▲目を引くデザインで話題を集めた新型トヨタ シエンタ。今回は、チーフエンジニアである粥川宏氏に新型のデザインについて話を伺った ▲目を引くデザインで話題を集めた新型トヨタ シエンタ。今回は、チーフエンジニアである粥川宏氏に新型のデザインについて話を伺った

チーフエンジニアに新型シエンタのデザインについて尋ねる

新型シエンタの開発を指揮した粥川宏氏は、その車を「不死鳥のよう」と形容した。2003年のデビュー以来、コンパクトサイズミニバンとして累計で25万台以上を販売。2010年一度販売終了するも「次に買い替える車がない」などユーザーからの強い要望でわずか1年足らずで復活した車だ。

そんな新型シエンタがデビューから12年で初のフルモデルチェンジを果たす。「旧型に対して、次世代のミニバンはどうあるべきか」をテーマに掲げてゼロスタートで始まった開発。すべてを一新した次世代ミニバンである新型シエンタをテーマに、チーフエンジニアの粥川宏氏と自動車ジャーナリストの松本英雄氏が対談した。

今回はインテリアやエクステリアなど、話題となったデザインの話を中心にお伝えする。

これまでのトヨタにはなかった、デザイン

松本:先代のシエンタがデビューして12年。マイナーチェンジはあったものの、フルモデルチェンジは初めてです。まず最初に感じたのは、デザインの印象がガラリと変わったこと。とてもチャレンジングです。

粥川:確かに、トヨタの最近のトレンドとはちょっと違うデザインです。12年前は丸いヘッドライトのカワイイ車は女性向き。アグレッシブな車は男性向きという、分かりやすい価値観の時代でした。

もちろん、今でもそういう価値観を持った方はいらっしゃいますが、徐々に「女性らしさ」「男性らしさ」といった垣根が無くなってきていると感じます。新型シエンタが目指したのは、ひとつの顔で皆に受け入れてもらえること。性別がはっきりしないジェンダーレスな世界でも受け入れられるデザインなんです。

松本:全体的な印象は、細部へのこだわりが作り出していますよね。5ナンバーサイズという限られた大きさの中で実現したリアの造形は秀逸で、スライドドアの奥行き感も素晴らしい。

スライドドアは開閉しやすいように平べったいのが普通ですが、新型シエンタはあえて難しい抑揚をつけた。そのおかげで、薄くても奥行きを感じさせている。それに、スライドドアを開いたときの開口部もシャープに見えるのが好印象でした。

粥川:ありがとうございます。デザインは次世代のコンパクトカーを意識しています。今は軽自動車に需要を取られていますが、軽にはできないコンパクトカーの良さを見せたかったんですね。そのために、質感にはこだわりました。

松本:車に合った質感って大事だと思うんですよね。それは、内外装のバランスが取れているということ。どちらか片方だけが豪華ではいけない。エクステリアとインテリアのデザインは、多くのケースでは担当が分かれるので、バランスが崩れる車が多いんです。そんな中、新型シエンタはよくまとまっていると感じます。これは、エクステリアとインテリアでの話し合いの結果なのでしょうか?

粥川:今回は、まず言葉でデザインの方向性を共有しました。それが「エモーティブファンクションアイコン」。動的で機能を重視しながらもアイコニックな車にしよう、というものです。ここを共有しているので、しっかりと同じ方向に進むことができました。

▲見逃されがちだがスライドドアの造形も秀逸。細部にもこだわって作られている ▲見逃されがちだがスライドドアの造形も秀逸。細部にもこだわって作られている

デザインに合わせてピッタリのカラーを選ぶ

松本:新型シエンタがアイコニックな1台になったのには、デザインに加えて、カラーの印象も大きいと思います。

粥川:カラーはデザインありき。新型シエンタのデザインをしっかりと訴求できるカラーを展開しました。

松本:テーマカラーはイエローですが、個人的にはグリーンもいいですね。

粥川:これは、以前にMR-Sで使ったカラーなんです。赤もけっこう渋めですけど人気はありますよ。

松本:確かに、赤はシックな感じですね。フロントまわりには樹脂のプレートが入って締りが効いている。新型シエンタの価格で部品点数を増やすと大変なのでは?

粥川:コスト的にはかなり苦労しました(笑)。リーズナブルに抑える必要があったので、かなり頑張りましたね。

松本:コスト面も大変だと思いますが、外装に樹脂を何ヵ所か使っているじゃないですか。ここの色味を合わせるのは難しいですよね。特にメタリックなんかは、たいへんそうです。

粥川:よく樹脂だと気づかれましたね。けっこう大変でしたよ。形もかなり複雑ですし。

松本:これまでのトヨタには、こういったチャレンジングな取り組みはあまり無かったかもしれないですね。

粥川:新型シエンタでは割りと自由にやらせてもらえました。年配の役員の方には「こんなんでいいのか」という疑問があったと思うんですが、実務の中で選んだものを尊重してくれましたね。余談ですが、内装デザインの担当者はイエローを。外装デザインの担当者はグリーンの新型シエンタを購入しました(笑)。

▲新型シエンタはカラーによってイメージが変わる。カラーバリエーションは全13色が設定されている ▲新型シエンタはカラーによってイメージが変わる。カラーバリエーションは全13色が設定されている

質感と機能と遊び心。「エモーティブファンクションアイコン」とは

松本:インテリアもエクステリアと調和した良い雰囲気です。例えば、ダッシュボードの奥にオレンジのラインを使うとか小技が効いていますね。

粥川:先ほど申し上げた「エモーティブファンクションアイコン」は質感や機能にこだわるのはもちろんのこと、遊び心も必要なんですね。機能一辺倒だけでは楽しくないでしょう?

粥川:だから、シートはおしゃれにしたかった。当然、黒もありますけど、僕はこのフロマージュが好きなんです。先ほどのオレンジラインなどと相まって、山ガールが登山ウェアを着ていても、ワンポイントで女性らしさを見せる。そんなイメージに仕上がったと思っています。

松本:そう言われてみれば、ピラー部にもドット柄が入ってますね。このエンボスも遊びですか?

粥川:これも遊びです。しかし、塗りを追加したわけではなく、重ねを増やして穴を開けて中を見せているんです。

松本:コストでなくアイデアで車内の上質感を表現しているのは素晴らしい。新型シエンタは上手く経費削減がされていますね。

▲遊び心あふれるピラー部。デザイナーのアイデアが光る ▲遊び心あふれるピラー部。デザイナーのアイデアが光る

お手頃な価格を実現するために経費面でも努力を重ねる

粥川:手が出しやすい価格帯であることが重要ですからね。費用をかけて価格を上げるわけにはいきませんから、必然的に室内にあまりお金かけられない。いろいろな工夫をしておしゃれな内装を目指しましたが、部品は追加していません。

松本:デザイナーに「こういうのどうですか」と提案されて、コスト上がったりはしなかったんですか?

粥川:デザインとは、お金を見ながらの勝負だと思います。お金をかければ、良いものができるのは分かっていますが、それをどこまで抑えつつ、デザインをスポイルしないようするかは駆け引きですね。

▲粥川宏さんは1984年トヨタ自動車入社。初代レクサスやスープラなど様々な車のボディ設計を担当。2006年には製品企画担当に異動し、プリウスαの開発主査を勤める。2011年よりチーフエンジニアとして2代目シエンタの開発に携わる ▲粥川宏さんは1984年トヨタ自動車入社。初代レクサスやスープラなど様々な車のボディ設計を担当。2006年には製品企画担当に異動し、プリウスαの開発主査を勤める。2011年よりチーフエンジニアとして2代目シエンタの開発に携わる
text/コージー林田 photo/尾形和美、たけだ たけし