作家・垣根涼介が24年間も乗り続けた愛すべきクルマの話|Carsensor IN MY LIFE


『ヒートアイランド』や『君たちに明日はない』『ワイルド・ソウル』などエンターテインメント小説を執筆する作家の垣根涼介さん。愛車は、約4年間しか生産されなかったマツダ ユーノス500の中でも稀少な「20GT-i」。330台しか作られなかった限定車で、1994年に購入。24年経った今もなお乗り続ける、愛車へのこだわりを垣根さんにたっぷり語ってもらった。

エンジンとボディ以外は自分好みにカスタマイズ

垣根涼介

納得のいくまで徹底的に手を入れた自分仕様のクルマ。垣根さんの乗るマツダ ユーノス500 20GT-iは、そんな1台だ。ショックアブソーバーやサスペンション、ブレーキキャリパー、マフラー、ホースや電装系、オーディオなどを入れ替え、自分好みに仕上げている。

「ホイールも替えています。タイヤとホイールとサスの組み合わせで何通りもあるので、何回も何回も試して、一番収まりのいいセッティングにしています。タイヤは、最初はアドバンを履いていたのですが、ここ10年はレグノばかり。しっとりとするし、そこそこ食いつく。すべてに対応するオールラウンダーという感じが、好みですね」

セッティングについて、垣根さんは身振り手振りを交え、丁寧に説明してくれる。ボディカラーと足回りが、中でもお気に入りだという。

10年前に塗り替えたグレース・グリーン・マイカは、その名のとおり、深みのあるグリーンにマイカ(=雲母片)を散りばめた特別なカラー。そのときに内装も新品に総入れ替え。足回りには、ドイツ製のH&RローダウンスプリングとGT-i用の強化ショックを装備している。

24年間も乗り続けているだけあって、エンジンも本体以外の補器類をすべて取り替えた。

「エンジンは2LのV6なので、トルクがすごく細いんです。でも、ボアとストロークのバランスが良くて、回転数を上げると気持ち良く吹け上がってくれます」

垣根涼介

ユーノス500の改修にかかった費用は、なんと新車価格の3倍ほど。しかし、垣根さんは「トータルでそのくらいはいくかな」とこともなげ。惜しみない愛情を注いでいる。

とはいえ24年前のクルマ。クルマ雑誌で数々の新車に試乗してきた垣根さんは、その度に自分のクルマに戻って乗ると、「化石だな、これは。もう何もかも古い」と感じたという。

「何度か乗り替えようと思いました。昨年なんか、トランクとリアフェンダーの角を凹ませてしまい、直すのにはフレーム修正から1ヵ月以上かかると言われ……。修理代もなんだかんだで85万円。さすがに、このときはポルシェに見積もりを取りにいきました(笑)。けど、結局は修理することを選んだ。新しいクルマはどれも機能的にはすごく良いけど、重要なのは結局“気に入るか気に入らないか”だと思うんです」

自分が好きかどうか。物事はときに単純だ。初めてユーノス500 20GT-iに出会った瞬間、垣根さんには「このクルマには長く乗ることになる」という予感のようなものがあったという。

溶けかかった飴みたいなカタチのクルマが好き

垣根涼介

では、垣根さんはユーノス500のいったいどこに惹かれたのか?

「やっぱりフォルムです。溶けかかった飴みたいな感じで(笑)。全体的に均整が取れているというか、緊張感があるんです。ありていに言えば、格好が良い。好みの形だったんです」

性能の良いクルマはいくらでもあるが、心をがっしりと掴まれるクルマは多くはない。愛車のことを語るとき、垣根さんはとてもうれしそうだ。

「乗り味も自分好みですね。昔のクルマなので、今のクルマと違って少しスピード出してコーナーに入るとナーバスな挙動になりますが、それはそれ。僕は、クルマに限らず、良いものと好きなものはわりと分けて考えています。『良いものだから、好き』とはならない。機能的に良いものには終わりがないし、自分が好きなクルマに乗るのが一番ですね」

垣根涼介

1994年に登場したユーノス500 20GT-iも、今や20台ほどしか現存していないという。そのオーナー全員が、良いものより“好き”を優先させてきた同志。オーナー間のつながりは深い。

「今も大事に乗っている人なんて10人いるかどうか。僕は1台しか持ってないけど、2台持ち3台持ちしている人間もいます。でも、このクルマが工業製品としてが良いかっていうと、みんな『ダメだよね~』と言いますよ(笑)。『なんで乗っているんだろうね』って(笑)。やっぱり効率じゃないんですよ」

そういう垣根さんだが、ATが壊れたら、いよいよこのクルマともお別れだという。新しいパーツはもちろん、リビルト品もないからだ。

いつか来るだろう愛車との別れに備え「次に乗るクルマは考えてるか?」と尋ねると、垣根さんは「僕も、最近気づいたんですどね」と前置きし「そうなったときに、それはまた考えればいいことなんですよ」と笑った。

作家・垣根涼介が24年間も乗り続けた愛すべきクルマの話

乗りたいと思えるクルマに乗っていたい!

 

乗り替えようと思るほどのクルマはそう多くはありません。例えば、アウディ A5はグラっときたクルマの一つ。ユーノス500 20GT-iと同じで、フォルムが好きです。なんでも格好から入るので(笑)。クルマも形から入って、自分好みにしていく。とはいえ、どうせなら最初から乗って楽しいクルマがいい。そういう意味でが、NAロードスターも良いかな。

文/山口智弘 写真/鈴木克典 スタイリスト/深澤勇太

PROFILE
垣根涼介:小説家。リクルートに入社後、商社と旅行代理店勤務を経て、2000年に「午前三時のルースター」で小説家デビュー。2004年に発表した『ワイルド・ソウル』(新潮社)は大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞で3冠を受賞した。『ヒートアイランド』(文春文庫)などエンターテインメント小説を執筆してきたが、 近年では『光秀の定理』(KADOKAWA)や『室町無頼』(新潮社)など時代小説も手がける。