セーフティカー▲モータースポーツを支える影の立役者であるセーフティカー。レースを安全に執り行うために欠かせない存在だが、トップカテゴリーのフォーミュラ1では、F1マシンのタイヤ温度をキープできるスピードで走れる性能を有していなくてはならない。今回はそんなセーフティカーに注目してみたい

F1マシンを先導できるくらいのハイパフォーマンスカー

レースにはクラッシュやマシントラブル、突然の雨などの天災により競技の継続が困難になる事態がつきものだ。安全のために中断が必要であると判断した場合にはレッドフラッグが掲示され、レースはいったん中止に。中断するまでもないが、安全の確保が必要であると判断した場合にはイエローフラッグが掲示されたのち、セーフティカー(SC)やバーチャル・セーフティカー(VSC)が導入される。

この掲示タイミングでコース全域において追い越し禁止になる。セーフティカーには安全のため制限速度が設定されており、セーフティカーを先導車として隊列が組まれ、安全が確保されるまで隊列走行が続けられる。

F1でこうしたセーフティカーが使われるようになったのは、1970年代にさかのぼる。しかし、正式に運用が開始されたのはだいぶ後の話で、1993年シーズンからだった。当時はシーズンを通して決まったセーフティカーが存在していたわけではなく、各サーキットが所有する車両を使用していたという。そのためサーキットごとに性能差が大きく、スピードが遅い車だと後続のF1マシンのタイヤが冷えてしまうといった問題が起きた。

F1のテレビ中継で大写しになるセーフティカーの宣伝効果に目をつけ、どこよりも先にマシンの提供に名乗りを挙げたのがメルセデス・ベンツだった。1996年以降、現在までメルセデスAMGのハイパフォーマンスカーが歴代のセーフティカーを務めてきた。以下に代表的なモデル名をいくつか列挙してみる。

■メルセデス・ベンツの歴代F1セーフティカー
1996年 - 1997年 C36 AMG
1999年 - 2000年 CL55 AMG
2001年 - 2002年 SL55 AMG
2003年     CLK55 AMG
2004年 - 2005年 SLK55 AMG
2006年 - 2007年 CLK63 AMG
2008年 - 2009年 SL63 AMG
2010年 - 2014年 SLS AMG
 

セーフティカー▲1996年から1997年の2年間にわたって初めてシーズンを通してセーフティカーを務めたのがC36 AMGだった
セーフティカー▲1999年から2000年にセーフティカーを務めたCL55 AMG
セーフティカー▲2004年と2005年の2シーズンはSLK55 AMGがセーフティカーを務めた。また、2004年から2007年の3年間は医療関係者が乗るメディカルカーをC55 AMGステーションワゴンが務めた

2009年のフランクフルトモーターショーでメルセデス・ベンツは「SLS AMG」を発表する。AMGが初めてイチから開発した、歴史的名車300SLのガルウイングを継承するスポーツカーは、2010年シーズンから史上最速のセーフティカーとしてF1シーンに登場。2012年シーズンの途中からは改良モデルの「SLS AMG GT」へアップデートするなど、5シーズンにわたってセーフティカーとして活躍した。
 

セーフティカー▲2010年から投入されたSLS AMG。5シーズンにわたってセーフティカーとして活躍し、2015年にAMG GT Sにその座を譲った

2015年シーズンから新たに投入されたのが「AMG GT S」。メディカルカーには「AMG C63 S」が採用された。ちなみにメディカルカーには、医師と人工呼吸器などの医療機器を常時スタンバイ。不測の事態に対してできるだけ早く駆けつけ、処置を施す役割を担う。スタート時には最後尾からF1マシンを追走し、1コーナーへの進入時などオープニングラップに発生しやすいトラブルに、いち早く対処できるよう備えている。2019年シーズンからセーフティカーは「AMG GT R」へとアップデートされている。
 

セーフティカー▲2015年から投入された新たなセーフティカーがメルセデスAMGのGT Sだ

2021年シーズンからは新たにアストンマーティンが、F1のセーフティカー&メディカルカーとして投入されることになった。車両はヴァンテージとDBXで、この年は12戦でアストンマーティンが、残りのレースではAMGが使用された。

およそ四半世紀にわたってメルセデスが占めてきたセーフティカー&メディカルカーの座に、アストンマーティンはどうして参入することができたのか。

それは2021年シーズンからアストンマーティンがマニュファクチャラーとしてF1への参戦を開始しただけでなく、おそらくアストンマーティンへのパワーユニットサプライヤーがメルセデスAMGであること(F1マシンだけでなく、市販車においても)。また、その当時メルセデスAMGのCEOだったトビアス・ムアース氏が、2020年にアストンマーティン・ラゴンダのCEOに就任した縁もそのきっかけとしてあったはずだ(ムアース氏は2022年にアストンマーティン・ラゴンダのCEOを退任)。
 

セーフティカー▲2021年シーズンからアストンマーティンがセーフティカーに参入。セーフティカーにはヴァンテージが、メディカルカーにはDBXが採用された

2022年シーズンから、メルセデスはセーフティカーを「AMG GT Blackシリーズ」に、メディカルカーを「AMG GT 63 S 4マチック+」に変更。そして2023シーズンからは、アストンマーティンも負けじとメディカルカーにアップデートを施し、707馬力を発揮する4L V8エンジンを搭載するスーパーSUVの「DBX707」を投入している。
 

セーフティカー▲2022年から登場したメルセデスAMG GT Blackシリーズ。その姿はもはやレーシングマシンといっていい
セーフティカー▲アストンマーティンのメディカルカーは2022年から707馬力を発揮するDBX707へとアップデート

ちなみにセーフティカーをドライブするのは、1990年代半ばにメルセデス・ベンツのワークスドライバーとなり、DTM(ドイツツーリングカー選手権)などで活躍したFIAオフィシャルドライバーのベルント・マイランダー氏。2000年以降、これまで20年以上にわたってメルセデスAMGもアストンマーティンもすべてのセーフティカーのステアリングを握り続けている。

3月5日のバーレーンGPにて開幕したF1の2023年シーズンは、史上最多の23戦で争われる。それを陰で支えるセーフティカー&メディカルカーにも注目してみると新たな発見がきっとあるはずだ。
 

文/藤野太一、写真/メルセデス・ベンツ、アストンマーティン