次世代燃料▲モータースポーツの見所は勝利を目指して競い合う姿。一方で自動車メーカーは「走る実験室」として、レースカーを使って様々な技術検証を行っている。現在は環境問題のひとつとして新たな燃料の開発に注力しており、ル・マン24時間レースでは2026年から燃料電池車や水素エンジン搭載車が参戦する。国内に目を向ければ、スーパー耐久レースでガソリンの代替燃料を使ったレースカーがいくつも登場している(写真はカーボンニュートラル燃料を使った日産のフェアレディZ)

ポスト“石油由来の燃料”、新たな燃料開発がしのぎを削る!

今年6月に開催された100周年を迎えたル・マン24時間レースのプレスカンファレンスで、トヨタは将来の参戦を見据えた水素エンジン車両のコンセプトカー「GR H2 Racing Concept」を発表した。

ル・マンを主催するACO(フランス西部自動車クラブ)のピエール・フィヨン会長が、これに先駆けて2026年に新設する水素カテゴリーへ「燃料電池車両に加え、水素エンジン車両の参戦を認める」と公式に発言したことをうけてのものだ。

いまレースの世界では水素や合成燃料など、ガソリンの代替燃料の採用がはじまっている。話がちょっとばかりややこしいので、ここで少し整理してみたいと思う。

まず、トヨタ自動車が豊田章男社長(現会長)の陣頭指揮の下、カーボンニュートラルへの解決策はひとつではないという「マルチパスウェイ」という考え方を軸に、電気自動車、燃料電池車、ハイブリッド、プラグインハイブリッドなどすべてを市販化した。さらに、水素エンジンや合成燃料などカーボンニュートラル燃料の実証実験も開始している。

国内のモータースポーツにおいては、スーパー耐久シリーズが2021年シーズンにメーカーの開発車両などが参戦できる「ST-Q」クラスを新設したことを機に、トヨタが水素エンジン車(カローラ)で参戦し、大きな話題となった。
 

次世代燃料▲どこよりも積極的に、水素エンジンや合成燃料の実験をレースという舞台で行っているトヨタ。豊田章男社長(当時)の陣頭指揮の下、貪欲にあらゆる可能性を追求している(写真:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

こうしたトヨタの動きに呼応し、他の国産メーカーもST-Qクラスへの参戦を開始。今年のスーパー耐久シリーズの第2戦「富士SUPER TEC 24時間レース」には、水素エンジン搭載のカローラをはじめ、カーボンニュートラル燃料を使用するトヨタ GR86、スバル BRZ、日産 フェアレディZ、ホンダ シビックタイプR、バイオディーゼル燃料を使うマツダのMAZDA3など、各社の代表的なスポーツモデルが揃い踏み。まさに走る実験室の様相を呈していた。

ところで、これら代替燃料を大別すると「水素」と「合成燃料」、そして「バイオマス燃料」などになる。この代替燃料に共通するメリットは、従来の内燃エンジンがほぼそのまま使える、かつ排気ガスがほとんど出ないということにある。

水素の場合は、それを使うFCV(燃料電池車)もあるが、あちらは水素を使って発電し、モーターで駆動するいわば電気自動車だ。水素燃料の課題は、どう作るか、どう貯蔵するか、そしてどう充塡するかだ。2021年にカローラがスーパー耐久に初参戦した際には、気体水素を高圧水素タンクへ充塡するという方式をとっていたため、ピットレーンでは作業ができず、パドックに用意された移動式の水素ステーションによって水素充塡が行われていた。

今年は水素燃料を気体水素から液体水素へと変更することで、ピットレーンでの作業が可能となった。また、液体水素にすることで体積当たりのエネルギー密度が上がるため、満充塡からの航続距離は約2倍、充塡時間は約1分半にまで短縮された。一方で、液体水素の課題は、充塡や貯蔵の際に-253℃より低い温度に保つ必要があること。今後は低温環境下で機能する燃料ポンプ技術や、タンクから自然に気化していく水素にどう対応するか、といった課題解決に取り組んでいくという。
 

次世代燃料▲液体水素を燃料とした水素エンジンカローラ。液体水素を燃料としたレース参戦は世界初の試みだったが、無事に富士24時間を走りきった

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トヨタ GRカローラ × 全国
次世代燃料▲トヨタは水素エンジンだけでなく、カーボンニュートラル燃料にも積極的。カーボンニュートラル燃料を使ったGR86も24時間を完走した

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トヨタ GR86 × 全国
次世代燃料▲多くの実戦データを得ることで今後に自動車開発に生かしたいという日産は、フェアレディZのカーボンニュートラル燃料使用車でスーパー耐久に参戦

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日産 フェアレディZ × 全国
次世代燃料▲ホンダはシビックタイプRで参戦。決して特別な車両ではなく、あくまでもカーボンニュートラル燃料に適合する市販車ベースでの開発を行っている

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ホンダ シビックタイプR × 全国

もうひとつの本命「合成燃料」はまだまだ前途多難か?

もうひとつの「合成燃料」とは、CO2(二酸化炭素)とH2(水素)を組み合わせた科学的な反応によって作られる液体燃料のこと。化石燃料を由来とするガソリンや軽油などと同じく、エネルギー密度が高く“人工的な原油”ともいわれる。最大のメリットは、現在の内燃機関、そしてガソリンスタンドなどのインフラも含めて、そのまま使えるということだ。

現在、原料となるCO2は、発電所や工場から排出されたCO2を利用しており、水素は、石油や石炭などの化石燃料から水蒸気を使って製造している。これを将来的には大気中のCO2を直接分離・回収する「DAC技術」を使ってCO2を再利用し、再生可能エネルギー由来の水素を用いて合成燃料を製造することが見込まれている。

この再エネ由来の水素を用いた合成燃料のことを「e-fuel(イーフューエル)」と呼んでいる。近頃、e-fuelという言葉を頻繁に耳にするようになってきたが、その実現は一筋縄ではいかない。

また、バイオマス燃料はエタノールやディーゼル、バイオマス、農作物などを原料とする。エネルギー密度が化石燃料に比べて低いため、貯蔵や輸送にコストがかさむ。燃焼時には化石燃料ほどではないにせよ、CO2を排出し、生産コストも高くなるといった課題がある。また、農作物を原料とする場合、食料や飼料の供給などへの影響も想定される。

ちなみにスーパー耐久でMAZDA3が採用するのは、バイオベンチャー企業のユーグレナによる化石由来の軽油と混合しない次世代バイオ燃料「サステオ」。内燃エンジンを変更する必要はなく、燃焼段階ではCO2を排出するが、原料であるバイオマスが成長過程で光合成によってCO2を吸収するため、実質的にはプラスマイナスゼロとなり、カーボンニュートラルの実現に貢献すると期待されている。
 

次世代燃料▲マツダは、100%次世代バイオディーゼル燃料「サステオ」を使用。マツダ3は市販車両と同じディーゼルエンジン「SKYACTIV-D 2.2」を搭載している

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マツダ MAZDA3 × 全国

すでにモータースポーツの世界では、バイオ燃料をはじめとするカーボンニュートラルフューエル(バイオマス由来の非化石燃料)の導入は始まっている。WRC(世界ラリー選手権)では、2022年シーズンから合成燃料とバイオ燃料を混合した再生可能燃料の使用を開始。今シーズンのスーパーGTでは、バイオマス由来の燃料が導入されている。現在、F1ではバイオエタノールを10%混合したE10燃料が使用されているが、将来的には再エネ由来の水素を用いたe-fuelの導入に向けて開発が進む。

おそらく今後の市販車においては、乗用車はPHEVやBEVに、トラックやバスなどの大型輸送はFCVに、というのが本流になるだろう。そうした中で、これら代替燃料は航空機や船舶など、電動化の難しい分野での活用を軸に開発が進められていくことになるようだ。

そして地域によって進捗の差はあるだろうが、欧州各国の多くが2025年から2030年にかけて内燃エンジン車の販売禁止の戦略を打ち出している以上、化石燃料そのものがどんどん減少していくことになるだろう(今年3月、一部e-fuelを認めるといった報道が出たが、それについてはまたの機会に)。将来的にもスーパーカー、クラシックカー、ビンテージカーといった、趣味の内燃エンジン車を楽しむためにも、この代替燃料は重要な役割を果たすことになる。

「レースは走る実験室」。ホンダの創業者・故本田宗一郎氏の有名な言葉がある。まさに各社はサーキットを走りながら、将来を模索しているのだ。
 

次世代燃料▲故本田宗一郎氏の「レースは走る実験室」をまさに実践しているスーパー耐久などのモータースポーツ。ここから次世代の技術が生まれ、それがゆくゆくはクラシックカーやビンテージカーなどの趣味性の高い車を走らせるための技術のひとつとして活躍してくれるかもしれない
文/藤野太一、写真/トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、マツダ