乗り継いできた3台のハチロクは、いつも人生の真ん中にいる存在
2022/01/28
車の数だけ存在する「車を囲むオーナーのドラマ」を紹介するインタビュー連載。あなたは、どんなクルマと、どんな時間を?
その動きに目を奪われた
時代が昭和から平成へと変わるほんの少し前から都合34年間、“ハチロク”に乗り続けてきた小田切和樹さん。
そのハチロク人生は、3つのフェーズに分けることができる。
ひとつめは、最初のAE86を購入した若かりし頃。
トヨタのディーラーメカニックとして就職してすぐ、職場の先輩に米軍の横田基地へ連れて行かれた。基地内で当時行われていたジムカーナ大会を見物するためだった。
「そこでスピンターンを決めているAE86の姿に衝撃を受けたんです。『車ってこんな動きができるのか!』と」
「自動車整備について学び、整備士として働き始めていたにもかかわらず、自分はそんなことも知らなかったんですよね」
社会人1年目の給料をコツコツと貯め、その年の秋に1台目のAE86を購入した。勤務先ではFF化された「AE92」がすでにピカピカの新車として販売されていたが、小田切さんが欲しかったのは中古の、FRの、AE86だった。
小ぶりなFR車として素直な挙動をみせるAE86でドラテクの基本を習得しつつ、最初のハチロクには都合8年間乗り続けた。
そうこうするうちに小田切さんには家族ができ、そして車を買い替えることになった。
縁に引かれて乗り替えた“2代目”
とはいえ、「ハチロクからハチロク」への買い替えである。これが、筆者が勝手に言うところの第2フェイズの始まりだった。
「整備士を退職して数年後に先輩がお客さまに販売した個体が、巡り巡って僕の目の前にやってきたんですよね。それもまぁ何かの運命かと思い、知らない人に買われちゃうぐらいなら自分が大切に乗ってあげようと思い、その個体に乗り替えることにしたんです」
それから20年乗り続けることになる2台目のハチロクの足回り等々には、小田切さんが様々な走り仕様の改造を施したわけだが、同時に「小田切家のファミリーカー」としても使用された。
「一応5人乗れるからということで家族を説得して、AE86を我が家のメインカーとして使ったわけですが、息子たちは乗り心地などに不満はあったと思いますよ。実際、いろいろと文句も言われましたし(笑)」
とはいえ、足回りなどにモディファイを施したAE86の乗り心地に文句タラタラだった3人の息子は、なんだかんだ言いながらも、小田切さんが参加する様々なハチロク関係のイベントにはくっついてきたという。
「本人たちは言いませんが、彼らもハチロクのことを決して嫌いではなかった、むしろカッコいいと思ってくれていた……のではないかと思います。まぁ『そう思ってくれてたならいいな』という、私の願望にすぎませんが」
メンテナンスも自分でコツコツと行いながら、趣味の車兼ファミリーカーとして20年ほど大切に使われ続けた2台目のAE86。だが5年前のある日、信号無視のタクシーがその左側面に突き刺さった。
パーツと愛着を受け継いだ“3代目”
事故の責任割合はほぼ10対0と言える「9対1」で相手方に非があったわけだが、だからといって、板金で修理可能なレベルをはるかに超えたダメージを受けた大切な愛機が、元どおりになってくれるわけではない。
幸いにして相手方の保険アジャスターが旧車の価値に理解がある人で、それなりの保険金を支払ってもらうことにはなった。
だが、その当時からすでにAE86の良質個体は海外に流出し始めており、あちこちを探し回っても『これぞ!』というものを見つけること」ができなかった。
困った小田切さんは、AE86を2台所有していた知人を拝み倒し、そのうち1台を譲ってもらうことにした。
そして譲り受けたその個体に、元の愛機の“前半分”を移植し、さらにはその他の無事だったパーツ多数を移植して完成したのが、現在乗っている、「3台目のAE86」である。
ある意味「長年愛し、家族の様々な記憶も染み付いた2代目のハチロクが、不死鳥のようによみがえった」とも言えるわけだが、息子2人が今や成人し、3台目の「不死鳥号」に乗りたがることもなくなった。
そのことに一抹の寂しさは覚える小田切さんだが、とはいえ、時間の経過とともに失くすものもあれば、得るものもあるのが人生の常。
ハチロク人生の第3フェーズに入った小田切さんは今、以前とは少々違ったニュアンスの喜びと楽しみを、3台目のAE86の中に見いだしている。
SNSを通した、新しい形のハチロク生活だ。
「それまでは、元整備士であるということもあって、すべてのメンテナンスやカスタマイズを自分ひとりで行って、自分ひとりで満足して――みたいな形でやってきました」
「しかしSNSを始めたことで、多くの人が自分の車を見てくれて、色んな声を届けてくれる。それが本当に励みになるというか、純粋に楽しいんですよね」
自分が行ってきた、そして今現在行っている様々な作業をSNSで公開し、逆に、多くの人が公開してくれている様々な情報も受信する。その繰り返しにより、「30年以上ハチロクに乗っていても、まだまだ知らないことって本当に多いんだな……」と痛感しているという小田切さん。
ハチロクの世界の広さと深さは「無限大ですよ」とも言う。
SNSを通じて知り合ったほぼ同世代のハチロク仲間と、リアルで会うのは1ヵ月に一度程度。若い頃は深夜に車仲間と集まることが多かったが、「今ではみんな高齢化したので夜は眠いということで(笑)、集まるのはもっぱら休みの日の早朝ですね」と笑う。
家族は成長し、世の中も自身も、時とともにいろいろと変化した。
だが、小田切さんがAE86という車と過ごす“時間”の濃度というか幸福度は――ある意味――ほとんど変わっていないのかもしれない。
小田切和樹さんのマイカーレビュー
トヨタ カローラレビン(AE86型)
●走行距離/260,000km
●マイカーの好きなところ/現代の車にはない小型FRで、昭和的なスタイリング
●マイカーの愛すべきダメなところ/部品の欠品が増えてきている
●マイカーはどんな人にオススメしたい?/とにかくハチロクが大好きな人!
自動車ライター
伊達軍曹
外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。