これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
大排気量エンジンこそラグジュアリーモデルの“王道”
——今回は久しぶりにメルセデス・ベンツを紹介したいと思っているんですよ。
松本 のっけからメーカー名を言ってくるなんて、さては何か特別なモデルを見つけてきたんだね。そういえば、この連載でも結構な数のメルセデス・ベンツの「名車」を紹介しているよね。僕が好きなメルセデス・ベンツといえば、優雅でエレガントなモデルかなあ。
——例えばどんなモデルですか?
松本 そうだなあ、280 SE カブリオレなんかいいよね。ちょっとミーハーかもしれないけど憧れの1台だね。クーペももちろんいいんだけど、カブリオレだと長いボディが一層強調されていていいよね。幌を開けるとキャビンにさらにゆとりが感じられるし。それとエンジンだね。250や280 SEが積んでいる6気筒もいいけれど、エグゼクティブなV型8気筒のM100型から派生したM116型はやっぱり魅力的だよ。このV型8気筒は搭載位置を低くすることができたからこそ、280 SE 3.5のエンジンフードのデザインが洗練されているんだよ。
——松本さんは大排気量モデルが好きですよね?
松本 さすが、知っているね(笑)。この連載でもよく言ってきたからね。ターボやスーパーチャージャー、最近ならハイブリッドで電動モーターを使用して低速域のトルク特性を向上させる方法が主流になっているけど、元はと言えば大排気量によってトルクを厚くすることで安定した走行性能を実現させるのがラグジュアリーモデルの王道だと思うんだ。少なくとも、エンジニアの基本はそうだと思うよ。
——なるほど、大排気量こそがラグジュアリーモデルの王道ですか。紹介したいモデルも、そんな大排気量のとっておきの1台なんですよ。
松本 メルセデス・ベンツで大排気量の名車と言ったら600 プルマンだよね。何と言ってもエンジンは僕が大好きな「M100型」だからね。これは凄いよ。搭載しているモデルも限られていて、プルマンと300 SEL 6.3 、450 SEL 6.9のたった3モデルだけなんだよ。ということは、もしかして今回はそのうちの1台になるのかなぁ。


——そこまで絞れるんですね……。まさにそのうちの1台で、ヴィンテージ湘南さんで450 SEL 6.9を見つけたんですよ。
松本 ほんと!? いいじゃない! 以前縦目の300 SEL 6.3に乗ったことがあるけど、意外にもシャープなエンジン音なんだよね。300 SEL 6.3はスポーツセダンとうたわれていたけど、本当にそんな感じだった。僕の師匠の故徳大寺巨匠がよく話していたけど、リアタイヤがすぐに減っちゃうぐらいパワフルだったんだ。その後、巨匠はこの450 SEL 6.9に乗り替えたらしいんだけど、日常の街中でも高速のロングドライブでも疲れないいい車だって言っていたね。さらに「君も購入したほうがいいぞ」と勧められたよ(笑)。
——なんと、巨匠に勧められていたモデルだったんですか?
松本 まぁ、気に入った車があれば何かにつけて「君も購入したほうがいい」という話になっていたんだけど、言うのは勝手だからね(笑)。でも、M100型の本家本元のユニットが搭載されたモデルは一度は乗っておきたいね。他のモデルと中身が全然違うんだから。そうそう、その改良ユニットでM117型というのがあるんだけど、このM117型にターボを搭載してスポーツカー選手権を席巻したモデルこそ、君も知っているザウバーメルセデス C9。市販されているエンジン、しかも大量に生産されているSOHCのパワーユニットで勝利していたマシンだね。こういうチーム好きだなぁ。その元となるユニットがM100型だね。この450 SEL 6.9という市販といえども中身は別物というモデルがあったからこそ、メルセデス・ベンツはAMGというハイブランドを展開できたんだね。

—— M100型はAMGにも関係があったんですか?
松本 かつて、メルセデス・ベンツのモータースポーツを支えたルドルフ・ウーレンハウトという凄腕のエンジニア兼開発ドライバーがいたんだ。グランプリカーを操るだけでなく、300 SLRを作り出した人だね。その後、彼がメルセデス・ベンツの社長だった時にM100型が開発されたんだ。この潜在能力の高い6.3Lユニットをチューニングして様々なモデルに搭載した叩き上げのエンジニアがテスト開発部門で働いていた。彼はこのエンジニアに目をかけていたらしく、そのエンジニアが行う様々なテストに目をつぶって開発を続けさせていたんだよ。そのエンジニアこそエーリッヒ・ワクセンバーガーで、230 SLなどの小型モデルにM100型を搭載した人だね。300 SEL 6.3が正式発表されるとAMGと協力して耐久レースに出場したんだけど、耐久モデルはなんと6.8Lまで拡大していた。ワクセンバーガーは、M100型なら6.8Lまで拡大しても耐久性に全く問題ないことを知っていたんだね。他の量産エンジンとは違う、良質な鍛造クランクシャフトに鍛造ピストン、ナトリウム封入バルブなどの航空機テクノロジーを導入してこのレーシングユニットは作られていたからね。今日のAMGモデルの原型になったことは間違いないだろうね。
——AMGの“基本”を生み出したユニットは、その後この車に繋がっていくんですね?
松本 そうだね。1972年にSクラスがモデルチェンジし、1974年には450 SELにもM100型が搭載されたんだけど、それこそがM100型を6.9Lまでスープアップしたユニットだったんだ。実際には6834ccだったから6.9Lはないんだけど、迫力は十分だったはず。さらに、ドライサンプで武装しエンジン位置を下げることでデザイン面でもW116型に貢献している。しかも、ドライサンプによってエンジンオイル量が増したことで、メンテナンスの期間も大幅に延びたらしいんだよね。総生産台数は7380台ともいわれているけど、メルセデス・ベンツにしては希少なモデルになるんじゃないかな。
メルセデス・ベンツ 450SEL 6.9
300SEL 6.3(W109型)の後継と言うべき、W116型のSクラスに用意されたスーパーサルーン。1975年に登場、600に搭載されていた6.3L V8エンジン(M100型)を6.9Lに拡大、足回りにはハイドロニューマチックサスペンションを採用する。当時としては驚きのパフォーマンスを備えつつも、内外装はスタンダードモデルと同様のベーシックなスタイルに仕立てられているのも特徴となる。
※カーセンサーEDGE 2025年3月号(2025年1月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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