谷口信輝


車で我々に夢を提供してくれている様々なスペシャリストたち。連載「スペシャリストのTea Time」は、そんなスペシャリストたちの休憩中に、一緒にお茶をしながらお話を伺うゆるふわ企画。

今回は、過去にはポルシェのシニアデザイナーやピニンファリーナのデザインディレクターとしても活躍した、世界的工業デザイナーの奥山清行さんとの“TeaTime”。

奥山清行

語り

奥山清行

おくやま・きよゆき/1959年、山形県出身。海外ではケン・オクヤマ名義で活動する世界的工業デザイナー。過去にはポルシェのシニアデザイナーやピニンファリーナのデザインディレクターとしても活躍。フェラーリ エンツォ、マセラティ クアトロポルテなどの自動車をはじめ、オートバイ、鉄道、船舶、建築、ロボット、テーマパーク等、多岐ジャンルにわたってデザインを手掛けている

速さじゃなく文化を楽しむミッレミリアに感激

今日はこれから「クラシックラリージャパン」を走ります。車検やミーティングも終わり、スタートまでしばらく時間があるので、その間にお話ししましょう。

今回参加するのは、横浜・元町から箱根、伊豆半島を巡ってまた横浜に戻ってくる3日間のクラシックカーイベントだけど、スピードを競うんじゃなく、たくさんの人の目に触れながら自動車文化を楽しむ、というのがとても好きでね。

僕が最初に出会ったクラシックカーラリーは、世界的に有名なイタリアの「ミッレミリア」。あちらはブレシア―ローマ間の往復1600kmを実質2日間で、しかも1927年から1957年に製造された太古車で走り切るのだからすごい。

僕は30年前、ポルシェに勤めているときドイツからイタリアへと見に行ったんだけど、沿道を埋めた人たちが通り過ぎるクラシックカーにニコニコと手を振っているのを見て感激しましたね。

そのうちに僕も出るようになって、今年も6月のイベントにアバルトで走る予定。「スピードを競うんじゃない」と言ったけど、クラシックカーで1日800kmだから、実際は目ン玉つり上げてぶっ飛ばしますよ(笑)。

暑いし、車は壊れるし、コ・ドライバーとはケンカになるしで大変だけど、一度始まるとたまらなく楽しいんだよね!

奥山清行▲クラシックジャパンラリー参戦中にインタビューに応えてくれた奥山さん。「車を運転することも大好きなんですよ!」

晴れより雨の日のほうが好き。頑張らなくていいからね

プライベートでは、バイクも大好き。70年代のカワサキ Z1、Z2、ホンダ CBとか、若い頃に憧れていたバイクがやっと買えるようになったんで、嬉しくてつい手を出しちゃう。

オフも好きでモトクロッサーやトライアル車もあるから、なんだかんだ全部で30台ぐらいあるかな?

乗るだけじゃなく触るのも好きで、自分でエンジンをバラしてイジりますね。だから、休みのときの僕の手はいつもオイルで真っ黒。

最近一番楽しいのは、ロスの家で裏庭の草むしりをすることかな(笑)。

「タンポポは根っこが深いから抜くのが難しい」とか、「シロツメクサ(クローバー)はどんどん横に広がっていくから大変だ」とか言ながら、せっせと。

もともとは山形の農家に生まれた人間なんだ。農業は嫌いだと言ってデザイナーになったのに、今は草むしりをしているときがリラックスできるなんてね(笑)。

それから、意外だと言われるんだけど、雨の日が大好き。頑張らなくていい気がして、なんだかホッとして落ち着くんですよ。

雨の日に外を眺めながらコーヒーを淹れて飲んだり、雨の中車に乗るのも好き。洗車することだってあるよ(笑)。

僕は、やっぱり晴れの日より雨の日のほうが好きだなあ。

ベストじゃない選択をできる。だから人は面白い

これまで自動車、電車、クレーン車から、家電、時計、家具、住宅まであらゆるモノをデザインしてきましたけど、もうすぐ63歳になろうという今、実はちょっと迷っているんですよね。

メンタル的にはまだまだ40代、年寄りじゃないと思っているけど、とはいえもう若くはない。

「もう一旗上げようか」という自分と「そろそろゆっくりしてもいいか」という自分がいて、どっちかわからないんですよ。だから今年はゆっくり考えようかなと思って。

それでなくても、もうすぐAIが人間の能力を超える時が来るでしょう。それは僕としては大歓迎です。AIにどんどん働いてもらって、人間は自分のやりたいことや社会貢献をすればいい。デザインだってAIのほうがいい仕事しますから(笑)。

人間には扱えないほど膨大な情報の中からベストなものを選びソリューションを提供してくれるんだから、下手なデザイナーよりいいに決まってます。

それでもなぜ人間がやる意味があるのかといえば、人は“間違いをおかす”から。主観や思い込みでベストじゃない選択をするからこそ面白いものができる。

ポルシェのリアエンジン・レイアウトなんて、スポーツカーに適しているわけない。でも何十年もやり続けたら「世界最高のスポーツカー」と言われるようになった。AIにやらせたら絶対にあの設計にはなりません(笑)。だからこそ悩ましいんですけどね……。

あ、そろそろスタートの時間なので会場に戻らなきゃ。それでは、また!

奥山清行
文/河西啓介、写真/柳田由人
※情報誌カーセンサー 2022年8月号(2022年6月20日発売)の記事「スペシャリストのTea Time」をWEB用に再構成して掲載しています
河西啓介

インタビュアー

河西啓介

1967年生まれ。自動車やバイク雑誌の編集長を務めたのち、現在も編集/ライターとして多くの媒体に携わっている。また、「モーターライフスタイリスト」としてラジオやテレビ、イベントなどで活躍。アラフィフの男たちが「武道館ライブを目指す」という目標を掲げ結成されたバンド「ROAD to BUDOKAN」のボーカルを担当。