ホンダ ビート

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
 

車はスピードだけが楽しみじゃないことをビートから教わった

世界初のフルオープンモノコックボディを採用した軽スポーツ、ホンダ ビート。1996年12月の生産終了から30年近く経過しているが、今なお半数が現存しているといわれる。2024年4月20日(土)、富士山の麓にある富士山パーキングで開催された『JTP(ジャパン峠プロジェクト)ミーティング』で、そのうちの1台に出合った。

オーナーの重藤宏樹さんがビートを手に入れたのは今から16年前。走行距離約1万kmという個体を発見し、思わず飛びついた。

重藤さんがビートに憧れるようになったのは、発売当時のテレビCMがきっかけだった。夜の街をさっそうと走るビートと『遊んだ人の勝ち。』というキャッチコピー。まだ中学生だったがこのCMが強烈に印象に残り、いつかビートに乗りたいと思ったという。

「ずっとEG6のシビックに乗っていて、ホンダの営業さんに『青いビートに乗りたい』という話をしていたんですよね。でも、そんなことも半分忘れていたら、10年後くらいに『青は見つからないけれど、赤いビートでいい出物がありますよ』と電話がかかってきて」

ホンダ ビート

提示された金額は60万円。相場が高騰している今となっては信じられないが、当時の相場ではかなり高い部類になる。それでも走行距離が1万kmという中古車はめったに出てこないはず。重藤さんは当時の彼女――現在の奥様と一緒にホンダディーラーに足を運び、2人で試乗させてもらった。オープンにして街を走るのは最高に楽しく、高いとは感じたが思い切ってそのビートを購入。シビックとビート、ホンダの2台体制の生活が始まった。

「手に入れた直後は嬉しくて彼女を誘ってあちこちドライブに行きました。でも彼女と結婚して子供が生まれたらどんどん乗る機会が減っちゃって、最近は週に1度乗るくらいのペースになっちゃいましたが。ビートは決してスピードが速い車ではありません。今となっては遅い部類に入るかもしれないですね。でも、レッドゾーンまでブワッと吹け上がったときの気持ちよさは格別です!」

一般道の制限速度域でも存分に楽しめ、交差点を曲がるだけで気持ちいい。「車はスピードじゃない」。重藤さんはこれをビートから教わったと感じている。

ホンダ ビート

16年間乗り続けている間に結婚して子供が生まれた。重藤さんの環境は大きく変わったが、ビートだけは手放さずにこれまで過ごしてきた。家族が増えたときに2人乗りの軽自動車を維持することに反対の声はなかったのだろうか。

「実は手放すことを考えたこともあります。でもそのとき、妻の方から『残せるなら手元においておいた方がいいんじゃない?』と言ってくれたんです」

重藤さんが10年間も欲しいと思い続けていたこと。試乗したときに嬉しそうに車を走らせていたこと。毎日気持ちよさそうに車を運転していること。そしてビートに乗っていることが笑顔の秘密であること。長年重藤さんと一緒にいる奥様はそれらをすべて受け入れていたのだろう。

16年間ビートに乗り続けていて記憶に残っていることを尋ねると、奥様が臨月のときに都内から岐阜の白川郷までドライブに連れて行ったり、娘さんが赤ちゃんのときには、2人で奥多摩まで走りに行ったら夢中になりすぎておむつ交換をすっかり忘れてしまったり……。そんな思い出ばかりだと苦笑いする。それでもビートに乗り続けることを許してくれているなんて、懐の深い奥様だ。

最近ではビートに乗るときはもっぱら1人でのドライブだ。平日に仕事を頑張った自分へのご褒美として、週末の夜に首都高をぐるっと周り、大黒ふ頭で休憩して帰ってくる。時間としてはわずかだが、重藤さんにとっては至極の時だ。

「たまに娘を乗せて走ったりもするのですが、最近は、日焼けする、うるさい、エアコンが効かないから暑いと文句ばかりで(笑)」

軽旧規格のボディに超高回転型のエンジンをミッドシップで配置したオープンスポーツ。ビートは唯一無二の構造をしていることもあり、壊れやすいという話も耳にする。そのあたりを重藤さんに聞くと、これまでに車両価格以外で100万円ほど使っているということだった。

ホンダ ビート

「でも、16年分の車検代込みでそれくらいですからね。壊れないと言ったら嘘になるけれど、お金はそんなにかかる方ではないと思います。だからこそ現存率が高いんじゃないかな」

家族の理解に支えられながら長い時間一緒に過ごしているビート。もう一生手放せないだろう。すると、重藤さんから意外な答えが返ってきた。

「家族から『もう降りなさい』と言われたらいつでも手放します。確かに大好きな車ですが、ビートはあくまで“車”です。僕にとって一番大切なのは家族ですから」

なるほど。これだけ家族のことを大切に思っていることが奥様や娘さんにも伝わっているからこそ、お父さんが好きなことを存分に楽しんでいるのを理解してくれているに違いない。小さなビートが家族の大きな愛をつないでいるのだろう。

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ホンダ ビート(初代)×全国
文/高橋満、写真/尾形和美
ホンダ NSX(初代)

重藤宏樹さんのマイカーレビュー

ホンダ ビート(初代)

●購入金額/60万円
●マイカーの好きなところ/リア斜め45度から見るスタイル
●マイカーの愛すべきダメなところ/ボディ剛性が高くないところ
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/スポーツカーデビューしたい若者

高橋満(たかはしみつる)

自動車ライター

高橋満(BRIDGE MAN)

求人誌編集部、カーセンサー編集部を経てエディター/ライターとして1999年に独立。独立後は自動車の他、音楽、アウトドアなどをテーマに執筆。得意としているのは人物インタビュー。著名人から一般の方まで、心の中に深く潜り込んでその人自身も気づいていなかった本音を引き出すことを心がけている。愛車はフィアット500C by DIESELとスズキ ジムニー

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