大林武司

東京音楽大学作曲科在学中にジャズに傾倒し、留学を決意。最高額の奨学金を受給してアメリカの名門バークリー音楽院に入学し、グラミー賞受賞アーティストTerri Lyne Carringtonのバンドに加入してプロ活動を開始。

卒業後はニューヨークに拠点を移し、自己のバンドを率いてブルーノート(Blue Note NYC)などの主要ジャズクラブに出演しながら、世界的ミュージシャンのバンドの中核を担い、世界30ヵ国以上のジャズクラブやフェスティバルに出演。

2016年にはJacksonville Jazz Piano Competitionにおいて日本人として初優勝を飾り、日本においてもフジロックやサマーソニックなどの主要フェスに数多く出演。コロナ禍により一時帰国した2021年にはMISIAのバンドマスターを担うなど、その活動は多岐にわたる。
 

大林武司

……そんなプロフィールを持つ世界トップクラスのジャズピアニストが普段乗っている車は何か? ということを考えるとき、多くの人は以下のようにイメージするのではないだろうか。

「もちろん彼が何に乗っているかは知らないが、愛車はおそらく……例えばレンジローバーか何かのプレミアムで上質な、それこそ車内でかかるジャズがよく似合う類の車ではないか?」

残念ながらその想像はハズれている。

ジャズピアニストである大林武司さんが現在乗っているのは、6速MTのトヨタ GR86。初代誕生10周年を記念した特別仕様車「GR86 RZ“10th Anniversary Limited”」であり、その他にもう1台所有しているのも6速MTのBMW。具体的には「BMW M235i」だ。

さらにいえば、日本に戻ってきて初めて購入した車も6速MTのMAZDA3ファストバックだった。
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

大林さんは――日本では――マニュアルトランスミッションの車しか乗っていない。そしてMT車の運転は「どこかジャズのアドリブ(即興演奏)に似ている」と言う。

「アメリカで拠点としていたボストンやニューヨークは、車がなくても生活できてしまう街なんです。だから向こうでは車は持ってなくて、たまにレンタカーを使うぐらいでした。もちろんアメリカですから、レンタカーは全部AT車でしたが」

しかし、パンデミックにより一時的な長期帰国を余儀なくされた2021年。大林さんは47都道府県のライブハウスを自分が運転する車で回る全国ツアー「470 songs, 1 journey」を企画し、そのために初めて“自分の車”を購入した。それが、先ほどちらりと名前を出したMAZDA3ファストバックの4WDだ。

「日本全国のいろいろな地方を1年かけて回りますので、“4WD”は絶対に必要だろうと思いました。そして故障する可能性が低い“新しい車”がいいだろうということでMAZDA3ファストバックの4WDを選んだわけですが、それと同時に『買うなら絶対MTで』とも思っていましたね」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

3歳の頃からピアノを始めた大林さんだが、ほぼ同時期から“車”も大好きな幼児となり、「BMWのペダルカー」を乗り回した。そして成長するにつれて「本物の車を運転するあかつきには、ぜひMTをガチャガチャ動かしたい」と願うようになっていった。

そして2021年。全国のライブハウスを自走で回るツアーにて「MT車の運転はやっぱり楽しい!」ということを確信した大林さんはツアー終了後、役目を終えたMAZDA3ファストバックをツアースタッフである後輩に譲り、自身は6速MTのBMW M235iを購入。

そして不運なもらい事故によってM235iが長期入院するハメになったのを機に、前述のトヨタ GR86 RZ“10th Anniversary Limited”を購入した。

「BMWもGR86も、それぞれエンジンやハンドリング性能などは本当に素晴らしいわけですが、それと同時に『車で移動する』ということ自体と、その中でもとりわけ『MT車に乗る』ということの魅力に、思いっきりハマってるんですよね……」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED
GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

「まず『車で移動する』ということ自体の魅力についていうと、例えば車より速く移動できる手段っていろいろありますし、それこそ電車や飛行機を使えば、乗っている間に別のことができます。でも自分はジャズという、常に即興で演奏を生み出す音楽をやっていますので……なんというか、それこそ音楽を聴いたり、逆に無音の時間を過ごすという“ニュートラルな時間”を作ることが大切なんです。

まぁ自分の部屋の中で“ニュートラル”になってもいいのですが、移動を伴う方が、よりインスピレーションの素になりやすいんですよね」

そして大林さんの車の使い方は、いかにもジャズミュージシャン流だ。つまり“即興”の部分が大なのである。
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

「仕事で移動する際は別ですが、プライベートで車に乗るときは、あんまりカチッとした計画は立てません。なんとなく『富山まで行って寿司を食おう』ぐらいの雑なプランニングで6時間ぐらい走って(笑)、でも途中で素敵な温泉を見つけたら『……寿司は、あそこで風呂に入ってからにしよう!』みたいに、偶然にもとづいて予定はどんどん変えちゃいます。

そういった“未知との遭遇”と、遭遇がもたらす“新たな可能性”こそが車移動のいいところだと思いますし、僕が感じている“ジャズという音楽の魅力”でもあるんです」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED
GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

ひと言でジャズといってもスタイルは様々だが、大林武司さんがやっている本格系のそれは、基本的には楽譜というものがない。例えば計4人のメンバーでライブを行うとしたら、さすがに「スポットライトを当てる順番」ぐらいは事前に決めておくそうだが、それ以外の部分はほぼすべて即興で展開される。

「もちろんね、それって大変ですし、時には失敗することだってあるんですよ。でもその“失敗”が、結果として逆にめちゃめちゃカッコよく響くこともあるんです。そしてツアーで何公演もやっていると、メンバーがいきなり、本当に急に、演奏のアプローチをまったく変えたモノをぶっ込んでくることもあります」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

「そういったときの『えっ?』という驚きと、そのぶっ込みを基に、曲が思ってもみなかった方向で素敵に展開していくときの歓びや面白みは、ちょっと筆舌に尽くしがたいものがあります。

僕はジャズという音楽のそういった“可能性”が大好きで、そして車で移動するということにも、それと似た可能性を見いだしているんです。だから、あんまり細かい計画は立てない(笑)」

そしてMT車であれば、「運転という名の即興演奏」の幅はより広がり、より楽しいものになると、大林さんはいう。
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

「ジャズの演奏と車の運転って、けっこう似てるんですよ。今日はバイオリニストの木嶋真優さんとご一緒するライブのリハーサルを見ていただきましたが、僕が即興演奏の最中にやっていることや考えてることって、車を運転しているときとだいたい同じなんです。

『ここはガーッとアクセル踏んで、バイオリンを引っ張ろう』とか、『ここはあえて僕だけ急停車して、バイオリンを放り出してみよう』とかね」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

「あとは高速道路で淡々と定速巡航するみたいな感じで、あえて左手をずっと固定したり。逆に『木嶋さんを揺らしてやれ!』と思うときは、自分がバーッと動くとか。ほんと、ジャズの展開づくりは僕にとっては車の運転と同じというか、よく似ています」

「そしてAT車でもそういった“展開”はつくれるんでしょうが、やっぱりMT車の方が展開を作りやすいんですよ。僕がMT車を好きなのは――たぶんですが、そういったことが理由なんだと思います。ライブでアドリブのソロを弾くときも、『ここでガーッと行ってやるぞ!』みたいに思うときは、頭の中でMT車をシフトダウンさせてますからね(笑)」
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED

大林武司さんの話を聞く限りにおいては、ジャズ演奏の本質とは「呼応」であり、人と人との呼応だけが生み出せるサムシングに、人は夢中になるのだろう。

それは――人と人ではないものの、「人と機械の呼応」であるドライビングという行為がもたらしてくれるサムシングと、ほぼ同じ構造を有している。そしてとりわけ「スポーティなMT車」でこそ呼応の歓びは感じやすいため、一部の人間は“それ”にハマるのだ。
 

GR 86 10TH ANNIVERSARY LIMITED
大林武司

ジャズピアニスト

大林武司|おおばやしたけし

1987年広島県生まれ。最高額の奨学金を受給してバークリー音楽院に入学。グラミー賞受賞アーティスト、テリ・リン・キャリントンのバンドに加入しプロ活動を開始。卒業後はニューヨークに拠点を移し、バンドを率いて主要ジャズクラブに出演しながら、黒田卓也、ホセ・ジェイムズなどの世界的ミュージシャンのバンドの中核を担う。
2016年、ジャクソンビル ジャズ ピアノ コンペティションにおいて日本人初優勝。帰国後はMISIAやクリス・ハート、ヴァイオリニストの木嶋真優のプロジェクトにミュージックディレクターとして参画するなど、活動は多岐にわたる。
9/23六本木アルフィーでの大林武司トリオ『Foresight』ニューアルバムリリースライブ、MISIA『星空のライヴXII』へ参加。

▼検索条件

トヨタ GR86(初代) × 2.4 RZ 10th アニバーサリー リミテッド
伊達軍曹

自動車ライター

伊達軍曹

外資系消費財メーカー日本法人本社勤務を経て、出版業界に転身。輸入中古車専門誌複数の編集長を務めたのち、フリーランスの編集者/執筆者として2006年に独立。現在は「手頃なプライスの輸入中古車ネタ」を得意としながらも、ジャンルや車種を問わず、様々な自動車メディアに記事を寄稿している。愛車はスバル レヴォーグ STIスポーツ。

文/伊達軍曹 写真/小林司
撮影協力/ブルーノート東京