▲「河川が氾濫して車が水没した」という台風被害は決して少なくない。自分の命はもちろん、大切に愛車を守るためにすべきこととは?▲「河川が氾濫して車が水没した」という台風被害は決して少なくない。自分の命はもちろん、大切に愛車を守るためにすべきこととは?

知識不足で車が被災するケースが増加

爽やかな5月が終われば、そろそろ梅雨に入る。そしてジメジメした梅雨が明けると、今度は台風のシーズンがやってくる。雨の日が多くなるこれからの季節、気がかりなのは災害だ。2018年には関西地方で、2019年には千葉・福島県を中心に関東・東北地方でも、台風による大きな被害が広域に発生している。こうした災害では、駐車してあった車が水没したり、運転中に被害に巻き込まれたりするケースも少なくない。

そこで、災害時の被害を避けるために覚えておきたい知識を、防災や減災、縮災に詳しい関西大学社会安全学部の 河田惠昭特別任命教授に聞いた。
 

河田惠昭

関西大学社会安全学部 特別任命教授

河田惠昭(かわたよしあき)

1986年に創設された防災分野のノーベル賞に相当する「国連SASAKAWA防災賞」を、2008年に日本人で初めて受賞。関西大学社会安全学部の特別任命教授の他、阪神・淡路大震災をきっかけとして設立された「人と防災未来センター」のセンター長を兼務する。著書「これからの防災・減災がわかる本」(岩波ジュニア新書)は、防災の入門書として広く読まれている

「最近の傾向として、運転中に自然災害に巻き込まれる被害が非常に大きくなっています。2019年の台風19号による犠牲者のおよそ半数が、実は車に関係しています

こうした現状は、災害に対する知識や防災への意識の不足によると河田氏は強調。 例えば大雨警報や洪水警報が出ていて川が増水している状況にも関わらず、多くの人が普段どおりに車を運転してしまうことが原因だという。

「日本の河川の堤防は土でできています。そこにアスファルトを舗装し、堤防の上に道路を作っているのです。だから川が増水すると、堤防の中の土は河川の水が浸透してゆるんでいます。そこに重い車が走れば、突然道路が凹むことも起こりえます。実際に堤防から車が川に転落し、乗っていた家族4人が亡くなった事故が報道されました。これは運転を誤って川に転落したというよりも、道路が凹んでタイヤが落ち、とっさにハンドル操作を誤ったことが原因だった可能性が高いのです」
 

普段は便利なカーナビが災害時に危険を招く!?

大雨や台風では河川付近だけではなく、 実は都市部にも危険が多く潜んでいる。日本の下水道はおおむね1時間に50ミリの雨量までは処理できるが、それを超えると雨水がマンホールから逆流。道路が浸水し、アンダーパスやガード下など周囲より低い場所はすでに水がたまっている可能性が高い。

「1時間に50ミリ以上の雨が降ると、大雨警報が発令されます。そうなったら道路が浸水していると思わなければなりません。運転中は道路の高低差にあまり関心が向きません。いつも通っている道路は慣れているので、大雨が降っても運転に関係がないとか、大丈夫だと思いがちです。しかし、大雨が降ると低い土地には水がすぐにたまります。そうした心配がないと、いきなり水がたまっている所に車で突っ込んでしまうのです」
 

「東海豪雨災害時」の被害写真 ▲2000年9月11日の「東海豪雨災害時」には午前3時半頃に名古屋市の西端を流れる新川が氾濫。路上駐車中の車は約1.2mも浸水した

また、普段は何げなく使っている便利なカーナビも、災害発生時には危険を招く可能性があるという。

災害時は、カーナビを頼りに土地勘のない場所を運転するのは非常に危険です。例えば、こんな事故が実際に起こっています。母娘2人が車で高速道路を走行中に大雨警報が発令。通行止めとなり、最寄りのインターチェンジで降りました。そこから一般道で当初の目的地までカーナビを頼りに向かったのですが、川沿いの道中で川が増水して溢れ、車ごと流されてしまい、亡くなりました。大雨で川が増水しているとき、その付近だけ堤防がなくて昔から浸水しやすかったので、地元の人なら絶対に通らないような道だったそうです」

こうしたケースでは「高速道路が通行止めになりインターチェンジで降りた時点で、速やかに安全な場所に停車して情報を収集するべきです。注意しないと避難した駐車場が水没することがあります。2009年の佐用水害では中国自動車道が通行止めになり、佐用インター出口付近にある佐用町役場の駐車場に止めていた車が、川の氾濫によって町役場もろとも水没しました」と河田氏。

「高速道路が通行止めになったということは、このまま運転を続けてはいけないというサイン。それは、一般道が安全だと言っているわけではありません。しかしスピードを落としてゆっくり走れば大丈夫だと思いがちです。しかもカーナビがあるから、土地勘のない場所でも先へ進んでしまう。 災害の知識が乏しいゆえの状況判断は、とても危険なのです
 

大丈夫? と思ったときが知識を得るチャンス

台風や大雨が近づいているが、どうしても車で出かけなければならないとき、もしくは運転中にそれらに遭遇したとき、どのように対処すべきなのだろうか。

リスクがあっても運転すべきか、やめるべきかを判断しなければなりません。判断するためには知識が必要です。だから、そのときしっかり調べてください。『大丈夫だろうか?』と思ったときは、知識を得るチャンス。災害のリスクや防災知識は、スマホで簡単に調べられます。どうしても車で行かなければならないなら、事前にどのルートを通るのが安全かチェックしてください」

そしてリスクを想定したうえで車を運転する判断をしたなら、通常モードではなく災害モードに頭を切り替える。災害を意識してスピードを控えめにして『いつもとは違う、危ない』という感覚を常にもち続ける必要がある。もちろん、不要不急の運転をやめるといった判断を下す勇気をもつことも忘れてはならないと、河田氏は続けた。
 

ハザードマップをしっかり確認しよう

大雨や台風に限らず、地震や津波なども含めて、あらかじめ災害に巻き込まれるリスクを回避するための知識や情報を得るには、どんな方法があるのだろうか。

一番良いのはハザードマップを確認することです。ハザードマップは、そのエリアで起きた災害をベースに作られています。ほとんどの自治体で用意しているので、住んでいる場所でどのような災害が発生しうるのか調べておきましょう。洪水が起こったときの浸水範囲だけでなく、浸水深にも注意しましょう。深いところほど危ないのです」

さらに中山間地域などに住んでいる場合は、近場で山が開けていて小高い平地で川が溢れても浸からないような場所がどこにあるかチェックすべきだ

「万一、家にとどまることが危険な状況であれば、そうした近場の安全な場所に車で避難する方が、わざわざ遠くの避難所へ行くよりリスクを抑えられます。また、台風の場合はいつ頃から大雨になるのか、強い風が吹くのかといった情報は特に重要。日頃から天気予報に関心をもっておくことが大切です」
 

ハザードマップポータルサイト ▲国土交通省が運営する「ハザードマップポータルサイト」(画像引用)。各市区町村の制作したハザードマップをはじめ、日本全国の災害情報を収集できる

もし車を運転中に災害が発生した場合、どのような行動を取ることで被害を回避、軽減できるのだろうか。

「様々なケースが考えられますが、まずは水に関して。車を運転している最中、水が流れている道路に来たら水の流れている方向と直角方向に向かって逃げてください。それに関連して、土砂災害や浸水で車が立ち往生した場合、車から脱出したら、まず回りを眺めてできるだけ水平方向、もしくは今いる場所より少し高い所をめがけて避難しましょう」

一方で運転中に地震が発生したときは、地震の揺れより前後の車両との追突が一番危険だ、と河田氏は忠告する。

「慌ててブレーキを踏むと後続車に追突され、大きな事故になります。追突事故を避けることを第一に考え、前後左右の車両に注意しながら安全な場所に待避してください。もちろん少しでも考え事をしながら運転してはいけません。瞬時に反応できないからです」
 

車両保険に加入することも重要な自助努力のひとつ

では万一、車が土砂災害に巻き込まれたり、水没してしまったりした場合は、どうすればいいのか。

まずは自分の身を守ることに最大限の努力をしてください。スマホで助けを呼ぶのは後です。車内に居続けるのが一番危険です。すぐに車外へ脱出して、安全な所に移動してください。特に大切なものは普段から身に着けておきましょう。カバンやバッグはとっさの場合、忘れがちです」

こうした事態を想定し、日頃から車を運転するときの服装や防災備品を車内に積んでおくことも大事だ、と河田氏は言う。

「もし車が立ち往生したのが夜だった場合、懐中電灯がなければ避難もままなりません。また、車から体ひとつで逃げることを想定し、スニーカーなど紐靴で運転する方が良いです。家から車で家族と一緒に避難しなければならないケースも考えて、ペットボトルの水や日持ちする備蓄用品、5~6mのロープや細引きを車のトランクに積んでおけば安心です。傷薬や目薬、ウエットティッシュなど、災害に遭ったときに必要で場所を取らない物は、ダッシュボードに入れておきましょう。それから、道路が浸水して停車を余儀なくされた場合、人によっては車外に出るだけで怖くて身がちじこまることも。避難するときに手をつなぐだけでは不十分です。ロープや細引きで腰同士を結び合ってください。そして、給油するときは必ず満タンを心がけましょう。渋滞が長く続くと燃料切れが心配です」

自身や家族の命はもちろん、災害から愛車を守るためには、日頃から防災意識をもって正しい知識を身につけることが重要だと、河田氏は繰り返す。

「自助・共助・公助といわれますが、災害から身を守るためには自助努力が一番大切です。愛車を守るなら車両保険に入るということも、重要な自助努力のひとつ。災害が起きたときに安全を考えても手遅れになります。だから起きる前に、正しい知識を身につけ、日頃から準備しておくことが、命と愛車を守るのに一番効果的です」
 

文/中野剛、写真/河田惠昭、編集部、国土交通省、PIXTA