優先すべきはヘリテージか 経済効率? マセラティのモデナ回帰にみるブランドの価値とは【スーパーカーにまつわる不思議を考える】
2025/11/25
▲2025年11月5日から9日にモデナで開催された「Meccanica Lirica」。モデナ・パヴァロッティ・シアターにて特別な夜会も開催されたスーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きにとって興味深いエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格がスーパーなため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。
今回は、自動車製造がグローバル化する中、スーパーカーブランドがあえて“場所”にこだわる理由を、マセラティのモデナ回帰から紹介する。
生産拡大方針で地位が低下したモデナを再び本拠地に
今や車の製造はグローバル化している。特に大量生産ベースのコモディティ・プロダクツは、そのブランドの本拠である国で生産されるとは限らないのは、皆さまも承知のこと。今や、かつてように製造拠点がどこであるかは、大きな関心事ではなくなっている。
しかし、スーパーカーに関してそうはいかない。例えば、フェラーリが日本で作られることはどんな世の中になったとしてもあり得ないであろう。フェラーリは創始者エンツォ・フェラーリがげきを飛ばしていたマラネッロで作られることに大きな価値があるからだ。
筆者が先日取材したフェラーリのe-ビルディングのBEVコンポーネンツ・アッセンブリーラインにおいても、その“佇まい”は極めて従来からのガソリンエンジンのDNAを引き継いだものであった。
BEVであろうとも、フェラーリと名付けられる車はマラネッロの歴史とリンクしなければならない。だから、インバーターからモーターまで構成コンポーネントがマラネッロで製造されることが重要なのである。
▲2024年にお披露目されたマラネッロにあるフェラーリのe-ビルディング。内燃エンジン、ハイブリッドユニット、電気モーターの生産・開発が行われる一方、マセラティは先日モデナ本社工場にて“Meccanica Lirica(「メカニックな叙事詩」、とでも訳そうか)”と称す大がかりなプレゼンテーションが行われた。言わんとしているのは、モデナの文化を構成する二大要素、すなわちオペラとグランツーリスモ技術との融合ということで、より現実的に言い換えれば、モデナへの回帰ということだ。
マセラティは2010年にマルキオンネ体制の下で生産量拡大を目指し、トリノへと生産拠点を拡大した。モデナ工場は珍しく市街地に隣接しており、そのイメージは素晴らしく魅力的だ。世界遺産のドゥオーモや、マッシモ・ボットゥーラのオステリア・フランチェスカーナといった名所とも徒歩圏内にある。
▲モデナ市街地に隣接するマセラティ本社と工場しかし、生産性を考えてみるなら、かなりの欠点も見えてくる。その敷地面積は1939年当時にはよかっただろうが、今や十分なスペースとは言えない。年間1万台から7万台レベルにまで一気に生産台数を拡大するというマルキオンネのプラン実現のため、トリノのグルリアスコに新たな生産拠点としてファクトリーを新設。さらに車高の高いSUV=レヴァンテの導入に合わせてミラフィオーリ工場の稼働、とマセラティは生産拠点を拡大していった。
そのような動きの中で、モデナ本社工場の存在感が低下して行ったのは避けることができなかった。旧グラントゥーリズモ系が末期モデルとなると、モデナ工場の廃止までが議論されるまでとなったのだ。
経済効率を考えるなら、間違いなくこの判断は正しい。しかし、ブランド・バリューという観点からすれば、マセラティが100年を超えるその歴史の中で作りあげてきたヘリテージを捨て去ってしまうことになる。ここモデナ工場を愛し、頻繁に訪れたファンジオら天才ドライバーたちの伝説も過去のものとなってしまうではないか。
“生まれ育った”モデナのヘリテージでブランドをアピール
マセラティは2020年に“MMXX:Time to be audacious”のメッセージを引っ提げ、フラッグシップのMC20とともに、再びモデナを本拠とすべく、戻ってきた。
そしてこの2025年にはグラントゥーリズモ、グランカブリオの製造ラインもモデナへと戻し、その方向性をさらに前進させた。
▲グラントゥーリズモとグランカブリオの生産ラインが復活したモデナ本社工場
マセラティの立ち位置を再定義するという点で今回のプレゼンテーションはとても重要なものであった。マセラティこそが、モデナの文化の中で育った真のブランドであることを再確認するものとなった。
プレゼンテーションはモデナ・シンフォニーの拠点であるモデナ・パヴァロッティ・シアターにて、Made in Modenaのグラントゥーリズモをフューチャーしたプッチーニのオペラ、トゥーランドットの公演で始まった。当劇場のマエストロである吉田裕史氏がタクトを振ったのも日本人として誇らしい。
▲プレゼンテーションに登場したCOOのサント・フィチリ氏もうひとつの重要なポイントは、マセラティのカスタマイゼーション・プログラムであるフォーリセリエのオペレーション改革であった。本社内のフォーリセリエ・スタジオを新装し、自由度の高いペイントエリアを拡大することで、これまでの納期が長かったという問題点も解消されることとなった。
MCプーラ、GT2ストラダーレ、グラントゥーリズモ、グランカブリオが、ここモデナでその命を授かるというマセラティ新体制に大いに期待したい。
▲モデナとの深い絆からインスピレーションを得た、グラントゥーリズモとグランカブリオのワンオフモデルも発表された▼検索条件
マセラティ グラントゥーリズモ(2代目)▼検索条件
マセラティ グランカブリオ(2代目)
▲2020年の“MMXX:Time to be audacious”で発表されたスーパースポーツ「MC20」。イベントはモデナサーキットで開催、東京とニューヨークでミラーイベントも開催された▼検索条件
マセラティ MC20(初代)
自動車ジャーナリスト
越湖信一
年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。
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