ポルシェ 911 GT3

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

初めてのGT3はポルシェの新たなる挑戦

——今回、一時期相場がこなれていたのに、近年は評価が上がって高くなってきた1台を紹介したいと思うんですよ。

松本 それって911の996型じゃない? しかもGT3だね? 確かに価値が見直されて相場が上がっているよね。話は少し逸れるかもしれないけど、このごろは国産の旧車がびっくりするくらい高いね。近所のショップでGX71型のトヨタ マークIIの売値が250万円を超えていたんだよ。でも、当時のカルチャーやブランドの未来へと繋がるデザイン、優れたメカニズムを備えたモデルは、時代を超えてニーズがある。それは同時に、そういう性能を有するモデルは何年経っても必ずファンがいるということだよね。だからこそ、象徴的な1台が名車に育っていく。

——なるほど。この店に、状態のいい初期型GT3があるんですよ。でも、996型は当時911ファンからの人気がイマイチでしたよね。

松本 量産車として、フラット6で初の水冷モデルだからいろいろと問題があるのでは、って言われたね。デザインも、フロントとリアが少しアバンギャルドな感じがして、それまでの911ファンのイメージから少し遠ざかってしまった印象があるからかなあ。

——GT3はどうですか?

松本 発売当時に乗ったけど最高だよ。前期型はリアスポイラーが“天使の翼”のようで僕は好きだけどね。後期型は性能重視の形状で面白みに欠けると思うんだ。73カレラRSのダックテールもその後のモデルで変わっていったけど、まさにそういう感じなんじゃないかな。

 

ポルシェ 911 GT3
ポルシェ 911 GT3

——では、996型GT3のことを詳しく教えてください。

松本 996型のGT3っていうのは、73カレラRSのようにレースとロードゴーイングを兼ね備えたモデルとして、当初は1400台程度の生産予定だったんだ。けれど、ポルシェの予想に反してオーダーが数多く入ったため、最終的には1900台弱が生産されている。そして、公道も走れるレーシングカーであるRSとは違って、特別な軽量化をしていないんだ。ロードゴーイングモデルに近い仕様でも、十分な性能を発揮できるという自信がポルシェらしいよね。

——特別な軽量化はされていないのは意外ですね。

松本 でも、GT3はABSやエアバッグなどを標準装備しつつ車重は1380kgだからね。スチールボディとしては本当に軽いんだよ。ホンダ NSXのようにアルミ合金を多用しなくても、スチールボディで匹敵するパフォーマンスを備えたモデルを作ってしまうんだから、ポルシェって凄いよね。しかも、ちょいとレギュレーションに合わせてあげれば、レーシングカーばりのパフォーマンスを発揮する。当時、他にこんなことができたのは、フェラーリ 360くらいじゃないかなあ。360とは生産台数や価格が違うけれど、良きライバルといった感じだよね。

 

ポルシェ 911 GT3

——走りはどうですか?

松本 僕が乗った印象だと、GT3は走行中のピックアップがとにかく最高だね。ナローのSや993型のRSのようでね。それでいて、非常に乗りやすかったというか扱いやすかった。自然吸気ならではのスロットルと出力の一体感、リニアリティが素晴らしい。しかも、6速MTがタイトで遊びが少なくて“パキパキ”とシフトチェンジできるんだ。クラッチフィールも遊びが少ないから、エンジンパワーとトランスミッションの断続感がダイレクトで、素早いアクションができる。低回転から高回転までのエンジン音がいかにもチューニングされた音色で最高に気持ちいいんだよ。

——一度乗ってみたかったなあ。

松本 普通の996型もドライバビリティは良いけれど、GT3はまったく別モノだろうね。それと、実際にする人はあまりいないだろうに、ミッションのギア比を変更できるようになっていたりと、カスタムできるポテンシャルを有しているのも嬉しいよね。996型のGT3は997型と比べるとそこまで人気はないけど、「GT3」というRS後継の冠をつけた最初のモデルということも忘れてはいけない。その名を冠したということは、ポルシェがそれだけ力を尽くして製作したモデルだということなんだよ。73カレラRSも、その前に911 Sで十分なデータを蓄積したからこそ、レーシングカー顔負けのロードゴーイングモデルに仕上がったというわけ。996型のGT3もまったく同じだね。水冷化に関しては、耐久レースからのフィードバックが十分にあった。でも、エンジンに関していえば、前期型のGT3は993型の空冷クランクケースを使っているんだ。ポルシェは実績のある信頼性が高いものを継承しながら、性能を高めていくメーカー。それは昔も今も変わらない。だからこそ、そのプロセスを用いているポルシェは、レースにおいても強いんじゃないかな。

——このGT3ですが、実際に乗ってみた感じはどうだったんですか?

松本 残念ながらクローズドコースで全開走行したことはないんだ。当時、箱根ターンパイクなんかのワインディングは走ったけどね。低く構えた車高はロールを抑えるだけではなく、空力への貢献もあるだろうね。こんなに低いのに、想像以上に乗り心地が良かったね。でも、乗り心地が良いからといってストロークが大きいわけではない。路面とコンタクトを最大限取りながらも小さく細かく動くという感じ。それと、専用バケットシートが体をホールドしているから、車体との一体感もあったんだ。

——きっと、ハンドリングも良いんでしょうね。

松本 ゴムブッシュの変形を極力抑えるよう素材からこだわっているのが分かるような、シャープで正確無比なハンドリングだったね。911誕生から採用し続けている、フロントのマクファーソンストラットタイプでも剛性は高いんだ。40年近く使い続けている変わらない構造だけど、性能は第一級品。ポルシェの凄いところだね。

——ますます乗ってみたくなりました。

松本 リアスポイラーは、超高速域でのスタビリティに不安定感があるということで後に変更されたけど、このただモノではない感のある形状なんかは、多少性能が劣っていたとしても、志の高さを感じさせてくれる部分でもあるよね。GT3は軽量化されたホイールが装着されているけど、特別で高性能な雰囲気を感じさせないスタイルなのも僕は好きだな。とにかく、GT3カテゴリーに勝つために満を持して登場した、ポルシェの新たな挑戦が始まったモデル。歴史に刻まれないわけがないよね。だから、このGT3は名車として間違いない1台なんだ。

 

ポルシェ 911 GT3(996型)

空冷から水冷へと移行した996型をベースとした、自然吸気エンジンのハイパフォーマンスモデルとなるGT3の初代モデル。レーシングカーの911 GT1に搭載される3.2L水平対向6気筒ターボを基にしたエンジンを搭載し、6速MTを組み合わせている。ワンメイクレース用車両としても活躍、ポルシェカレラカップを成功へと導いたモデルでもある。

ポルシェ 911 GT3
ポルシェ 911 GT3

※カーセンサーEDGE 2024年6月号(2024年4月26日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏