【功労車のボヤき】全然納得できないし信じられないけど……安いの……泣! プジョー 406クーペ
2020/11/13
――君には“車の声”が聞こえるか? 中古車販売店で次のオーナーをじっと待ち続けている車の声が。
誕生秘話、武勇伝、自慢、愚痴、妬み……。
耳をすませば聞こえてくる中古車たちのボヤきをお届けするカーセンサーEDGE.netのオリジナル企画。
今回は、気づけば絶滅危惧車になっていたプジョー 406クーペです。
名門カロッツェリア、ピニンファリーナが手がけた最も美しいクーペ
フェラーリやマセラティなど歴史に残る数多くの車を手がけてきたイタリアの名門カロッツェリア、ピニンファリーナ。
みなさんご存じ?
どれも官能的とも言える美しいフォルムをまとった名車たちは、昔も今も車好きにとって永遠の憧れ……。
そんなキラ星のごとく輝くピニンファリーナの作品群の中で、「最も美しいクーペ」と呼ばれたのが、なにを隠そう私、プジョー 406クーペなの。
もう一度言わせてもらいますわよ。
フェラーリやマセラティといった様々な名車たちを“押しのけて”、「ピニンファリーナが手がけた最も美しいクーペ」との呼び声高いのが私、プジョー 406クーペ。
ちなみに私のデザインを担当したのは、当時ピニンファリーナに在籍していたダビデ・アルカンジェリ氏。彼が、フェラーリ 360モデナやBMW 5シリーズ(E60)をデザインした伝説のカーデザイナーといえば、私の飛びぬけた美貌もご理解いただけると思うの。
プジョー 406と聞くと、「あぁ、映画『TAXI』で街中を爆走しまくってた車ね」とおっしゃる殿方が多いと思いますけど、あれは同じ406でもプジョー内でデザインされたセダン。406にはセダンの他にステーションワゴン版のブレークというのもあったわね。
だけど、クーペの私は彼らとはまったくの別ものなの。
エクステリア部分に彼らセダンやブレークと同じパーツは一切使っていませんの。
私の美しいフォルムは、専用設計によって生み出されているということね。
日本に正規輸入されたのは1グレードのみで、2.9LのV6DOHCエンジンに、ブレンボ製キャリパーやプジョーとレカロが共同開発した本革シートを標準で装備させてもらっていたわ。
しかもデザインが美しいだけでなく、大人4人がきちんと座れて、トランクにはゴルフバッグを収めることもできたから、高級でありながら実用的なクーペとして評論家先生や自動車メディアの注目を集めましたのよ。
新車価格は515万円。もちろんダッシュボードには私らしさの誇り、輝かしい「ピニンファリーナのエンブレム」を飾らせていただいていますの。
この国の人たちはクーペの価値がわかっていらっしゃらないのかしら?
あぁ、それなのに……。そんな私なのに……。
久しぶりにみなさんどうしていらっしゃるかしらと、それとなくカーセンサーnetで探してみたところ、たったの5台しか見当たらないの……。
「ピニンファリーナが手がけた最も美しいクーペ」と、あれだけ称賛されていた私たちなのに!
しかも、平均価格80万円台とはいったいどういうことかしら。この国では私たちそんなに安く見積もられているの?
もしや日本の人たちには、私どころかクーペという「美ジャンル」の価値がわかっていらっしゃらないのではないかしら。
私たちが日本にやって来たのは1998年。
たしか、当時の日本では日産のシルビアさんやホンダのプレリュードさんたちが大人気と聞いていたの。
だから、「華麗さなら絶対負けないわ!」と勇んでピニンファリーナのエンブレムを引っさげて祖国フランスを発ったのよ。
でもいざ乗り込んでみたものの、その頃はすでに華々しいバブル景気は過ぎ去っていた気が……。
思い起こせば、幅を利かせていたのは華麗さのかけらもない四角いミニバンばかりだったような気がしてきたわ……。
そもそもシルビアさんにしてもプレリュードさんにしても、若い人たちに「デートカー」として人気があったらしいけれど、そんな若者たちが親となりミニバンに乗り替えていたのよね……。
当然、華麗な2ドアクーペの人気は、まさにバブルのようにとっくに消え去っていたということ。
昔のこととはいえ、冷静に思い出せば出すほど頭痛がしてきたわ……。
あと10年早く日本でデビューしていれば、と言ってくださる方もいらっしゃったけれど、結局消え去ってしまう運命は同じだったんじゃないかという気もしてきたわ。
若い頃には、ごっついミニバンやワゴンに荷物をどっさり積み込んで仲間と一緒に海へ山へと繰り出し、年を重ねたら上質な美しいクーペをさりげなく優雅に乗りこなす。
私の故郷では当たり前のそんなカーライフスタイルが、どうやらこの国では真逆のようね。クーペは若者のための車であり、年を取った元若者は安楽で便利なミニバンを選ぶ文化なのよ。
だから、この国のクーペに求められるのは、いつだって若者好みの派手さや速さであって、上質さや美しさではない……。
あらためて思うの。もしかしたら、この国は大人がいない国じゃないかしらと。
だってクーペとは大人の車だと思うから。
もしかしたら街を行き交う車のデザインが、その国の精神年齢を映し出す鏡なのかもしれないわね。
違いのわかる紳士淑女たちが大切に乗り継いできたクーペだからこそ
日本に来てから20年。
この国もずいぶん変わったわ。街にはオシャレな建物が次々と建ち、人々はそれぞれに豊かなライフスタイルをエンジョイしているように見える。
もしかして、今なら美しいクーペに乗ってみたい、と思っている方たちがいるに違いない。
そして、きっと困っていらっしゃる。
素敵な大人のクーペがなかなか見当たらないと。
そんな貴方にこそ私を見つけてもらいたいの。
数はめっきり少なくなってしまったけれど、あのピニンファリーナが手がけた美しいプジョー 406クーペである私がおりますよ、と。
しかも、私自身はいまだに納得していないし信じられないけれど、今となっては新車の軽自動車より安いくらいの値段でお求めになられますわよ、と。
でも、20年も前の車だろうって?
では、質問です。
目の前に世にも美しい壺があったら、貴方は粗雑に扱いますか?
そんな方いないですわよね。
同じように、美しいデザインの車を粗雑に扱う人は少ないはず。
違いのわかる紳士淑女たちが優雅に、そして大切に乗り継いできてくださった希少なクーペだからこそ、程度のいい中古車が残っているのではないかしら。
美しいものは、時を経ても美しい。
若い頃にピカピカに光っていたあの方も、ほら、今なお輝いていらっしゃる。
むしろ時を経たからこそ、より美しく映えるのかもしれませんわね。 貴方も私も。
ワインの味わいが深まっていくように……ね。
ライター
夢野忠則
自他ともに認める車馬鹿であり、「座右の銘は、夢のタダ乗り」と語る謎のエッセイスト兼自動車ロマン文筆家。 現在の愛車は2008年式トヨタ プロボックスのGT仕様と、数台の国産ヴィンテージバイク(自転車)。
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