ホンダ NSX

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
 

「駐車中」も「走り」も魅力的な真っ赤なスーパーカー

2024年4月20日(土)、富士山の麓にある富士山パーキングで開催された『JTP(ジャパン峠プロジェクト)ミーティング』。我々が駐車場にいたところ、フォーミュラレッドの初代NSXがやってきた。30年以上前のモデルなのにボディはまったくあせておらず、ガレージで大切に保管されてきたことがひと目で分かる。

オーナーの後藤正さんは半年ほどNSXを探しまくり、岐阜県にあるショップでこの個体を発見。ショップまで奥様と一緒に見に行き、その場で購入を決めたという。それが8年前だ。

「1990年にNSXが発売されたときは衝撃的でした。日本車で初めての“スーパーカー”らしい車でしたからね。もちろん乗ってみたいと思いましたが、車両価格(ベースグレードの5MTで、東京での販売価格が800万3000円)を考えると普通の会社員で手に入れられるわけがありません。そのときはただの憧れで終わりました」

現在の中古車相場を考えると信じられないかもしれないが、初代NSXは1990年代後半以降、300万円前後で買える中古車が見つかる時代があったのだ。後藤さんがNSXを手に入れたのはその最後の時期になる。年齢を重ね、そろそろ自分だけのために車を選んでもいいのではないか。そう思い、若い頃の憧れを手に入れることにした。

「私は仕事で長く海外赴任でアメリカにいました。それが終わってようやく日本に戻れることになったので、これまで頑張ってきた自分へのご褒美に好きな車を買おうと思ったんです」

NSXを探すにあたり、屋外の砂利駐車場などで保管するのは忍びないと、後藤さんはまず賃貸のガレージハウスを契約。普通の屋根付き駐車場にしなかったのは、走らせる時間はもちろん、眺める時間も楽しみたいと思ったからだ。実際、NSXが納車されてからは走らせるのは年に5回ほど。それ以外は週末にガレージハウスに向かい、エンジンをかけた後は車を眺めながらのんびりコーヒーを飲んだりしているそうだ。
 

ホンダ NSX

だからこそ、この日のようにNSXを走らせるのは特別な時間でもある。後藤さんのNSXはAT仕様。MTを買うことも考えたが、もう血眼になってワインディングを攻めたりする年齢でもないし、スポーツカーでのんびりとドライブを楽しもうとATを選んだ。

「30年前のスーパーカーということで乗る前は身構えていたのですが、実際に乗ってみるとあまりにも運転しやすくて拍子抜けしました。追従性がとてもよく、ハンドリングはもちろん、ブレーキやアクセルも自分の思いどおりに素直に動いてくれます。でも、たまにアクセルを踏み込んでみると強烈な加速を味わえる。ホンダのVTECのすごさを感じます」

ただ、色も赤だしものすごく目立つ車なのでちょっと気恥ずかしいと苦笑いする様子から、後藤さんの人の良さが伝わってくる。

実際、街中で信号待ちをしていると、横断歩道を渡る人たちがスマホで写真を撮っていくそうだ。後藤さんと奥様はなんとなく気まずくて身を縮めてしまうという。高速道路のサービスエリアで休憩をして車に戻ると、NSXの周りに人だかりができていることも珍しくない。やはり多くの人が写真を撮ったりしているので、奥様と「もうちょっと時間をおいてから車に戻ろうか……」という話になるという。実際、我々がお邪魔したイベント会場でもあっという間に人だかりができていた。

給油のためにガソリンスタンドに行くと、若いアルバイトのスタッフから「フェラーリだ、すごいですね」と言われることもある。「いや、これはホンダの車だよ」と話しても信じてもらえないときは「いまの若い子たちにとってホンダといえば、ミニバンや軽自動車の会社なんだな」と寂しさを感じるという。
 

ホンダ NSX

そんな後藤さんにNSXの気に入っている部分を尋ねると、「ここが好きというのは特にないけれど、全体のスタイルはキレイだなと感じています」という控えめな答えが返ってきた。筆者が「僕はNSXの真横から見たシルエットが好きなんですよ」と話すと途端に嬉しそうな顔になり、「私は真横よりもリアからのスタイルかな。ほら、自分で自分の車の走っている後ろ姿って見ることができないから」と冗舌になる。
 

ホンダ NSX

ちなみに後藤さんには2人の息子がいるが、2人ともNSXには興味がないらしい。以前一緒に出かけたときはずっと助手席で寝ていたし、「運転してみる?」と聞いても「怖いから嫌だ」と言われるそうだ。

「きっとスポーツカーよりも、大きくて楽なミニバンやSUVの方がいいのでしょうね」

そう話す後藤さんは少し寂しそうに見えた。でもそばには後藤さんの趣味を理解してくれる奥様がいるのだから、気兼ねなく自分の趣味を楽しめるはずだ。すると隣にいた奥様は「主人が好きなことを楽しんでいるので、私も自分の好きなことを楽しむと話してあるんです」と笑う。

それでいいと思う。家族が好きなことを楽しんでいるからこそ、一緒にいるときも和気あいあいとできる。これが円満の秘訣なのだろう。
 

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文/高橋満、写真/尾形和美
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高橋満(たかはしみつる)

自動車ライター

高橋満(BRIDGE MAN)

求人誌編集部、カーセンサー編集部を経てエディター/ライターとして1999年に独立。独立後は自動車の他、音楽、アウトドアなどをテーマに執筆。得意としているのは人物インタビュー。著名人から一般の方まで、心の中に深く潜り込んでその人自身も気づいていなかった本音を引き出すことを心がけている。愛車はフィアット500C by DIESELとスズキ ジムニー