▲味処 あさみの「刺身定食 上」。地元・館山で穫れた魚に最高の「仕事」を施して提供している ▲味処 あさみの「刺身定食 上」。地元・館山で穫れた魚に最高の「仕事」を施して提供している

ほとんど銀座レベルの魚料理をリーズナブルに食べられるシアワセ

筆者のような釣り人や波乗りをする人にはおなじみの、房総半島ほぼ最南端に位置する千葉県館山市。ちょっと前までは(大変失礼ながら)田舎といった感じの町だったが、最近は開発が進み、富津館山道路の終点を降りて国道127号線を進むと、ロードサイドには東京の郊外などでもよく見るタイプのチェーン飲食店が軒を連ねるようになった。なかなか近代的で便利な町へと進化している真っ最中なのだ。

しかしもしもあなたが館山に行った際に現地で食事をするならば、便利な国道127号線沿いの店は完全スルーし、そのまま直進して片側1車線の田舎道、国道410号線を突き進んでいただきたい。すると、ハッキリ言って周囲の風景は不安になるほど「何もない」が、安心して房総半島の最南端付近までそのまま突き進もう。

そうこうしているうちに道路右手に見えてくるのが「味処 あさみ」。一見、こういった田舎町にありがちな「どうということもない定食屋さん」的店舗ビジュアルなのだが、ここが実は、筆者が思うに「館山最強名人が営む最強の魚料理店」なのだ。

▲店舗外観はカツ丼とかしょうが焼き定食とかを出してそうな感じなのだが…… ▲店舗外観はカツ丼とかしょうが焼き定食とかを出してそうな感じなのだが……

何を頼んでもやたらとうまいが、とりあえずは「刺身定食 並」が無難だろうか。三種盛りとなるお刺身の内容は日によって異なるが、取材日はワラサとイナダ、カツオだった。それに味噌汁とご飯、香の物が付いて税込み1400円。ちなみに当ページトップの写真にある「刺身定食 上」は五種盛りで税込1900円。場所柄を考えれば決して安いわけではなく、むしろ高い部類に入るだろう。

▲三種盛りの刺身とごはん、味噌汁、香の物が付く「刺身定食 並」。税込み1400円 ▲三種盛りの刺身とごはん、味噌汁、香の物が付く「刺身定食 並」。税込み1400円

が、まず最初に味噌汁をひと口いただいてみれば、ここがいわゆる「町の定食屋さん」とは次元が違う存在であることに誰もが気づくはず。煮干しで丁寧に取られたダシを基本とするこの味噌汁は、入っている具材は別として、基本的には料亭の味そのままだ。館山でこんなお椀がいただけるとは……。

お次はメインのお刺身。……これがまたうまくてうまくて仕方がない。見た目は立派だけど味の方はスッカスカという刺身も世の中にはあるが、こちら「あさみ」の刺身はとにかく味が濃いのだ。味というか「うま味」というべきか。まるでお魚さんの良いところだけをギュッと凝縮した加工品のような、濃厚にして芳醇なる味わいの天然モノなのである。

私的ランキングとしては、数年前に食べた瀬戸内海に面した町の某魚料理店の刺身と、筆者が数年間勤務した東京・銀座のオフィスに近い某和食店で食べた刺身と同率1位である。

▲取材日にいただいた刺身三種。手前からイナダ、ワラサ、カツオ。……どれも激うま! ▲取材日にいただいた刺身三種。手前からイナダ、ワラサ、カツオ。……どれも激うま!

一体全体、どうすればこんなにもうまい刺身を仕入れ、そして提供することができるのか? お忙しいところ恐縮ではあるのだが、調理中の店主・庄司 昭さんに根掘り葉掘り聞いてみた。

「仕入れはね、どこか1ヵ所ってわけじゃなく、いろいろなところから仕入れてますよ。魚屋さんとか仲買いさんとかね。ここは田舎だから、東京と違って築地みたいなとこに行けば何でも揃うわけじゃないし、魚屋さんによって得手不得手もあるしね。そこらへんを総合的に見極めて仕入れてる感じかな」

手を止めて答えてくれる庄司さん。昭和18年(1943年)に館山で生まれ、22歳まで、ご本人いわく“小僧”として東京・赤坂を含む各地の和食店で丁稚修業。その後は和食料理人として、主に千葉県内で修業を重ねた。そして宿の料理長などを歴任したのち、昭和56年(1981年)に「味処 あさみ」を現在の地で開業した。

▲味処 あさみ店主・庄司 昭さん。凄腕の職人ではあるが、笑顔がステキなお話し好きでもある ▲味処 あさみ店主・庄司 昭さん。凄腕の職人ではあるが、笑顔がステキなお話し好きでもある

「お出ししてる魚の下処理をどうしてるかというのも、一概には言えないんだよね。いつ・何をどうするべきかというのは魚種によって違うし、同じ魚でも、時期や個体によって全然変わってくる。ひとつずつがまったく違うそれぞれの魚を、どうすれば一番おいしくできるかっていうのを見極めるんだけど、具体的には……まぁ経験としか言いようがないよね(笑)。いろいろな魚に対する知見を積み重ね、とりわけ、ここ館山で穫れる魚の個性を研究して……っていうね。やっぱりね、ちゃんとした職人になるには時間がかかるんですよ、どうしたって」

ジャンルを問わず、それは非常によくわかる話だ。

「だからね、ウチなんかは東京と違って地代も安いから、料理の値段ももうちょっと安くしようと思えばできなくはないんですよ。でもね、やっぱり『最低限これだけは頂戴いたします。その分しっかりとした仕事をさせていただきますから』っていうラインは崩したくないんですよね」

それも、よくわかる。ていうか、このクオリティを考えればもうちょっと高い値段をとってもいいんじゃないかと個人的には思うが。

▲こちらはエビフライ定食(税込み1300円)のエビフライ。ごく薄めに均一にまぶされた衣がカラッと揚がり、その中にジューシーきわまりない大きなエビが。これがまためちゃくちゃうまい。「エビの衣フライじゃなくてエビフライなんだから、やっぱ衣は薄めじゃないとね(笑)」とは店主の庄司さん談 ▲こちらはエビフライ定食(税込み1300円)のエビフライ。ごく薄めに均一にまぶされた衣がカラッと揚がり、その中にジューシーきわまりない大きなエビが。これがまためちゃくちゃうまい。「エビの衣フライじゃなくてエビフライなんだから、やっぱ衣は薄めじゃないとね(笑)」とは店主の庄司さん談

いずれにせよ、デフレマインドに基づき「なんか安いモノを腹に入れたい」というのではなく、「せっかく館山まで来たのだから、何かおいしいモノを食べたい」と思った人には自信をもってオススメする、(筆者思うに)館山最強魚料理店である。……ぜひ!

■味処 あさみ
住所:千葉県館山市犬石250-1
営業時間:午前11時~午後2時(ラストオーダー午後1時50分) 午後5時~午後9時(ラストオーダー午後8時40分)
定休日:木曜日(臨時休業、休日返上あり)
※2015年7月6日時点の情報です。上記は変更される可能性があります。ご了承ください

text&photo/伊達軍曹