▲夕暮れ時を迎え、ライトアップされたM邸の中庭では愛車の存在が際立つ。幻想的な様子は、ここが一般の住宅であることを忘れてしまうほど ▲夕暮れ時を迎え、ライトアップされたM邸の中庭では愛車の存在が際立つ。幻想的な様子は、ここが一般の住宅であることを忘れてしまうほど

家族と愛車が憩う中庭のある家|近藤晃弘(近藤晃弘建築都市設計事務所)

今回のガレージハウスは、施主がこよなく愛するアルファロメオ ジュリエッタ スパイダーを収めるために設計された。

往年の名車ジュリエッタ スパイダーは、長きにわたり多くの熱烈なファンに支持され続けるモデル。

ピニンファリーナによる流麗なデザインは、今でもクラシックカーイベントの華である。

施主はMさん。愛車を眺めながら生活をすることを夢見て、ついに念願のガレージハウスを手に入れた。

場所は大阪府大東市。大阪中心部から電車で30分程度に位置するベッドタウンだ。周囲には自然が多く、遠く生駒山を望むというロケーション。

その閑静な住宅街の一画に、堂々とした佇まいのM邸はあった。

土地は縦長で、奥行きが深い。その形状を生かし、ガレージを手前と奥、前後に設置していることが特徴だ。

ひとつは正面道路に面したガレージで、こちらにはレンジローバー イヴォークとプジョー1007が収まっている。

イヴォークは家族4人で外出する際に使用し、1007は奥さま専用。

エントランス奥にあるもうひとつのガレージには、Mさんのコレクションであるジュリエッタ スパイダーが、まさに深窓の令嬢という佇まいで保管されている。

お父さまがポルシェ 356、お兄さまがオースチン ヒーレーを所有しているなど、もともとMさんはクラシックスポーツ愛好家ファミリーの一員。

その影響もあって今から11年前に、1959年式のジュリエッタ スパイダーを手に入れた。

早く帰宅したときの『つかの間の時間』にショートドライブに出掛けることが、愛車と語り合えるひととき。

また、クラシックカーイベントに参加することもあるという。

このジュリエッタが、いかに愛されているか。それは、ガレージの造形を見ればわかる。

自宅のあらゆる位置から鑑賞できることはもちろん、大切な宝物であることを強調するように見せている点も、こだわりのポイントだ。

とくにリビングルームからは、水盤のある中庭越しに、まるでショーケースに収まっているかのようなジュリエッタを見ることができる。

あえて日暮れからの取材をお願いしたのも、照明を絡めたジュリエッタの姿をカメラに収めるためだ。

まさにM邸は、ジュリエッタのための家である。

設計を担当したのは、建築家の近藤晃弘さん。Mさんは自宅を新築するにあたり、建築家が集まるインターネットサイトでコンペを実施。

10名ほどの建築家による提案の中から、Mさんの目にとまったのが近藤さんのものだった。
 

「新築にできないことはありません!」

「コンペでは、縦25m×横10mという縦長形状の土地を考慮して、様々な提案をしていただきました。その中で近藤さんのプランはシンプルで、純粋にカッコいいと思えました」とMさん。

また、Mさん自身が抱いていた自邸に対するイメージを近藤さんに伝えた際、実現は難しいかもしれない……と予想していたそうだ。

対して「新築にできないことはありません!」という近藤さんの力強い言葉が、強い信頼感を抱いたきっかけになったという。

ひと目で気に入ったデザイン、信頼できる人柄、さらにお互いの年齢が近いということもあって、Mさんは近藤さんに設計を依頼。

夢のガレージハウス実現に向けてのプランニングが始まったのだ。

設計にあたりMさんが出した要望は、車3台が収まるインナーガレージであること。

ジュリエッタの姿を居室から眺められること。子供たちが安心して遊べる中庭があること、が主なもの。

「家族で使用するイヴォークと1007用のガレージは前面道路と接する形で配置し、ジュリエッタが収まるガレージは土地の中央寄りに確保しました。そして、ジュリエッタのガレージと繋がるように中庭をレイアウトしつつ、中庭を囲うようにしてL字にリビングルームやダイニングルーム、キッチンなどを配置していきました。さらにガレージは、中庭に面する部分をガラス張りとすることで、『居室のどの場所からもつねに眺めていたい』という要望に応えました」と教えてくれた。

また、Mさんは「家の中から外が見えず、外からも家の中が見えない。しかし、閉鎖的ではありたくない」というイメージをもっていた。

それに対して近藤さんは、ガレージと中庭を中心に据えた、内に開き外に閉じたレイアウトを提案した。

ガレージと中庭を囲うように居住スペースを配置したことで、1階はほぼすべての場所からジュリエッタを見ることができる。

2階も、ゲスト用の和室以外の場所なら愛車の気配を感じることが可能。

さらに、1階のリビングルームはフロアレベルを低くすることで、正面に見えるジュリエッタを少し見上げるような位置関係で眺められる。

これにより、ダイニングルームからは見下ろし、リビングルームからは見上げるという、それぞれ異なる見え方を実現していることも工夫したポイントだ。

M邸の特徴のひとつである中庭には、ジュリエッタと絡めた鑑賞用と子供たちが安全に遊べる場所という2つの機能が与えられている。

水盤は子供用プールとしても使えるように深さを変えてあり、温水の給水も可能だ。

愛する家族と愛車のための夢の自邸を完成させたMさん。

「家族と一緒に、ジュリエッタと一緒に、これから素敵な時間を過ごせたらと思っています」

そう語る表情は、実に楽しそうだった。
 

▲贅沢なほどの余白スペースが設けられている。入出庫が楽であるだけではなく、それぞれの車の見え方、動き方までデザインされている▲贅沢なほどの余白スペースが設けられている。入出庫が楽であるだけではなく、それぞれの車の見え方、動き方までデザインされている
▲広い開口部をもつ玄関扉を開けると、広大なエントランスが現れる。荷物の出し入れや人の出入りなど、動線に配慮した設計であることがわかる▲広い開口部をもつ玄関扉を開けると、広大なエントランスが現れる。荷物の出し入れや人の出入りなど、動線に配慮した設計であることがわかる
▲美術館の展示室に入ったかと錯覚してしまうほど、完成度の高い空間。一歩足を踏み入れた瞬間に、静謐な空気が感じられる▲美術館の展示室に入ったかと錯覚してしまうほど、完成度の高い空間。一歩足を踏み入れた瞬間に、静謐な空気が感じられる
▲内外装をレーシーに仕立てられたマシンは、オリジナルにはこだわらずMさん好みにカスタマイズされている▲内外装をレーシーに仕立てられたマシンは、オリジナルにはこだわらずMさん好みにカスタマイズされている
▲ジュリエッタ スパイダーの周りには、Mさんが時間をかけて集めたコレクションの数々が並ぶ。愛車に対する深い思いが感じられる一角だ▲ジュリエッタ スパイダーの周りには、Mさんが時間をかけて集めたコレクションの数々が並ぶ。愛車に対する深い思いが感じられる一角だ
▲外からの視線が遮断されたリビングルームは、吹き抜けた中庭の存在もあってとても開放的。低い目線で愛車を眺められることも特徴▲外からの視線が遮断されたリビングルームは、吹き抜けた中庭の存在もあってとても開放的。低い目線で愛車を眺められることも特徴
▲直列に配置されたダイニングキッチン。奥には食品庫を備えるなど、奥さまの使い勝手を優先した▲直列に配置されたダイニングキッチン。奥には食品庫を備えるなど、奥さまの使い勝手を優先した
ガレージハウス

【施主の希望:愛車の気配と家族の団らんをバランスさせてほしい】
■施主であるMさんの希望は、①所有する3台が収まるインナーガレージが欲しい、②中でも愛車「ジュリエッタスパイダー」は、その姿を居室から眺められるようにしたい、③子供が安心して遊べる中庭が欲しい。それに伴い、外からは中の様子が見えないような囲まれた空間にしてほしい、というもの。Mさんは愛車の存在が日々の生活の中で確認ができると同時に、家族との団らんの場としても機能する住宅にしたい、という強い思いがあった。

【建築家のこだわり:建築家のこだわり 静と動を視野に入れガレージへのアクセスもデザイン】
■「ファーストプランの段階から車の見せ方は十分に考慮しました。ドライブから帰ってきたときには、ジュリエッタが中庭に向かって入ってくるイメージでデザインしました。もちろん、ドライブに出掛けるときの高揚感や、帰ってきたときの安心感を演出するために、前面道路までのアプローチもデザインしています」と、近藤さん。単なる静的な見え方だけではなく、愛車との動きも視野に入れた想像力と発想力がM邸には生かされているということだ。
 

■主要用途:専用住宅
■構造:木造在来軸組工法
■敷地面積:253.19平米
■建築面積:142.45平米
■延床面積:231.16平米
■設計・監理:近藤晃弘建築都市設計事務所
■TEL:06-6131-8905

text/菊谷聡
photo/茂呂幸正
 

※カーセンサーEDGE 2018年12月号(2018年10月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています