これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は馬場馬術。
鬼才が作り出した繊細で複雑な“変態自動車”
——今回は、意外にも今まで取り上げたことがなかったモデルなんです。松本さんは絶対に好きだと思いますよ。
松本 なんだろう? 好きといえば、最近はパワーとかよりも“哲学的な”モデルがいいと思っているんだよね。
——それってどんな哲学なんですか? 今回紹介したいモデルは、そういう意味だと最高のモデルかもしれないです(笑)。
松本 個人的に車の哲学というと、まさしくサルトルのような、人によっては面倒くさいであろう考えのフランス、古代ローマの鬼才的な考え方を継承するイタリア。それと、ドイツの質実剛健と硬派なドライビング。エンジニアリング的に行きすぎ感が強い面もいいね。
——今回紹介したいのは、その面倒なサルトル的モデルです。
松本 それでメーカーは分かったよ、シトロエンだね。その中でも、最も哲学が際立っているモデルといえばDSだろうなぁ。
——ご名答です!
松本 “変態自動車”のシトロエン XMなんかも歴史的なモデルだけど、この企画で紹介するシトロエンなら2CVかDSのどちらかだろうね。ただ、歴史的な話で言うならば2CVかなあ。開発が戦時中ということもあって、数少ないパーツで生卵が割れない乗り心地を作り上げた、天才エンジニアのアンドレ・ルフェーブルは尊敬する技術者の1人だよ。
——アンドレ・ルフェーブルという名は聞いたことがあります!
松本 2CVとDSのどちらともルフェーブルが参画しているから、ちょっと説明してもいいかなあ。ルフェーブルの人となりなんだけど、普段の飲み物はストイックの極みでシャンパンか水だけ。トレンチコートを着こなしたダンディズムにも憧れるよね。
——“雰囲気”出てますね。
地位や名誉や財産よりも、図面と向き合って最高のプロダクトを生み出すことに熱心。これだよ! 彼は超一流のレーシングドライバーで、さらに鬼才の設計者なんだ。かつて、ヴォワザンという有名なフランスの航空機メーカーがあってね、第一次世界大戦では相当な数の飛行機を作っていたんだ。ルフェーブルはその設計者の1人だったんだよ。その後、ヴォワザンは航空機から撤退し弩級の高級車を作るようになった。その時のテストドライバー&レーシングドライバー兼、設計者としてルフェーブルは名をはせた。彼が設計しテストしたグランプリカーは、初めて車に航空機の空力を取り入れたんだ。
——なるほど。その技術はシトロエンでも生かされているんですか?
松本 もちろん。リアのトレッドを狭くしたデザインは、後のシトロエンでも使われていたんだよ。XM、CX、GS、2CVだって、歴史的モデルはリアのタイヤがちょっと隠れているでしょ? これが航空機からの技術なんだよ! 今回の車はDSだよね?


——そうです! しかもDS 23IE パラスですよ。この連載でもお世話になっているコレツィオーネさんにあったんですよ。
松本 コレツィオーネさんはイタフラ専門店なんだけど、一つのメーカーにこだわらないところがいいよね。販売店だから基本的には買いに行く所なんだけど、コレツィオーネさんは見学しに行って教えてもらえることも多いんだよね。ところでDSって、何色なのかなあ?
——薄いグリーンのメタリックのようですね。
松本 あ、あの色ね! カタログのテーマカラーの一つだったんじゃないかなぁ。いい色だよね。しかも、23IE パラスは一番パワーのあるモデルだよ。DSは19から始まって21、23と、排気量が大きくなっているんだ。その全てのモデルに乗せてもらったことがあるんだけど、とにかくあのデザインにやられちゃうんだよね。“造形の魔術師”、フラミニオ・ベルトーニのデザインが際立っていて最高だよ! 僕はDSも好きだけど、シトロエンで一番長く乗っていたのは彼がデザインしたAMI6 だったかな。乗り心地と燃費が良くてさぁ、今でも忘れられない最高の1台だったね。
——松本さんの車遍歴は長くなりそうなので別の機会に伺うとしてDSの魅力はどこでしょうか?
松本 やっぱり、内外装のデザインと金属バネを使わない油圧バネの乗り心地じゃないかな。これはどこも真似できないでしょ。しかもシートに厚みがあって、リアシートは信じられないくらい深くて怠惰な姿勢になっちゃうんだよね。パラスはフロントのベンチシートにコラムシフトという“ベンコラ”もイカしてるんだよ。これはMTだけど、半自動クラッチのタイプはステアリングの中に手を伸ばしてシフトするとかっこいいんだこれが(笑)。でも調整が難しいから、MTの方がオススメだね。

——運転も難しいんですか?
松本 DSの運転で最も難しいのがブレーキだね。丸いボタンのような形状で、このブレーキペダルというかボタンを調整できれば上手なブレーキングができると思うよ。すべてを油圧で制御しているから、スムーズに乗るにはコツがいる。まるで生き物のようだよ。
——油圧といえば、ハイドロニューマチックサスペンションはいつまで使われていたんですか?
松本 確か、DSの後もしばらく使っていたけど。僕の記憶では2000年に登場したC5が、1955年からのDSのハイドロニューマチックサスペンションの息がかかった最後のモデルだと思うよ。設計者がすべてやり尽くしたと話していたらしい。
——なるほど。
松本 デザイナーやエンジニアといったDSに関わった人のすべてが、哲学を持ち続けていたと思うんだ。これほどまでの“変態自動車”はないだろうし、今後も登場するとは思えない。なぜなら、地位や名誉や財産などのためではなく、大きな志を持って作られた車だと思うから。これほど繊細で複雑なメカニズムのモデルが、なんと150万台近くも作られたんだよ。歴史的に価値がないわけない。すごい! の一言だよ。“すべてに妥協のないモデル”、それがシトロエン DSなんだよ。
シトロエン DSとは?
フラミニオ・ベルトーニがデザインした前衛的でエレガントな外観、高級感を備えたインテリアをもつ20世紀を代表する1台。
ハイドロニューマチックサスペンション、パワーステアリングやディスクブレーキなど、当時の最新技術が採用されている。1955年のパリモーターショーで初登場、改良を重ねながら1975年まで生産された。
撮影車両は、1965年からラインナップしていた上級グレードのパラス。
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
※カーセンサーEDGE 2025年8月号(2025年6月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています。
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