ランボルギーニビジネス▲世界で販売がスタートしたマセラティの新型グラントゥーリズモ。日本でも3L V6エンジンを積んだモデナ、トロフェオの2グレードから受注が開始された

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きを喜ばせるエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格が高額のため、多くの人はそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。近年はどのメーカーもEVへのシフトが課題で、様々な戦略のもとに新型車をリリースしている。あらたに最新GTモデルを発売したマセラティを例に、その戦略の一部をのぞいてみたい。
 

スーパーカーブランドが推し進めるEVビジネス

昨年の夏から存在を小出しにしてきたマセラティ グラントゥーリズモだが、遂に日本で販売されるICE(内燃機関)の2モデル「モデナ」「トロフェオ」の受注が始まった。近年のマセラティにおけるメインストリームとも言える4シータークーペに対する関心はきわめて高いようだ。今年2月にスイス サンモリッツ湖で開催された氷上コンクールデレガンスにも電動モデルのプリプロダクションカーが参加し、注目を集めていた。

さて、このグラントゥーリズモはスーパーカー界における常識を破った、いろいろな面できわめてユニークな存在であると筆者は考える。果たしてどんなところがユニークであるのか、そのワケをお伝えしたいと思う。

1.モデナのスーパーカーブランドとして初のBEV

モデナのブランドたちはなんといってもガソリンエンジンならではのエモーショナルな側面を重要な旗印としてマーケティングを進めていた。一方、BEVはクリーンであり、ある種、無機質なイメージで、スーパーカーのイメージとは相いれない側面をもっているように思える。

ガソリンの匂いやバイブレーション、そして官能的なエグゾーストノートがそもそもスーパーカーの魅力の根源にある。だが、昨今の情勢からCO2削減をはじめとする環境問題への取り組みを明確にすることは、企業価値を高めるために必要不可欠。各ブランドは来る“2035年”に向けてBEVの開発を進めると明言しているのだ。

しかし、何とかICEに固執したいというのが彼らの本音であろう。だから当面はPHEVで電動化へ取り組むというスタンスを取っているワケだ。ところが、マセラティは2030年には完全電動車のメーカーとなることを宣言している。それに先駆けてグラントゥーリズモ フォルゴーレを発表し、まもなく受注も開始されようとしている。これはかなりドラスティックな決断である。

2.同一モデルでICEと完全電動のどちらがよいかを選べる

マセラティ電動化のショーケースはMC20であった。このフラッグシップであるミッドマウントエンジン2シーターモデルは、当初PHEVで開発が進んだようだが、まもなくICEと完全電動という2モデル体制へと変更された。

今回のグラントゥーリズモも同様にICEと完全電動の2モデル体制で臨むことが案内された。最新テクノロジーを応用し、環境にも充分に配慮されたICEのネットゥーノエンジンと、800Vの3モーターシステムを採用した完全電動モデルの2種類が用意され、顧客は好きな方を選べるというワケだ。両モデルの外観、内装とも大きく変わるものではないから、止まっている状態でじっくりと観察しない限り区別がつかないかもしれない。このように同じモデルのバリエーションとしてICEと完全電動の2つがリリースされるというのはきわめて希なことである。
 

ランボルギーニビジネス▲ICE(内燃機関)モデルとEVモデルを同時に販売するという珍しい販売形式を採ったグラントゥーリズモ。写真を見てもBEVのフォルゴーレ(手前)とICEモデルのトロフェオ(奥)に外見上の違いは非常に少ない
ランボルギーニビジネス▲美しい直線的なボディラインやフェンダーの3連ダクトなど多くのデザインを踏襲した新型グラントゥーリズモ
ランボルギーニビジネス▲ICEモデルが搭載するのは3L V6のネットゥーノツインターボエンジン。モデナは490ps、ハイパフォーマンスモデルのトロフェオは550psの出力となっている

マセラティの新しく珍しい試みは成功するのか!?

3.新旧モデルのスタイルがよく似ている

最近のマセラティのマーケティング手法は、意図的にニューモデルのイメージをリークさせるスタイルへと変わってきた。2022年4月のローマE-Prixでは、親会社であるステランティスのタバレスCEOが新グラントゥーリズモ擬装車のステアリングを握って登場した。これがオフィシャルとして初めての登場となるが、それはファイナルプロダクトに限りなく近いものであった。

さて、この発表された個体への反応は様々であったが、前モデルとどこが違うの? という声も大きかった。マセラティのヘリテージへのオマージュである“力強く盛り上がった前後フェンダーと、それをつなぐサイドの直線的なライン”というテーマが両者に共通だったからだ。

しかし実車を見た方は、そうは感じないだろう。MC20ファミリーであることを明確に表明するフロントとリアの造形、そしてかさばるバッテリーを搭載しながらも低く抑えたルーフなど、洗練されたデザイン処理はまさに現在のトレンドに沿ったものであり、前モデルとは一線を画す。グリーンハウス(車室)は小さく見えるが、大柄な4人が余裕をもって乗り込むことができるし、十分なラゲージスペースまでもつという特徴はもちろん引き継いでいる。

そう、誰が見てもマセラティであり、旧モデルのコンセプトを引き継いでいることは一目瞭然だ。それをメリットと取るか、デメリットと取るか? いずれにしても近年、これだけ新旧のスタイリング、コンセプトに類似点があるモデルは希有である。

4.新旧のモデルネームが同じ

“快適性を確保したハイパフォーマンス長距離ツアラー”を「グラントゥーリズモ」と称すが、マセラティはこのまさにど真ん中のネーミング「グラントゥーリズモ」と前モデルを命名した。これはマーケティング戦略としては大成功であった。かつてはいったん定着したモデルネームを歴代使い続けるのが普通であったが、今は必ずしもそうではない。最近のフェラーリやランボルギーニなどはモデル名により特殊なもの、もしくはインパクトのある単語を採用し、モデルチェンジごとに大きく変更する傾向がある。そもそも後継モデルという立ち位置もあまり明確にしなかったりする。そんな中で、この「グラントゥーリズモ」という名をそのまま続けるというのは案外ユニークなのだ。

今年の夏頃にはフォルゴーレの生産が始まる予定で、先行したICEモデルは秋口には日本市場でのデリバリーが始まるとされている。さて、皆様はネットゥーノエンジン版と完全電動版、どちらにご興味を持たれるであろうか?
 

ランボルギーニビジネス▲グラントゥーリズモと似た戦略で先に登場しているMC20。2025年までにはBEVモデルが販売される予定となっている
ランボルギーニビジネス▲2007年から2020年まで販売された先代グラントゥーリズモ。GTモデルの系譜は古く、最初のGTであるA6 1500から始まり、近年でも3200GT、クーペと車名は常に一新されてきた。新型のグラントゥーリズモで初めて同じ車名を継ぐ2代目が登場したことになる

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文/越湖信一
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

年間の大半をイタリアで過ごす自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。