これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「車は50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
レーシングエッセンスを取り入れた国内専用高性能GT
——この連載は松本さん好みの輸入車を紹介してきましたが、ここらで日本の名車も紹介したいと思うんですよね。
松本 だったらいろいろと頭に浮かぶなぁ。基本的にはスポーツカーがいいよね。好みはモータリゼーションのスポーツカーかな。
——思いつくモデルを挙げてくださいよ。今後、紹介できるかどうか、調べておきますから。
松本 すぐに思い浮かぶのはホンダ S600と99クーペ、日産だとフェアレディZのS30型がいいね。マツダのRX-3も好きだなぁ。いすゞ ピアッツァは1980年代だけど取り上げたいね。あるかどうかは別としてね。
——お? ちょうどいいですね。今回取り上げたい車は、フェアレディZ 432なんですよ。フェアレディZのハイパワー版ですよね? 確かスカイライン GT-Rのエンジンが搭載されている。
松本 おー! 思ったよりも知ってるね。フェアレディZは好きだったなぁ。小学生の頃はひねくれものだったからフェアレディZよりもフェアレディ SR311が好きだったんだ。当時は最高速が200km/hを超える車は、スーパーカーじゃなくても英雄視してたんだよね。個人的に縁のある車でもあるんだ。
——良かったです。こちらの432です。いやしかし凄いコンディションですね。
松本 こういう個体が残ってるのは素晴らしいことだね。
——では大好きなフェアレディZ、この432について早速教えてください。
松本 フェアレディZ 432なんて、ちょっとやそっとじゃ見られない車だよ。ドメスティックの強みが凝縮されたモデルだよね。
——そもそも432って何の数字ですか?
松本 4バルブ、3キャブレター、2カムシャフトだね。この年代としてはとにかくセンセーショナルなことでね。当時はF1や限られた純レーシングユニット専用の仕様だったんだよ。2Lの市販車で4バルブなんてほぼなかったんじゃないかな? しかも街乗り可能な2Lで160psは相当なモノだよ。当時のポルシェ 911 Sが160psだったからね。
——なるほど。もう凄さが十分伝わってきますね。
松本 このユニットは乗り手を選ぶなんて言われていたからね。本家本元のスポーツカーユニットと比べても、スペックでいえば互角だからね。日本のファンもさぞかし嬉しかったと思うよ。
——やっぱりエンジンが凄いのか……。
松本 そうだね。S20型というスカイライン GT-Rに搭載されていたエンジンを搭載していたんだ。でも、Z432は日本国内だけの販売だったんだよ。もしこのユニットがヨーロッパに渡っていたら、かなり面白かっただろうね。ちなみにスカイライン GT-Rも国内だけだったんだよ。
——きっと、今よりもっと有名になってたでしょうね。
松本 当時の911 Sの車重が約1100kgで、432もほぼ同じなんだ。技術力でいったらかなり近いものがあったんじゃないかな。日産は当時からフェアレディZを含めたスポーツカーのベンチマークをポルシェと定めていたと聞いたことがあるけど、この頃から続いているのかもしれないね。最高速度が215km/hだからそこも911に似ているしね。
——見た目からはハイスペックぶりが伝わってこないのもいいですよね。
松本 スカイライン GT-Rほどノーマルとの違いはないよね。外見だとバッジとデュアルエグゾーストくらいじゃないかな? でも子供ながらに左端から上下に2本のマフラーの構えに、ただ者じゃない雰囲気を感じ取っていたけどね(笑)。今でもこういう設計の車は少ないよね。左右横にはあるけど上下縦に2本ってとても良いセンスだと思うんだ。
——デザインもなんか独自路線だし、カッコイイですよね。
松本 板金パネルを変えずに効率を求めたロングノーズとショートデッキが、空力の良さや日本刀のようなシャープな印象にしているよね。直列6気筒エンジンはダイナミックバランスがいいからハーモニックな音色になる。それは4気筒やV型では得られない音だよね。僕が所有しているトライアンフなんか、2Lで90psに満たない6気筒だけど音だけは最高だもの。近年、こういった心の奥から沸き立つエグゾーストノートが終焉に近づいていると思うと寂しいよね。まあ、逆に言えば、だからこそ貴重で珍重されるんだけど。
——そうそう、松本さんはフェアレディZに縁があるって言ってましたけど、なぜですか?
松本 フェアレディZの生みの親である「ミスターK」こと片山豊さんと若い頃から親交があってね、日産の話をよく聞いていたんだ。日産とプリンスが合併する際に築地の料亭で話し合いをしたことや、アメリカでの成功の裏にあった失敗談とか、貴重な話をいっぱい聞かせてもらってね。「君は志の低い人になってはいけない。失敗しても若い頃は何でもやるほうがいい。長いものに巻かれるつまらない人間になるなよ」なんて言われたよ。片山さんの経験からそういった言葉が出たんだろうね。
——だからそんな変わった性格になったんですかね?
松本 そうかもしれないねぇ。片山さんは「日産が低迷してもブランドは残る」という信念を持ってらっしゃったんだ。その思いはフェアレディZの成功によって得たんだと思う。フェアレディZシリーズはグランツーリズモを狙ったクーペではあったけど、日本の文化が作った独特なディメンションなんだ。それがアメリカのサーキットとヨーロッパのラリーで一気に開花したんだ。当時の時代にもマッチしたんだと思う。まあモータースポーツで活躍したのは240Zだったけど。
——海外、特に北米でのフェアレディZの人気は凄まじいですもんね。
松本 そうだね。国内専用の432は、現代だととても価値があるんじゃないかな。特にアメリカでフェアレディZは伝説の車だけど、実は国内専用モデルである432のほうが、伝説的なモデルという見方もできるんだよね。もちろん、僕の友人がデザインした最新のフェアレディZも採算より志で作ったモデルだけど、このS30型の432は、コンパクトなGTにヨーロッパのレーシングエッセンスを導入した、まさに侍魂のモデル。この時代だけのスペシャルモデルだよ。もう出てこない、名車と呼ぶべき車だよね。
日産 フェアレディZ 432
北米市場を中心に大ヒットした、1969年登場のフェアレディZ(S30型)。432は、その最上級グレードとして、スカイライン2000GT-Rと同じ高出力エンジン(S20型)を搭載したハイパフォーマンスモデル。LSDやマグネシウムホイールなども装備され、新車時の車両本体価格はベーシックグレードの約2倍となる185万円であった。なお、競技車両のベース車として徹底的な軽量化を施した432Rも存在する。
※カーセンサーEDGE 2024年1月号(2023年11月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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