▲1mちょっとの深さを持つピットの設置に関しては、雑誌などからノウハウを得てタスエスに依頼。ピットをガレージ正面から見て左寄りにオフセットさせた理由は、エンジンの作業をする際、ピットスペースの真上に“チンク”を駐車しても横幅ギリギリのガレージでも運転席ドアの開閉を可能にするため。あくまでも“チンク”のサイズに合わせて設計された空間だが、「いじるガレージ」としての作業性は徹底的に追求したという。▲1mちょっとの深さを持つピットの設置に関しては、雑誌などからノウハウを得てタスエスに依頼。ピットをガレージ正面から見て左寄りにオフセットさせた理由は、エンジンの作業をする際、ピットスペースの真上に“チンク”を駐車しても横幅ギリギリのガレージでも運転席ドアの開閉を可能にするため。あくまでも“チンク”のサイズに合わせて設計された空間だが、「いじるガレージ」としての作業性は徹底的に追求したという。

チンクエチェントが棲む遊び心満載のカラクリ屋敷

建物を真ん中から二つに切った形のN邸。愛車のキャラクターと家の雰囲気がこれほどマッチしたガレージハウスも珍しい。

訪れたN邸は、武蔵野の面影を色濃く残す三鷹市内の公園近く。付近は古くからの住宅街で、公園通りは人通りで賑わっているが、1本路地を入ったN邸周辺はとても閑静なエリアだ。見渡しても高層マンションはなく、街の景観がしっかりと守られ、住み心地のよさが容易に想像できる。

そんな街並みのなかに建つN邸は、周囲の住宅とは明らかに異なる存在感を放っていた。シンプルなデザインに見えるのだが、よく観察すると複雑な面構成をもっていることが目を引く理由のようだ。加えて、新旧2台のチンクエチェントが愛らしい顔を覗かせているガレージなのだから、たとえ車に興味がない人でも、思わず足を止めてしまうに違いない。(注:ここでは2台を区別するために、初代チンクエチェントを“チンク”、現行型を“500”と表記する)

このチンクエチェントの住み処を設計したのは、一級建築士事務所タスエス松下慎太郎+鈴木崇志さん。Nさんとタスエスとは、建築家が主催するイベントを通して知り合ったという。Nさんは、タスエスの建築に対する考え方に共感し、設計を依頼したとのこと。そして、Nさんが長年住み慣れたこの地に新しい家を建てることとなった。

設計に関しては基本的にタスエスに一任したが、じつはNさんご夫妻はプロダクトデザインの仕事をされており、N邸の要所にはN夫妻の意見が反映されている。それについてタスエスは、「さすがに本職がデザイナーだけあって、我々が提案するプランに対しての理解度は深く、設計作業はスムーズに進みました」と振り返る。

構想から竣工まで約1年かけて、施主と建築家が二人三脚でじっくりと作り上げたという印象だ。

改めて観察すると、家をタテに割ったようなユニークな形状をもっていることに気づく。「家型を2つに分断したようなイメージ」というN邸は、外壁と内壁の色目の使い分けに苦心をしたという。いくつものパターンを思案した結果、外壁を濃色のガルバリウム鋼板に、内壁を白色のモザイクタイルにしてコントラストをつけるに至った。このような遊び心が許されたのも、タスエスが目指す完成度の高さを、デザインの専門家であるNさんご夫妻が認めたことの証しなのだろう。

さて、設計にあたりNさんが出した希望の第一は「2台のチンクエチェントの専用ガレージがあること」であることはいうまでもない。そのガレージ設計については、まず“チンク”がジャストフィットするスペースを確保することからスタートした。排気ダクトや水場、ピットの位置など、使い勝手の部分はNさん主導でレイアウトをした。逆に仕上げ材は建築家からの提案で、内壁には木毛セメント板を使用している。これは重量のある壁材で、遮音性に優れているということが特徴。壁にフック穴などを開けても穴自体が目立たないという利点があるという。そして、ガレージ内に設置された排気ダクトにDIYでダクトホースをセット。これで、シャッターを閉め切った状態でもエンジンの暖機が可能となった。

どこにいても人と犬と愛車の気配が感じられる

“チンク”のガレージについてNさんは、「使い勝手はもちろん、内装の仕上がりも気に入っています。木毛セメント板は穴を開けても目立たないし、デザインも表情が面白くて気に入ってます」と、ご満悦の様子。このガレージは、愛車いじりの他に日曜大工の作業場としても使用するとのこと。さらに、仕事でのアイデアを練る空間としても重宝しているというから、Nさんにとっては単なる「車置き場」ではなく生活の中心となる空間といっても過言ではないかもしれない。

いっぽう、“500”が収まるガレージは、N夫人専用。つまり“500”は奥様専用車なのだが、将来的にもう少し大きなサイズの車に乗り替えることも考慮して、広めのスペースを確保している。

設計にあたりもうひとつの大切な希望は、愛犬との生活がしやすいように工夫が施されていること。愛犬ももちゃんが楽にアクセスできるように、1階から2階へ続く階段は、一般的な段差よりも低く設定。その1段の高さはNさんが実際に木工で数パターン製作し、ももちゃんに合った高さを決めたというほどこだわっている。さらに、玄関から半地下の寝室へアクセスしやすいように、ももちゃん専用のスロープまで備えられている。まさに、至るところに愛犬と暮らすためのアイデアが満載されているというわけだ。

N邸の大きな特徴のひとつとして、露天風呂の存在も忘れてはいけない。これはN夫人の希望で作られたもの。2階に設けられた風呂は、向かい側にある壁以外いっさいの遮蔽物はなく、いたって開放的。夜空を堪能できるだけではなく、愛車の姿を垣間見ることができるようにデザインされている。

そうして出来た邸宅について、Nさんの印象は、「まさに思いどおりに造って頂きました」のひと言。これは限られた条件下で施主からの要望を的確に実現しつつ、デザインの要件もしっかりと満たす。そんなタスエスの丁寧で愛情のこもった作品に対しての、最上級の賛辞だろう。

▲“チンク”のサイズに合わせて、ギリギリに設計されたインナーガレージ。内装にもこだわり遮音性の高い素材が用いられ、暖機運転ができるように排気ダクトまで設けられている▲“チンク”のサイズに合わせて、ギリギリに設計されたインナーガレージ。内装にもこだわり遮音性の高い素材が用いられ、暖機運転ができるように排気ダクトまで設けられている
▲“500”用ガレージと応接間の間は、屋根のない吹き抜けになっており、爽やかな風が通り抜ける▲“500”用ガレージと応接間の間は、屋根のない吹き抜けになっており、爽やかな風が通り抜ける
▲“チンク”用ガレージには、ピットが設けられているDIY 好きなNさん自ら、オイル交換をはじめとするメンテナンスを行っている▲“チンク”用ガレージには、ピットが設けられているDIY 好きなNさん自ら、オイル交換をはじめとするメンテナンスを行っている
▲“チンク”用ガレージの後方にはDIY用のテーブルがセットされている。デザイナーという仕事柄、ここでアイデアを練ることもあるという。愛車とともに過ごすタイトな空間は、また格別の居心地のよさなのだろう▲“チンク”用ガレージの後方にはDIY用のテーブルがセットされている。デザイナーという仕事柄、ここでアイデアを練ることもあるという。愛車とともに過ごすタイトな空間は、また格別の居心地のよさなのだろう
▲寝室には、愛犬ももちゃん専用の玄関~寝室へダイレクトにアクセスできる動線が設置されている。上部の窓からは、愛車の姿が見えるとともに自然光がたっぷりと注ぎ込む▲寝室には、愛犬ももちゃん専用の玄関~寝室へダイレクトにアクセスできる動線が設置されている。上部の窓からは、愛車の姿が見えるとともに自然光がたっぷりと注ぎ込む
▲床にはミニカー専用のスペースが設けられるという、洒落っ気に富んだレストルーム。ガラス越しに俯瞰するミニカーは、愛車と同じ仕様のチンクが収まっている▲床にはミニカー専用のスペースが設けられるという、洒落っ気に富んだレストルーム。ガラス越しに俯瞰するミニカーは、愛車と同じ仕様のチンクが収まっている
▲奥様が希望して作られた露天風呂。大きな木製の引き戸を開けると、抜群の開放感を味わいながらの入浴が可能。外界と室内との境をファジーにすることで、露天感覚が味わえる▲奥様が希望して作られた露天風呂。大きな木製の引き戸を開けると、抜群の開放感を味わいながらの入浴が可能。外界と室内との境をファジーにすることで、露天感覚が味わえる

【車は専門外!? の建築家がデザインした空間】
■じつは車に対して造詣が深くないというタスエス。しかし、完成したガレージを拝見すると、サイズ感はもとより内部のデザインや色遣いが、まさに“チンク”のために仕上げられていることがわかる。外壁やシャッターの素材や色目など、そのバランスも見事というほかない。これらが実現できたことは、建築家が時間をかけて施主のニーズを正確に把握し、そのイメージに最大限近づけるべく努力を惜しまなかったからにほかならない。
■主要用途:専用住宅
■構造:木造(一部RC構造)
■敷地面積:81.37平米
■建築面積:40.65平米
■延床面積:89.03平米
■設計・監理:一級建築士事務所タスエス
■TEL:03-6325-8426



text/菊谷聡 photo/茂呂幸正

※カーセンサーEDGE 2016年5月号(2016年3月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています