から入るゲストにとってかなりのサプライズになることだろう。

2階は、リビング&ダイニングルームとキッチンがほとんどのスペースを占めている。土地の形状をイメージさせるフロアと天井をもち、頭上には太い木製の梁が伸びやかに設えてある。広い開口部をもつ窓から注ぐ自然光により開放感は抜群だが、この梁の存在が空間の広がりをいっそう増幅させている。正面から観察したときに眼前に迫ってきた船の舳先のような造形は、2階のデッキテラス部分であったことが、ダイニングルームの窓から確認できた。

ガレージを拝見しているときに、「1階はすべてガレージという贅沢ぶりだが、奥さまからの反対はなかったのだろうか?」という疑問が湧き、K夫人に質問をしてみたところ、「私はキッチンのダストボックスだけリクエストをしました」と笑いながら教えてくれた。取材中もずっとK 夫妻は一緒に見守ってくれ、夫人が「昔からこんなガレージが欲しかったんだものね」とKさんに優しく語りかける様子を見るにつけ、2人の強い絆を知ることができた。

そんなK夫妻と猿田さんとの出会いは、津市で開催された建築家のイベントで、K夫人が猿田さんの作品に興味をもったことがきっかけという。Kさんは、「家内が猿田さんと楽しそうに話をしていたことが一番の決め手でした」と言うほど、猿田さんの人柄に惚れ込んで自宅の設計を依頼したという経緯だ。実際に最初の建築プランで一発OKを出し、その後はすべて任せたというから信頼の強さがうかがえるというもの。

「最初のプレゼンで模型を見せられたときに、優れたデザインに衝撃を受ました」と、当時を振り返ってKさんは改めて絶賛した。また、「 物を置かないシンプルさが大切であるということがわかりました。建物自体が芸術的なので、それを大事にしていきたい」とKさん。

加えてご夫妻は「猿田さんは施工中も、本当に足繁く通ってくれました。神奈川からだと遠いのに……」と、いまでも労いの言葉を忘れない。猿田さんの人柄と匠の技に惚れ込んだK 夫妻、まもなく母屋の建て替えも予定しているという。そちらも拝見できる日が待ち遠しい。

▲ガレージ入り口を引きで観察する。コンクリート製の幾何学的なデザインが、曲線的で有機的なポルシェの造形と対照的で面白い▲ガレージ入り口を引きで観察する。コンクリート製の幾何学的なデザインが、曲線的で有機的なポルシェの造形と対照的で面白い
▲プレゼン時に猿田さんが提案したK 邸の模型。Kさんが「衝撃を受けた」という逸品は、リビングルームの特等席に大切に飾られている▲プレゼン時に猿田さんが提案したK 邸の模型。Kさんが「衝撃を受けた」という逸品は、リビングルームの特等席に大切に飾られている
▲横に長い窓が、独特な光の入り方を実現。それぞれのボディの抑揚を巧みに表現してくれる▲横に長い窓が、独特な光の入り方を実現。それぞれのボディの抑揚を巧みに表現してくれる
▲敷地正面の道路からの長いアプローチ。赤いマスタングは日常的に使用する頻度が高い▲敷地正面の道路からの長いアプローチ。赤いマスタングは日常的に使用する頻度が高い
▲玄関の扉を開けると、このような光景が眼に飛び込んでくる。ガレージシャッターが閉じた状態で訪れた人は、車好きならずとも驚くことだろう。右手には引き戸が設けられ、邸内からガレージへアクセスできる▲玄関の扉を開けると、このような光景が目に飛び込んでくる。ガレージシャッターが閉じた状態で訪れた人は、車好きならずとも驚くことだろう。右手には引き戸が設けられ、邸内からガレージへアクセスできる
▲書斎スペースが、隠れ家的な印象を増幅する。デスク脇にはシンクも備え、それらもさり気なくデザインされているあたりが心憎い。写真にはないが、ガレージ内にはトイレも備わる▲書斎スペースが、隠れ家的な印象を増幅する。デスク脇にはシンクも備え、それらもさり気なくデザインされているあたりが心憎い。写真にはないが、ガレージ内にはトイレも備わる
▲2階リビングルームには薪ストーブも。窓の切り方が特徴的で、光の入り方が計算されていることがわかる▲2階リビングルームには薪ストーブも。窓の切り方が特徴的で、光の入り方が計算されていることがわかる
▲2階バスルームは、窓を開ければ露天風呂のように楽しむことができる▲2階バスルームは、窓を開ければ露天風呂のように楽しむことができる
▲ダイニングルームとキッチン。天井の梁と窓の形状が特徴的。正面のガラス戸を開けるとテラスデッキに出られる。キッチンはモルタルで作り込まれたもので、猿田作品の定番だ▲ダイニングルームとキッチン。天井の梁と窓の形状が特徴的。正面のガラス戸を開けるとテラスデッキに出られる。キッチンはモルタルで作り込まれたもので、猿田作品の定番だ

【施主の希望:徹底的なヒアリングが完璧なプランに繋がる】
■猿田さんに設計を依頼するにあたり、Kさんが出した希望は「ほとんどありません」と言う。その理由は、提案前の猿田さんによる徹底的なヒアリングによるものに違いない。「この土地にずっと住んでいらっしゃるので、どのように土地を使いたいか、車の台数は、どんな生活を送りたいか、などを聞きだし敷地を読み解いたうえで提案をさせてもらいました。気にされていたのは風の通りと、3階クローゼットの広さぐらいでした」と猿田さん。

【建築家のこだわり:多くのサプライズを生む、空に向けて開く家】
■「インナーガレージに車が3台入る家を建てるには、難しい形状をした土地です。しかし、その形状が作用して結果的にいいものができたと自負しています。都心にこのデザインをもっていっても面白いかもしれませんね。また、住宅地のなかにあって、どうやって空に向かって開くか、を考えました。結果Kご夫妻には『星を見ながら食事ができる!』や『鈴鹿の花火が見える!』というサプライズを提供することができました」
 

■主要用途:専用住宅
■構造:RC 壁式構造+ 在来木造
■敷地面積:240.55平米
■建築面積:98.35平米
■延床面積:199.45平米
■設計・監理:株式会社キューボデザイン建築計画設計事務所
■TEL:0463-74-6932

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2018年1月号(2017年11月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています