これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
直線基調の個性的ラグジュアリーサルーン
——今回は唸るようなモデルを用意しましたよ! 間違いなく松本さんの好みの1台です。
松本 また始まったね。もったいぶらずに教えてよ。そもそもそのモデルは知っていたの? そこが問題だよ。君が唸るってことは、高級ブランドの車なんだろうけど。
——はい! アストンマーティン ラゴンダです! どうですか?
松本 素晴らしいじゃない! よく見つけられたね。
——別件で取材に行ったお店になんと2台もありまして。そのうちの1台がこちらになります。
松本 状態もすごくいいね。このコンディションを維持するのはかなり難しいんじゃないかなぁ。
——この車の凄さがよくわかっていないので、解説お願いします!
松本 ラゴンダというのはもともと英国の高級車ブランドの名前なんだよ。ラゴンダ社は1906年創業だから、アストンマーティンよりも歴史があるんだ。特にラゴンダV12という4.5Lのエンジンがとても有名でね。このエンジンの設計者が伝説的なエンジニアであるウォルター・オーウェン・ベントレー(W.O.Bentley)なんだよね。これだけでもその辺の高級車とはケタ違いの車だということがわかるでしょ?
——ラゴンダを車名だと思ってた僕には分かりませんでした……。
松本 まぁ無理もないよね。ちなみに、戦前に生産された純粋なラゴンダは、有名なクラシックカーコンテストに結構出場していたりするよ。まさに「エレガント」と呼べるメーカーだね。
——どこかのタイミングでアストンマーティンが吸収したんですか?
松本 1947年にアストンマーティンを率いていた実業家のデビッド・ブラウン(David Brown)がラゴンダを吸収したんだよ。ちなみに、DB5などのDBはこのデビッド・ブラウンからのネーミングなのは知っているよね? しかし、紆余曲折あってデビッド・ブラウンも会社存続が難しくなったことで、DBというネーミングは一時的に消えたんだ。そこで新たなオーナーのもと生まれたモデルが、このアストンマーティン ラゴンダなんだよ。
——なるほど。
松本 デザイナーはウイリアム・タウンズという、エンジニアでもあった人物。彼はローバー在籍時にローバーBRMという非常に珍しいガスタービンを使ったル・マンカーのデザインや各部設計を行った人なんだ。このモデルは世界のエンスージアストには、そこそこ知られた車でね。ブリティッシュレーシンググリーンで塗られたボディと、空力を意識したスタイリングは非常に独創的だった。歴史的に重要なレースカーと言えるだろうね。
——往年のエンジニアやデザイナーには様々なエピソードによる立志伝がありますからね。
松本 そうだね。ウイリアム・タウンズは、その後アストンマーティンに加わりDBSをデザインしたんだ。彼の作品で柔らかいフォルムのモデルは、これが最後だったかもしれないね。1970年代に入ってくると、直線的でウエッジフォルムがひとつの流行となったんだ。タウンズがデザイン、設計をしたモデルの極めつけが、君が見つけてきたこのラゴンダというわけなんだよ。1976年から1990年まで生産されたモデルでね。この特徴的なフォルムはシリーズIIから採用されたんだ。
——ちょっと待ってください! この車ってシリーズがあるんですか?
松本 これがね、あるんだよ。ちなみにシリーズIはアストンマーティン V8をロングホイールベースにして4ドア化したモデルで、なんとわずか7台しか生産されなかったんだ。だからお目にかかることはまずないだろうね。そして、ウェッジ型サルーンの御大将として1976年に登場したのがこのラゴンダというわけなんだ。当時の量産車としては最先端のLEDのインジケーターを採用したり、シンプルで超水平基調のインテリアは時代を超越したデザインなんだよね。
——確かにインテリアもかなり独特ですよね。
松本 肝心なパワーユニットなんだけど、5.3L V8 DOHCというサルーンとしては申し分ないユニットを搭載しているんだ。このエンジンも凄いよ。タデク・マレクというエンジニアは、DBシリーズの黄金期を作った人物で、50年近くアストンマーティンと共にしていたことから、そのすべてを知り尽くしていたんだよ。こういう人を長く在籍させるところが実に英国らしいよね。プレミアムブランドの存在感って、こういう部分から生まれてくるんだよ。彼が作ったパワーユニットはル・マンで1、2位でフィニッシュしたマシンに搭載されるなど、スポーツカーのレースでもチャンピオンを獲得したんだ。そして1969年に登場したV8 エンジンは2000年まで使われ続けたんだ。1989年の世界スポーツプロトタイプカー選手権では、表彰台には立てなかったけれど入賞を果たしている。20年前のV型8気筒のブロックは、本物のサラブレッドの心臓だったんだよ。
——しっかり中身も弩級な車なんですね。
松本 今ではプレミアム性を持たせるために、1人が1台のエンジンを組み立てるという「one man, one engine」なんて言ってるけど、ラゴンダのV8エンジンは発売当時から「one man, one engine」で組み立てられていたんだ。真ちゅうのネームプレートには担当者の名前が刻まれているんだよ。しかも、1基を組み上げるのに1週間かけて、丁寧にラッピングまでしていたらしい。本当に心のこもったエンジンといえるね。
——なんか、高級車っていう枠組みは本当に広いんだなって感じますよね。
松本 そのとおりだね。本当の高級車とは、人のぬくもりが見え隠れするものなのかもしれないね。2つとない決して類似性をもたせないモデルを生産することは、志の高さの表れと言えるよね。ラゴンダの最終モデルとなるシリーズIVは1987年から週に1台のペースで作られていたらしい。だから、シリーズIIからIVまでの生産台数は645台と非常に少ない。弩級とはこういうものだと教えてくれるモデルだよね。
アストンマーティン ラゴンダ
1974年発表のシリーズIを始祖とする、DBSをベースとしたラグジュアリーな4ドアサルーン。1976年には(シリーズIから刷新された)“未来的”なスタイリングのシリーズIIが登場。キャブレターからインジェクションに変更されたシリーズIIIを経て、1987年にシリーズIVが登場している。シリーズIVは前後ライト類やボディラインなどのデザインを変更し、“現代的”なスタイリングに生まれ変わった。
※カーセンサーEDGE 2024年2月号(2023年12月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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