▲「うっかり儲かるときがあっても、次のことを始めるために使っちゃうからちっとも残らない。クリエイティブをするってことは、そういうことなのかもしれない。守りに入った瞬間に墜ちてゆく仕事だから」と、泉さん ▲「うっかり儲かるときがあっても、次のことを始めるために使っちゃうからちっとも残らない。クリエイティブをするってことは、そういうことなのかもしれない。守りに入った瞬間に墜ちてゆく仕事だから」と、泉さん

この工房から楽しさの発信を、それがイズ・ミーの挑戦です

泉さんの苦悩を初めて見る気がした。泉さんの「IS.ME」は、わたしにとっては常に華やかな印象の内装工房だった。

様々な自動車雑誌にオリジナルインテリアを提案する広告を打ち、各地で開催される自動車ショーにも積極的に出展する。

初めて彼の仕事について書かせていただいたのは、四半世紀ほども前になるが、しばらく都内の工房をご無沙汰してしまっても、いつも誌面で見ている、どこかで思いがけず会える。

泉さんならではの、ステッチ躍る華やかな色彩のシートの印象も相まって、意気揚々、順風満帆のまま突っ走るこの道の先駆者というのが、わたしの中での泉さんだった。

泉さんと、生みの苦しみの話をした。

「私の仕事は、直すことではなく、創ることです。直す仕事にも技術的な難しさや、深い世界があることをよく知っています。けれども、最終的な仕上がりのイメージは示されています。新品を超える補修作業というのは、存在しないんです。

ところが、オリジナルの内装を設えようと思ったとき、そこに唯一の仕上がりのイメージは存在しません。

長い自動車の歴史の中で伝統的に好まれている意匠や、自動車以外の世界で見つけたデザイン、それらをヒントに自分の中に浮かんだイメージのすべてに答えの可能性が潜んでいるんです。

その中から、施工する車とオーナーの雰囲気にいちばん馴染むインテリアを、この世でたったひとつという喜びとともにカタチにすることは、実ははた目に見えるほど華やかなことではありません。地味です。地味で悶々としている時間ばかりが流れるような仕事なんです」


クリエイティブな仕事に必ず伴う苦悶の時間は、その方面に真剣に首を突っ込んだ人間にしかわからない。

逆に言えば、その覚悟なくしてそこへ首を突っ込むのは無謀な仕業と言わざるを得ないわけで、真剣勝負で挑む泉さんが話すことは想定の範囲内だと思った。けれども、その先があった。

「この国は不思議な国でね。手に技をもつ人のことを、職人職人ってもてはやすのに、そういう人たちを平気ですり潰しちゃう」

自動車の営業マンから一念発起、この世界に飛び込んで約40年。ほどなく古稀を迎える年まで無我夢中で勤めあげた日本の「クルマの達人」の偽らざる想いである。それでも泉さんには少しも怒りの表情はなく、いつものように笑っていた。

「好きで選んだ道だからね」

オーナーの好みに合わせて内装をカスタムメイドしましょう、という仕事で、泉さんは間違いなく先駆者の一人である。

それまでも、同じような手仕事を提供する職人は存在したかもしれないが、泉さんはその仕事に華やかな印象を添えた。

マニアックにすぎるカスタムの世界を、もっとたくさんの車好きに“自分もやってみよう!”と思えるような楽しみとして提案した。

そのために、開業当初はわずかしかなかった売り上げをやりくりして積極的に広告を打ち、自動車のイベントに出展ブースを借りた。未知の世界への理解を深める作業は、市場からの興味をもっていても一歩も進まない。

だから、自らそこへ踏み込んで、大きな声で叫び続けた。“こんなに楽しい世界があります!”と。

「お陰さまで少しずつ理解を得られるようになってきて、紆余曲折ありましたが今もこうやって店を構えることができています。最近ね、昔にお世話になったお客さんが、ふと連絡をくれるんです。もう一度、泉さんに内装を仕上げてほしくてさ、って。

私にとって、職人人生の蹴り出しを支えてくれた方々が、かつて納めた仕事を忘れずにまた頼ってくれるなんて、こんなにうれしいことはないです。感謝しています」


自動車メーカーの社員が、高級車の作り方を教えてほしいと大挙してやって来たこともあるという。

けれども、大きな力を持っている組織のほとんどは、寸暇を惜しんで身につけた知識やノウハウと、そこから生み出した泉さんならではの発想の上澄みをすくって拝借することしかしなかった。

似たようなものを大量生産して自分たちのカタログに載せることしかしなかった。

「それでもまだ懲りないっていうか。それぞれの段階で、常に次の夢があるんです。一つひとつ仕上げるカスタムメイドは素晴らしい。

けれども、それを多くの人に楽しんでもらいながら、私自身もしっかりとした仕事として確立してゆくための、量産できるインテリアを創りたいですね。

職人が1人で営むこういう小さな工房からでも、そういう発信ができるんだってことを証明したいんです。この日本でもってことをね」


ひとつのブームを作った小さな工房を率いる、1人の日本の職人の物語である。
 

text/山口宗久
photo/羽後 栄
 

※カーセンサーEDGE 2019年2月号(2018年12月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています