ランボルギーニビジネス▲写真は10年前の2014年に行われた創立100周年を祝った大イベントの様子。110年の節目を迎える今年の2024年アニバーサリーイベントがどのような盛り上がりを見せるか、注目が集まる

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きを喜ばせるエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格がスーパーなため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。では、スーパーカーブランドが盛大に行う「周年イベント」にはどんな意味があるのか? 今回は110年という節目を迎えたマセラティを例にして考えてみたい。
 

節目の110周年を迎えるマセラティのビジネス戦略

マセラティは今年、創立110周年にあたるアニバーサリーイヤーを迎える。ボローニャの小さな町工場のレース屋からスタートしたブランドが、世界にその名をとどろかせるスポーツカーブランドとして今も自動車好きを魅了していることは実に素晴らしいことだ。

さて、マセラティの歴史についてここで少し触れておこう。

マセラティは1914年にマセラティ兄弟たちによってボローニャで会社登記され、1937年にはモデナのオルシ財閥の傘下へと入った。第二次世界大戦への足音が聞こえてくる中で、家族資本によるレースコンストラクター経営は限界を迎えていたのだ。

一方、大規模な工業を展開するオルシ財閥は、地元モデナをトリノに匹敵する自動車産業の地とすべく構想を抱いていたことから、このマリアージュはとても意義あるものであった。そんな経緯もあり、マセラティはモデナを代表するブランドながらも、後にフィアット(現ステランティス)傘下となったことで、フィアットの本拠であるトリノにも拠点を構えることとなった。

マセラティスタである筆者からすると、100年の歳月を経てモデナのマセラティがトリノを取り込む存在になり得たことは、本当にたいしたものだと思っている(笑)。

10年前の100周年を祝うイベントの時には、ボローニャ中心部にあるマセラティ創業の地にモニュメントが設置され、トライデントマークの起源となったネプチューン(ネットウーノ)像が位置するマッジョーレ広場はマセラティ一色となった。また、モデナ本社のアッセンブリーラインを止めてのディナー、さらに市街を占拠してのパレードが連日行われた。

その後、マセラティスタたちのコンボイはトリノを目指し、サンカルロ広場でコンクールデレガンスを開催した他、ヴェナリア宮殿でのガラディナーがそのハイライトとなった。主役となったのは最も美しいマセラティと称されるA6GCSベルリネッタ・ピニンファリーナ。まさに、モデナのマセラティとトリノのピニンファリーナが作り上げた最高のコラボレーションが誇らしげにディスプレイされたのだった。

今年開催される創立110周年記念イベントがどのような形になるのか、興味津々であるが、間違いなく主役はフォルゴーレ、つまりマセラティの電動化になるだろう。
 

ランボルギーニビジネス▲1910年代に撮影されたマセラティ兄弟らの写真。エンジニアだった彼らはスポーツカー製作に情熱を注ぎ、そのDNAは現代にも受け継がれている
ランボルギーニビジネス▲2014年はマセラティが生産規模拡大のためにトリノの工場を稼働させた時期でもあった。それ故、本拠地モデナだけでなく、トリノにもイベントのスポットが当たったのだ

電動化元年として節目を迎える2024年のマセラティ

マセラティは当地スーパーカーブランドの中で、唯一完全電動化宣言を行っている。2030年までにすべてのラインナップが完全電動化され、ICEモデルは消滅するという。昨年に発表されたグラントゥーリズモ フォルゴーレ(BEV)のデリバリーは今年から始まる。すでにアッセンブリーラインは準備完了なはずだ。

好調なSUV、グレカーレのBEVは昨年に上海でワールドプレミアされたが、これは電動化志向の強い中国マーケットへの意思表示のようなものであり、今年早々に実質的なワールドプレミアが行われるとされている。そして、MC20も完全電動化を前提に開発されているから、グラントゥーリズモ、グレカーレの市場導入時期を鑑みて今年のどこかのタイミングで発表される。

マセラティのタイムテーブルは電動化に向けて突き進みつつあり、ブランド創立110周年の本年が実質的な意味での”電動化元年”となる。

前述した110周年イベントのコアとなる聖地モデナでのイベントは、バカンス明けの9月あたりと予想されるから、きっとフラッグシップたるMC20フォルゴーレ(BEV)の発表はそのタイミングになると考えられる。そして想定されたスケジュールからは少し遅れると予測されているが、完全電動モデルのみでのデビューが予告されている次期クアトロポルテもその後に控えている。

以前もこの連載で書いたように“アニバーサリーイヤー”という存在は、ラグジュアリーブランドにとってブランディングの徹底やセールスプロモーションを推し進める最強のツールだ。押し売りすることがタブーであるこういったブランドにとって、さりげなく存在をアピールし、選ばれた顧客だけとのコミュニケーションを可能にするのだ。

マセラティ創立110周年で電動化が大きくアピールされるのももちろん興味深いが、マセラティスタとしてはその評価がより高まっている新世代ICE、ネットゥーノエンジンの行く末も大いに気になるところだ。
 

ランボルギーニビジネス▲ マセラティのBEVモデルは、稲妻を意味するイタリア語のFolgore(フォルゴーレ)という名前が付く
ランボルギーニビジネス▲BEVモデルの第1弾として2023年に発表されたグラントゥーリスモ フォルゴーレ。パワーだけでなく音にもこだわり、音響職人によって作られた3Dサウンドを奏でる
文=越湖信一、写真=マセラティ ジャパン
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。