▲2階廊下からはガレージが見下ろせる。右手は1段上のフロアにあるダイニングルーム ▲2階廊下からはガレージが見下ろせる。右手は1段上のフロアにあるダイニングルーム

土間と中庭のある6輪用ガレージハウス|建築家・筒井紀博(筒井紀博空間工房)

edge HOUSEではおなじみの建築家、筒井紀博さん。その作品の多くは、エッジの効いた壁面で構成された幾何学的な佇まいをもつ。複数の作品を目にした経験のある方なら、もしもどこかで筒井デザインを見かけたときには「あ、筒井さんの……」とわかるはずだ。

加えて、自他ともに認めるカーガイだけに、こだわりのガレージハウスを建てたい……と考える施主の思いを正確に捉え、期待以上の仕上がりを提供する。そんな建築家に魅了されたご夫婦の自邸が、今回ご紹介するO邸である。

場所は東京都下、武蔵野の面影が色濃く残る街並みの一画。前面の6m道路がT字に交わる角地にあり、筒井作品の特徴をかなり引いた状態から観察できるという好立地だ。

また、2方向に道路が面しているという利を生かし、インナーガレージと屋外ガレージをそれぞれの道路に面してセパレートしてレイアウトできることも特徴といえるだろう。

外観を見ると角地に建つだけに、建物のエッジがより際立っている。壁面には窓が少なく、限りなく漆黒に近い色合いと相まって、かなり「閉じた」印象を見る者に与える。

前述のように2方向にガレージを設けていることに加え、庇上にせり出した壁面の下にも、1台分のスペースを設けている。植栽はまだ少なく、赤土がむき出し状態であることからも、竣工後まだ日が浅いことがうかがえる。

ガレージ内を拝見する。ガレージ内の全長は約7.3mと、一般的なインナーガレージにしては奥行きをとっている。これはOさんの「オートバイと車を収納し、それらをメンテナンスできる空間に……」という希望に応えたもの。車を置くスペースの後方にオートバイ用の空間を確保。さらにその奥は窓越しに中庭が望めるので、ガレージ特有の閉塞感はない。

見上げると、エンジン脱着用のチェーンブロックを吊るすためのフックが設けられている。また、照明も「見せる」ためのスポットライト以外に「いじる」ためのLEDも備える。

道路から入って左手には、広いガラスの引き戸が設けられ、玄関から邸内に入った際にガレージ内部が見えるというデザイン。この引き戸を開け放てば、ガレージ自体が土間のような空間となることもO邸の特徴。仲間が集まった際には、時を忘れてオートバイ談義、車談義に花が咲きそうだ。

ちなみに今回ガレージに収まっているマセラティ グラントゥーリズモは、撮影のために拝借した広報車両。本来ならばO邸のガレージにはアルファロメオ 1750GTVが格納されているはずなのだが、ただいまレストア中につき残念ながら誌面への登場は断念した。

マセラティを選んだ理由は「将来的に欲しい車がNSXかマセラティ」というOさんの思いに応えた結果。グラントゥーリズモの内外装の色が、O邸の外壁とガレージ内壁の色にマッチしているのは偶然でありながら、なにかの暗示かも。

リビングルームとダイニングルームのある2階へお邪魔する。玄関を入ってすぐに設置されたらせん階段からアクセスすると、ガレージ内部の見え方も少しずつ変化して面白い。2階の廊下に出たところで頭上スペースがスッと広がることに気づく。右下を見ると、廊下に沿って作られた吹き抜けからガレージを見下ろすことができ、上下方向への広がりが感じられる瞬間だ。

らせん階段から始まる、人の動線に沿って見え方が変わるガレージは、都度新しい発見があり楽しい。そのまま進むとリビングルームと、それに続く広いベランダ。スキップフロアを1段上がるとダイニングルームとキッチンだ。そちらにもベランダが設けられ、眼下に中庭を望むことができる。

O邸を外から観察した際、窓が少ないことから閉じた印象をもったが、それは大きな間違い。広い窓から注ぐ自然光は十分すぎるほどで、周囲からのプライバシーを確保しつつ最大限の開放感を実現している。

また、構造上は2階建てだが実際には5層のフロアレベルをもつことも特徴で、実際のサイズ以上の広さと空間の広がりが感じられる。

車のことを熟知する建築家であることが必須条件

筒井さんとOさんとは、お2人の愛車アルファロメオが繋げた。筒井さんが1969年式のジュリアにお乗りだった頃から通っているショップに、新しいお客さまとしてOさんが訪れたことがきっかけ。

他のお客様からの情報で筒井さんが建築家であることを知ったOさんは、ちょうど自邸を新築しようと考えていたタイミングだったので相談を持ちかけたことが始まりだ。「筒井さんの作品を写真で見たときに氏の感性がわかり、ぜひ話をしてみたいと思いました」とOさん。

筒井作品のどの部分に魅力を感じたのだろうか?

「線がバシッと出ているところです。そのエッジの効いたフォルムと、モノトーンで統一されたインテリアの雰囲気に引かれました。また、自邸を建てる際にはガレージを最も重視したいと考えていましたので、車のことやメンテナンスをする環境のことを十分に理解してくれる建築家であることが必須条件でした。実は以前にある建築家とお話をしたことがあったのですが、その方は車に詳しくなかったので話がスムーズに進みませんでした。しかし筒井さんは、こと細かに伝えなくてもこちらの思いを理解してくれたので、すべてを委ねることができたのです」とOさん。

まさに全幅の信頼を置いての設計依頼だったようだ。ガレージ以外も基本的にオマカセだったのだろうか?

「リビングルームはできるだけ広く使いたかったので、仕切りがないようにお願いしました。妻は、プライバシーを確保したうえで明るい空間がいいという希望でした。今ではとても気に入っている土間や中庭は筒井さんから提案していただいたのですが、私たちだけでは気づかない空間だったと思います。家作りは初めての経験でしたので楽しかったですし、新たな視点を見せてもらうことができて、とても勉強になりました」

取材中、終始笑顔でわれわれを見守ってくれたOさんご夫妻。その様子から、新しい自邸への満足感の高さがうかがえる。今回の取材を終えて、いい家作りのための絶対条件は、建築家と施主との信頼関係に尽きると改めて認識した。

▲玄関を入った瞬間に広がる風景。引き戸を開け放つと土間のように使うことができ、友人たちとの車談義の場となる ▲玄関を入った瞬間に広がる風景。引き戸を開け放つと土間のように使うことができ、友人たちとの車談義の場となる
▲漆黒に近いクールな外観からは、明るく開放的なリビング&ダイニングルームを備えているとは思えない ▲漆黒に近いクールな外観からは、明るく開放的なリビング&ダイニングルームを備えているとは思えない
▲詳細はナイショだが、Oさんは二輪の専門家。通勤など日常の移動手段はこのBMWだ ▲詳細はナイショだが、Oさんは二輪の専門家。通勤など日常の移動手段はこのBMWだ
▲中庭からガレージを見る。ガレージや土間での居心地のよさは、この窓と中庭の存在によるところが大きい ▲中庭からガレージを見る。ガレージや土間での居心地のよさは、この窓と中庭の存在によるところが大きい
▲ダイニングルームのベランダからは、中庭と外ガレージが見下ろせる ▲ダイニングルームのベランダからは、中庭と外ガレージが見下ろせる
▲2階の窓は全開放が可能。開け放したときの開放感は抜群。キッチンでは、いながらにしてリビングルームはもちろん1階の気配も感じられる ▲2階の窓は全開放が可能。開け放したときの開放感は抜群。キッチンでは、いながらにしてリビングルームはもちろん1階の気配も感じられる
▲2階の書斎デスクに座ると、ガレージを真上から見下ろすことができる。どこにいてもガレージと空間が繋がっている ▲2階の書斎デスクに座ると、ガレージを真上から見下ろすことができる。どこにいてもガレージと空間が繋がっている

【施主の希望:車の嗜好が共通しているので、多くを語る必要なし】
■「最優先項目は、オートバイと車がメンテできる空間です」とOさん。ガレージに対する細かい希望はとくに出さず、2、3回のディスカッションをしたのみで基本的に筒井さんにオマカセしたという。

筒井さんも「一緒に土地探しなどをしながら話をしていると、いろいろと見えてきました」。お互いカーフリーク、しかもアルフィスタ同士であれば多くを語る必要はあるまい。なんといっても、Oさんが筒井作品に惚れ込んでいるという大前提があるのだから……。

【建築家のこだわり:身長190㎝超えの視点は、動線も演出も難易度高し】
■「終始楽しいまま進んだので、苦労らしい苦労はないです」と筒井さん。しかし、190㎝以上の長身であるOさんの動線は念入りに検討したという。

「2階に上がる手前の天井を低くして、階段を上りきったときにワンクッション縮めてからワッと広げる……そんな演出も、Oさんの長身を考えると難しかったです。スキップフロアも身長で見え方が変わるので、さらに難易度が上がります。常に『ボクの身長プラス20㎝』を意識することを心がけました」


■主要用途:専用住宅
■構造:木造2階建
■敷地面積:110.63平米
■建築面積:61.60平米
■延床面積:107.08平米
■設計・監理:一級建築士事務所 筒井紀博空間工房
■TEL:03-3247-8922

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2017年8月号(2017年6月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています