フィアット ディーノ 2400 クーペ

これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】

クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!

松本英雄(まつもとひでお)

自動車テクノロジーライター

松本英雄

自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。

フォーミュラのポテンシャル、こだわりのテクノロジー

——今回は間違いなく松本さん好みの1台だと思いますよ。

松本 間違いないって、ホントに? (笑)でも、最近は編集部の推薦でもセンスいいモデルが続いているからなあ。前回のロードスターも良かったよね。やっぱりスポーツカーっていうのは、金額に関係なくその自動車メーカーの歴史そのものだからね。

——でしたら、今回のモデルもやっぱり間違いないですよ! 登場した時からすでに「名車」としての未来が決まっていたようなモデルですからね。もったいぶらずに言いますね、フィアット ディーノ クーペです!

松本 おお! そりゃすごいね! ディーノ クーペは間違いなくビッグヒストリーだよ。20年くらい前に、ピニンファリーナがデザインしたフィアット ディーノ スパイダーの中古車を見かけたことがあったなあ。スパイダーはピニンファリーナ、クーペは現在ではなくなってしまったカロッツェリア・ベルトーネのデザインだったね。このモデルの価値が高い最大の理由は、フェラーリとフィアットの共同で設計されたパワーユニットだということ。しかも、フェラーリとして初となる大量生産の足掛かりとなったモデルとなったからなんだ。知っている?

——はい、もちろんですよ! ディーノ206GT、246GT/GTSですよね。

松本 おー、そこは知っているんだね。エンジンはフェラーリとして初のV6ユニットだったこともあって、“Ferrari”というバッジを付けるわけにはいかない事情があった。でも、まぎれもないフェラーリだよ。バンク角65度のV型6気筒は、エンツォ・フェラーリの最愛の息子、アルフレードが設計に参加した最初で最後のユニット。しかも、1950年代後半当初は60度のV型6気筒だったんだ。それをさらに吸気性能を向上させるためにバンク角を65度に設計し直し、Vバンク内に垂直に吸気ポートを収めて取り付けられるようにした。これによって、レーシングユニットとしてのポテンシャルを向上させているんだ。クランク軸のクランクピンを5度ほどツイストさせることは工作機械の切削過程や焼き入れなどの精度を高める必要があったんだけど、そこはノウハウでカバーしている。これによって、等間隔で燃焼することが可能になり振動も抑えることに成功したんだよ。

——すごいことやりますね……。

松本 さすがフェラーリだよね。こだわりの設計というわけだ。その結果、1958年のF1では2.4Lまで拡張したこのディーノユニットでチャンピオンを獲得しているんだよ。そのポテンシャルで、サラブレッドに大切な“純血”を育むことができた、というわけなんだ。

 

フィアット ディーノ 2400 クーペ
フィアット ディーノ 2400 クーペ

——なるほど。でも、なぜフィアットでも搭載したんですか?

松本 それは、このユニットをフォーミュラ2で用いるために必要な「年間生産数500機以上」という規定をクリアするためだね。フェラーリも、こればかりはフィアットにお願いするしかなかった。年間500機以上生産するためには、量産技術がなければできない。しかも、レーシングユニットだからね。当時のフェラーリとフィアットの技術者たちは、議論に議論を重ね“純血の青写真”の量産化に成功したんだ。

——以降、その量産技術をフェラーリは活用したんですね?

松本 フェラーリとしても、このV6が将来の飛躍の一端を担ってくれたら、と思っていたに違いない。事実、フェラーリはこのV6ユニットのおかげで商業的な量産台数のモデルを初めて作ることができたのだから。それがディーノ 206なんだよ。マラネッロにアッセンブリーラインを特別に作り、フィアット ディーノと併せて組み上げていったんだ。フィアットとしても高級なスポーツカーをブランドラインナップに持つことで、イメージアップに繋がるしね。ちなみに、1966年から1969年まではDOHCのオールアルミ合金製の2Lだったんだけど、1969年には鋳鉄製の2.4Lに代わっている。クラッチの径が大きくなったりしていて、ドライビングのしやすさを優先したモデルにキャラクターを変えているんだね。剛性が高まったことで、よい部分もあったんじゃないかな。

——今回のフィアット ディーノは1971年式ですね。

松本 ということは、2.4Lだね。まさに小型なグランツーリスモっていう感じだね。ディーノ 206同様、1969年から1973年までは鋳鉄製の2.4Lエンジンを搭載しているからね。それから、両モデルともにFRで5速MTというのが良いね。

 

フィアット ディーノ 2400 クーペ

——乗ったことはありますか?

松本 かつて取材でディーノ 206を少し乗ったその後で、フィアット ディーノ 2400スパイダーを運転させてもらったことがあるね。ディーノ 206が軽快な印象だった一方で、2400スパイダーは少し重い感じがいなめなかったね。けれど、ものすごく乗りやすかったなあ。ステアリングフィールにチャチな感じがしなくて、フィアットとは思えない高級感があったんだ。サスペンションも独立懸架で、1969年からのモデルは特に凝っているんだよ。当時はスパークプラグをきちんと点火させ確実な燃焼が大切だと考えられていたからか、イタリア・マニェッティマレリのイグニションシステム「CDI」が大きくて印象的だったな。キャパシティ・ディスチャージ・イグニッションというんだけど、とても凝っていたんだ。

——デザインもいいですよね。

松本 クーペはベルトーネ在籍時のジウジアーロが基本スケッチをして、ガンディーニが完成させたデザインなんだよ。これ、よく考えるとすごいよね! ちょっと言いすぎかもしれないけど、ルネッサンスで例えればダビンチとミケランジェロの合作のようなものじゃないかなぁ。さらに製作はマラネッロだからね。フェラーリの本拠地であるマラネッロ製ということは、フェラーリを色濃く反映した最初で最後のフィアットでしょう。これが名車でなければ一体なんなんだ!? というくらいの震えがくるモデルだよ。こんなダブルネームをもつモデルはそうそうない。価格が気になるところだね。

 

フィアット ディーノ 2400 クーペ

「年間500機以上生産された市販車用エンジンをベースとする」というフォーミュラ2の規定をクリアするため、フェラーリ設計のV6エンジンを搭載。まずは1966年にピニンファリーナデザインのスパイダーが、1年遅れてベルトーネに在籍していたジウジアーロが手掛けたクーペが発表された。1969年には、エンジンを2.4Lとするなどの改良が行われている。

フィアット ディーノ 2400 クーペ
フィアット ディーノ 2400 クーペ

※カーセンサーEDGE 2024年12月号(2024年10月25日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています

文/松本英雄、写真/岡村昌宏