これから価値が上がっていくだろうネオクラシックカーの魅力に迫るカーセンサーEDGEの企画【名車への道】
クラシックカー予備軍たちの登場背景や歴史的価値、製法や素材の素晴らしさを自動車テクノロジーライター・松本英雄さんと探っていく!
自動車テクノロジーライター。かつて自動車メーカー系のワークスチームで、競技車両の開発・製作に携わっていたことから技術分野に造詣が深く、現在も多くの新型車に試乗する。「クルマは50万円以下で買いなさい」など著書も多数。趣味は乗馬。
貴重で優雅なラグジュアリースポーツはグランプリカーの系譜を継ぐ
——松本さん、今回もまた際立ったモデルを用意しましたよ。以前にリクエストがあったアルファ ロメオです。あまりに見つからなくてしばらく忘れてたんですけどね。当企画で度々お世話になっているビンゴスポーツさんにあったんですよ。
松本 あのお店は本当に凄いモデルばかりあるからね。アルファ ロメオだって数台あったけどその中でも極めつけと言われれば、6C 2500 スポーツじゃない? これを在庫していることに本当にびっくりしたよ。そもそも撮影をOKしてくれたの?
——そうなんですよ、ありがたい話ですね。でも、僕は6C 2500 スポーツの後は何て読むのかわからないのですが……。フリッチャー? ドーロ? イタリア語ですよね?
松本 フレッチャー ドーロ(Freccia d`Oro)というんだよ。英語だとゴールデンアロー、黄金の矢という意味だね。
——聞いたことありますねぇ。ゴールデン・アロー賞ってのがありますもんね。凄いと理解しておけばいいんですか?
松本 ホントにキミは成長しないね(笑)。黄金の矢だよ? 特別以外の何ものでもないじゃないか。
——なるほど……。あ、こちらの車ですね。なんかいでたちがすでにちょっと違いますね。
松本 最高じゃない。見つけようとしても見つからないアルファ ロメオだよ。アルファ ロメオの名前って今じゃあまり重みがないように思うかもしれないけど、1910年代からグランプリレーサーを作っていたメーカーだからね。当時の最高峰といっていいブランドなんだ。1924年に登場したP2というグランプリカーは、泣く子も黙るスーパーカー「フェラーリ」を作り上げたエンツォ・フェラーリなどがステアリングを握って勝利を収めたんだよ。6C 2500 スポーツ フレッチャー ドーロはその流れをくんだモデルといっていいね。
——そういう系譜なんですか?
松本 それらの心臓部を作ったエンジニアが、伝説の男ヴィットリオ・ヤーノなんだよ。君も知ってるよね? これはエンスージアストなら誰でも知ってる偉人だよ。
——それくらいは知ってますよ。フェラーリの12気筒といえばヤーノ氏の設計、といわれているくらい貢献度が高いデザイナーですよね?
松本 おー、よく覚えてるね。それで話を戻すけど、P2はアルファ ロメオの戦前における黄金期を作ったといってもいいね。他にも6C 1750 MMなどもあったんだ。MMとはやはり伝説の公道レース「ミッレミリア 1000マイルレース」からつけられたんだ。戦前の高性能なアルファ ロメオは、エレガントなスポーツモデルを単座のボディに載せ替えればGPに出場できたんだよ。アルファ ロメオは元々、モンスターのような高価で高性能なモデルのみを作っていたメーカーということなんだ。
——へー。話は変わりますが、松本さんはこの年代のアルファ ロメオにも乗ったことがあるんですか?
松本 戦前のモデルは運転したことはないね。でも、モントレーで座らせてもらったことはあるよ。ベロアのシート生地が上品でね。クーペタイプだったけどつり天井も美しかった。馬車を作っていた歴史がもたらした造形なんだろうね。でも戦後に作られた1952年の1900ベルリーナには乗ったことがあるよ。購入しようと思って乗せてもらったけど、重厚感は格別だったね。エンジンが調子悪くてけん引しながら運転させてもらったんだけど、ステアリングの切れ角がなくてさ。ガードレールに擦りそうになったよ。ちなみに当時は500万円しなかったね。
——いい時代だったんですねぇ。
松本 6C 2500シリーズだけど、この車には様々なモデルが存在したんだ。エンジン出力は通常85psなんだけど、145psまで高めたコンペティツィオーネモデルもあったんだ。それほどポテンシャルの高いユニットだったということだね。DOHCの6気筒は72mm×100mmというロングストロークながらレースでの耐久性も十分。素材や精度の管理がハイレベルだったんだろうね。
——そういうものなんですか?
松本 ロングストロークはピストンスピードが速いから、摩耗などのハンディキャップがあるんだよ。それでも耐久性を確保していたわけだから、さすがGPエンジンの血統といえるだろうね。
——ボディの素材は何ですか?
松本 当時はアルミボディが多かったけどフレッチャー ドーロはスチール製だったんだよ。重量はかさんだけどフレームとボディを溶接接合していたから、剛性が高いそうだよ。デザイン面でいってもアルミ合金では伝わらないフォルムで、上品さが一層際立っているよね。さらに言うと、フレッチャー ドーロはサスペンションも非常に進歩的なんだ。なんと前後独立懸架だったんだよ。その後発売した1900やジュリエッタはコイルスプリングによるリジッドアクスルだからね。そしてリアのサスペンションはポルシェ設計事務所のリアアクスルを採用していたんだよ。
——ポルシェとアルファ ロメオって関係あったんですね。
松本 関係があったなんてもんじゃないよ。ポルシェ設計事務所のエンジニアが、後にアルファ ロメオの社長になったりしているからね。1970年代にアルファ 6というモデルがあったんだけど、このV型6気筒のメカニズムはポルシェが設計したアウトウニオン V16ユニットのシリンダーヘッドに非常に似ているんだ。そこでも間違いなく関係があっただろうね。
——中身も本当に凄い車なんですね。
松本 そうだよ。サスペンションだけでなく、強力な大径アルフィンドラムブレーキも使っているんだ。しかも油圧だよ?
——なんとなくわかってはいましたが、希少なモデルなんですねぇ。
松本 1947年から1952年までハンドメイドで年間100台ほどが作られ、総生産台数は680台。戦前の超弩級モデル同様の作り方だったみたいだね。調度品も素晴らしいよ。購入者はモナコ王子をはじめとする王族やセレブの面々だったんだ。現存するのは500台後半ともいわれているそうだけど、正真正銘のエリートが購入したケースがほとんどだから、それらの人たちと同じ時間を過ごせることもこの車の大きな価値になるんじゃないかな。目に触れるだけでも気持ちが優雅になる、そんなモデルがフレッチャー ドーロなんだよ。
アルファ ロメオ 6C 2500 スポーツ フレッチャー ドーロ
1925年に発表された6C 1500から始まる6気筒エンジンを搭載する6Cシリーズ。伝説のレーシングカーであるP2と同様、ヴィットリオ・ヤーノが手がけている。6C 2500 スポーツをベースに、第2次世界大戦後に登場したのがこの“黄金の矢(フレッチャー ドーロ)”と呼ばれるラグジュアリーなスポーティモデルとなる。6気筒DOHCエンジンを搭載し、最高速度155km/hを誇った。
※カーセンサーEDGE 2024年5月号(2024年3月27日発売)の記事をWEB用に再構成して掲載しています
文/松本英雄、写真/岡村昌宏
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