マセラティ ビトルボ▲アレッサンドロ・デ・トマソによるマセラティのマネージメント時代に登場したビトルボ。それまでの大排気量モデルから2Lエンジンを搭載した比較的安価な“小さな高級車”へと転換を図ったモデルとなる
 

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きにとって興味深いエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格がスーパーなため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。リ・ブランディングを進める111年目を迎えたマセラティだが、今回は50年前にデ・トマソが行ったマセラティの改革を紹介。名門のリ・ブランディングを振り返る。
 

古い習慣を打ち破る“新人類”のマネージメント

2025年は、アレッサンドロ・デ・トマソがマセラティのマネージメントを始めた年からちょうど50年目を迎える。マセラティ兄弟をサポートすることから始まったオルシ家時代、そしてその延長線上にあるシトロエン時代は、マセラティ兄弟が生み出したDNAを引き継ぐものであった。しかし、このデ・トマソ期はこれまでの過去を否定することから始まった。つまり、このデ・トマソ期こそが、新マセラティ世紀の始まりでもあった。そして、111年目を迎えるマセラティ史全体を見れば、今こそが“新マセラティ世紀”の折り返し地点にいるワケである。
 

マセラティ▲デ・トマソを創設、1975年からマセラティの経営にも携わったアレッサンドロ・デ・トマソ。アルゼンチン出身で元F1レーザーでもあった

デ・トマソによるマセラティ支配に関しては賛否あるのも事実だ。シトロエンの文化を嫌ったアレッサンドロは、それを全否定した。自前のデ・トマソ・アウトモビッリのラインナップとの競合を嫌い、ボーラやカムシンを即座にカタログから外した。(ストックされたパーツを使い切るために少量は生産を続けたが)。露骨にパンテーラを優遇したから、当然従来のマセラティスタからはブーイングでもあった。

しかし、アレッサンドロ以外に、オイルショックで崩壊したスーパーカーブランドを立て直す可能性を持った人物は存在しなかった。“煙を売るオトコ”と呼ばれたアレッサンドロであったが、政府や地方自治体から丁々発止で補助金を獲得したり、労働組合をやり込めるバイタリティーにあふれ、鉄の胃を持った実業家という顔でエネルギッシュにマセラティ再建へと取り組んだ。

彼はエンツォ・フェラーリをビジネスのベンチマークとしたが、エンツォも持ちえない大きな武器があった。それは狭いモデナから抜け出した国際的視野である。ハスケル夫人の北米ファミリー人脈、そしてパンテーラで培ったリー・アイアコッカとの北米ビッグ3人脈が、そのマインドをバックアップした。モデナ第1世代とも言えるエンツォやフェルッチョ・ランボルギーニ、アドルフォ・オルシらと違ってアレッサンドロは古い慣習を打ち破ることのできるフットワークの軽い新人類であった。
 

デ・トマソ パンテーラ▲デ・トマソが1971年に発表したパンテーラ。モノコック構造でフォード製V8エンジンをミッドシップに縦置きしている

高い顧客ロイヤリティを有するからこそ、本質的改革が求められる

マセラティの元祖GTカーブランドとしての長い歴史を鑑みれば、フツウの経営者なら廉価な量産クーペ、ビトルボを売り出すことなど思いつくこともなかったであろう。しかし、彼はそんな大冒険にちゅうちょなくチャレンジした。

もちろん、アレッサンドロもメインモデルをダウンサイジングする一大プロジェクトを細心の注意を払って進めた。その開発はモデナのマセラティ社ではなく、デ・トマソ アウトモビッリ内で秘密裏に行い、関係者には徹底したかん口令が敷かれたのだ。彼の無鉄砲な取り組みは時として批判の対象になるが、当時のマセラティに関してはこのくらいの荒治療を行わなければブランド自体が消滅の危機にあったことも事実なのだ。

1981年に発表されたビトルボは大ヒットモデルとなり、マセラティは息を吹き返した。だが、その後に多くのトラブルを抱え、アレッサンドロが病魔に倒れたことでフィアットグループに吸収されたのも運命であろうか。
 

フェラーリ テスタロッサ▲創立111年目を迎えたマセラティの本社はモデナにある

くしくも2022年に“マセラティ新世紀”というキーワードの元にリ・ブランディングを実施し、フォルゴレという完全電動化路線が発表されたが、その行先は不透明である。

マセラティは、その企業規模としては例外的に高い顧客ロイヤリティを持ったブランドであるが、現経営陣による高価格帯商品への移行、2030年までの完全電動化というステートメントが、その顧客の志向に合致したものであるかは議論の余地がある。ステランティスという大きなグループの中で、マセラティならではのユニークなポジションが不明瞭になっているのではないか。

前述のように“新マセラティ世紀”としてマセラティ史折り返し地点にある今、小手先のものではない、本質的な改革が求められているのではないであろうか。
 

フォルゴレ デイ▲電動化を進めるマセラティが2024年4月に開催したイベント「フォルゴレ デイ」。BEVの市販3モデル目となる「グランカブリオ フォルゴレ」が発表されている
マセラティ ビトルボ▲ビトルボは新開発の2L V6ツインターボを搭載、車名はイタリア語でツインターボを意味する
マセラティ大全 MASERATI COMPLETE GUIDE III▲筆者がマセラティの複雑な歴史をひもといた一冊「マセラティ大全 MASERATI COMPLETE GUIDE III」も好評発売中。市販車だけでなくレーシングカーやコンセプトモデルまで網羅している。価格は3960円

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マセラティ ビトルボ × 全国
文=越湖信一、写真=越湖信一、デ・トマソ、マセラティ
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。