日産 キャラバン

【連載:どんなクルマと、どんな時間を。】
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?

スプレー缶12本を使って、自分でオールペン

プラモデルやラジコンが好きだった人なら、「いつか自分が乗れるオモチャを作りたい」と考えたことがあるはず。カスタムカーやミニ四駆のデザインを手がけるハイパーデザイナーのやまざきたかゆきさんは、先代のJB23型ジムニーを使って、その夢を実現してしまった。

「ジムニーって素の状態でもチョロQのような雰囲気があってかわいいでしょう。過去に2度ジムニーをいじったことがあって、次はこういう感じにしたいというのはずっと頭の中で描いていました」
 

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きっかけは、仕事環境の変化だった。福岡県の離島に『OMISEYA-SUN』というセレクトショップをオープンさせることが決まり、月に何度か福岡に通うことになった。

滞在は数日に及ぶので、毎回レンタカーを借りると1回あたり4万円ほどかかる。それなら福岡で使う車があった方が便利に違いない。計算したら、総額60万円ほどで収まれば買った方が安いことがわかった。幸い、福岡市内に安い駐車場も見つかった。

そこで、車両代30万円+改造費30万円という予算で“リアルミニ四駆”を作る計画が動き出した。ベース車はガイコツ顔の2型ジムニー。リフトアップだけはショップに依頼し、塗装やパーツの取り付けはすべて自分で行うことにした。

「プラモデルの色を自分の好きなように塗りたいという欲求ってあるでしょう。あの衝動にかられちゃって(笑)。車両本体価格30万円の車に20万円以上も塗装代をかけるのもおかしな話ですから。プラモの塗装は得意ということもあり、『プラモよりちょっとでかいだけでしょう。よし、やっちゃおう!』ってね」

このジムニーのベースカラーはシルバー。やまざきさんはグレーに強いこだわりがあり、他に所有している車もグレーにオールペンしている。今回はあえて雑な感じに仕上げたいという考えから、市販のスプレー缶を12本使って塗装した。
 

日産 キャラバン▲ジムニーを塗装したスプレー。やまざきさんのお気に入りだとか

仕事が終わったらガレージに向かい、最初の1日でマスキング。そして翌日にスプレーを吹き付け、3日目にウレタンクリア塗装。そのまま1週間ほど乾かしたら、磨いて部品を付ける。

「全部が終わった後なので笑いながら話せますが、軽い気持ちで始めてすぐに激しく後悔しました。僕が選んだのは速乾性のスプレーだったので、液垂れしたまま乾いてムラになってしまうんです。やらなければよかったと思ってももう引き返すことはできない。途中で知り合いの塗装屋さんに助けてほしいと相談したら『自分でやることに意義がある』と背中を押されて。それで腹をくくってやるしかないなと思いました」
 

日産 キャラバン▲リアルミニ四駆へカスタム中の様子(撮影:やまざきたかゆきさん)

確かにここで塗装をプロに依頼したら、やまざきさんの考える“雑な感じ”にはならなかっただろう。やまざきさんは歯を食いしばりボディを3層塗装したうえでクリア塗装。この作業を終える頃にはスプレーを押す人差し指の感覚が完全になくなっていたという。

でもこの作業はつらいことばかりではなかった。作業途中の写真をSNSにアップしていたら、多くの人から「面白そうなことをやっていますね。頑張って!」とコメントをもらった。

「北海道でジムニーのカスタムパーツを製作しているKimnyというショップの方からもコメントをもらいました。その方はミニ四駆が好きで僕のInstagramをずっとフォローしてくれていたんです。そして『ジムニーにぜひうちのヘッドライトを使ってくれ』と。ちょうど僕もいいライトがないか探していたタイミングで、写真を見たらすごくかわいいデザインだったので、それを付けることにしました」
 

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ポップなバイクに通じるジムニーの世界観

かくして作業を開始してから約1ヵ月。理想のリアルミニ四駆ジムニーは完成した。ここで、やまざきさんこだわりのカスタムを解説してもらおう。

「最初はブリスターフェンダーにしようと思って手に入れたのですが、付けたらおしゃれすぎたので、ロールで売っているアメリカ製のフェンダーモールを付けています。ホイールは黒を考えていましたが、白しか売っていなかったんですよ。似合わなかったら自分で黒く塗ろうと思って手に入れたらいい感じだったのでそのまま履かせました。ホイールとサスペンションは色を合わせています。けん引フックって普通は赤ですが今回は黄色にしました。黄色はグレーとの相性がいいんです」
 

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リアはバンパーを外して、下まわりをチッピング塗装。これによりボディ下端とタイヤのラインを合わせて一体感を出している。
 

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ジムニーを自分でカスタムしながらプロ目線で車を見て感じたこと。それはデザインの秀逸さだった。

「自分で塗装するために外装部品を外してわかったのですが、JB23はパーツを外してもデザインが成立しているんですよ。これはすごいことです。プレスラインに統一感があるからパーツを外しても違和感がないし、背面タイヤを外したときに現れるパネルの形もカッコいい。そして、バンパーを外してもスタイルが成立しています。デザイナーはユーザーがバンパーを外して乗ることを想定していたのではないかと感じるほどでした」

やまざきさんはもともとホンダで二輪のデザインを担当。代表作はあえてむき出しのフレームデザインでヒットしたZOOMERだ。今回ジムニーをいじって感じたのは、様々なカスタムのカルチャーが育っているホンダのダックスやモンキーに通じる部分が多いことだ。

「工業デザイナーには2種類のタイプがいます。ひとつは文字どおりスタイリングをデザインするデザイナー。もうひとつは機能や使い心地、さらにはメカニカルな部分にまで気を配りながら形を作っていくデザイン設計者です。僕は人がむき出しの状態で乗るバイクはデザイン設計じゃないとダメだと思っていますが、きっとジムニーをデザインした人も同じ思いだったのだろうと感じました。だからこそひとつのモデルが大きく姿を変えることなく20年間も製造され続けたのでしょうね」

ジムニーの魅力を感じながらカスタムしている時間は、やまざきさんにとって至福の瞬間だったに違いない。そう思って質問したら、首を大きく横に振った。

「プラモなどもそうですが、作っているときは早く終わらせたいという気持ちが勝ってしまい、案外楽しいとは思わないんですよ。むしろ苦行と言ったほうがいいくらい。その分、思い描いたものが完成したときの喜びは大きいです。完成したものを眺めながらビールを飲んで、SNSにアップした写真に付いたコメントを読んでニヤニヤしているのは至福の時です」
 

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取材を終えた後にTwitterを見ていたら、偶然やまざきさんのツイートが目に留まった。そこには「これから福岡まで自走でジムニーを運びます!」と書かれていた。リアルミニ四駆のジムニーは福岡の離島でやまざきさんの新たな挑戦をサポートするだけでなく、山の中や砂浜を元気に走り回るはずだ。

撮影中、やまざきさんはジムニーを見ながら「出来栄えには満足しているけれど、ちょっとプロが仕上げた感じになりすぎちゃったかな」とも話していた。だからこそしばらくは洗車をせずにドロドロのままにしておこうかと考えていた。おそらくこの記事が掲載される頃には離島で使い込んで“いい感じ”に仕上がり始めているだろう。リアルミニ四駆のスタイルが成長していく様子をぜひTwitterやInstagramでチェックしてほしい。
 

文/高橋満、写真/柳田由人
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やまざきたかゆきさんのマイカーレビュー

スズキ ジムニー(JB23)


●年間走行距離/1万2000km
●マイカーの好きなところ/プラモデル感覚で気軽にいじれるところ。多少雑でもそれが味になる不思議な車
●マイカーの愛すべきダメなところ/高速道路が修行(のようにツラい)
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/オモチャ感覚で車と付き合いたい人

高橋満(たかはしみつる)

自動車ライター

高橋満(BRIDGE MAN)

求人誌編集部、カーセンサー編集部を経てエディター/ライターとして1999年に独立。独立後は自動車の他、音楽、アウトドアなどをテーマに執筆。得意としているのは人物インタビュー。著名人から一般の方まで、心の中に深く潜り込んでその人自身も気づいていなかった本音を引き出すことを心がけている。愛車はフィアット500C by DIESEL