▲平成14年に登場したWiLL サイファ。トヨタで初めて情報通信サービスG-BOOKに対応、従量課金制リースを採用するなど、斬新なのはデザインだけではなかった ▲平成14年に登場したWiLL サイファ。トヨタで初めて情報通信サービスG-BOOKに対応、従量課金制リースを採用するなど、斬新なのはデザインだけではなかった

スポーツカーが一斉に姿を消した年

平成14年(2002年)は全国の車好きが、ちょっと寂しい思いをした年。

いすゞ・アスカが19年の歴史に幕を……って、チガーウヨ。

ほとんど誰もそんなの気にしてなかった(いすゞファンの皆さんゴメンナサイ)。

日産 スカイラインGT-R(スカイライン10代目)、シルビア(3代目)、マツダ RX-7(3代目)など名車とうたわれるスポーツカーたちが一斉に生産終了した年なのです。

これは、2000年に施行された排出ガス規制をクリアすることができなかったため。

もちろん、各自動車メーカーが本気になれば余裕でクリアできたはずなのですが、当時スポーツカーの市場はすでに小さくなっており、コストをかける必然性を見出さなかった、ということでしょう。

事実、ホンダのNSXやS2000はちゃんとクリアしましたからね。
 

アザラシの出没情報に一喜一憂(ヒマかっ)

▲平成14年、東京・神奈川の県境である多摩川などに出没した「タマちゃん」は大フィーバーを巻き起こし、癒やしキャラブームの火付け役にもなった。なお写真は「タマちゃん」ではなく、動物園にいる普通のアゴヒゲアザラシ ▲平成14年、東京・神奈川の県境である多摩川などに出没した「タマちゃん」は大フィーバーを巻き起こし、癒やしキャラブームの火付け役にもなった。なお写真は「タマちゃん」ではなく、動物園にいる普通のアゴヒゲアザラシ

……と、いつもは時事の話から入るのに、今回はいきなり車の話からスタートした【平成メモリアル】。

さて、平成14年編とまいりましょう。

21世紀になって2年目ということで、ついに鉄腕アトムが空飛ぶ時代が来たか、と期待しましたが、市民のライフスタイルはそこまで劇的には変わりませんでした。

Amazonも当時は、まだ本しか買えなかったからね。

一般ピープルは長引く不景気に疲れちゃったのか、癒やしを求める傾向に。

シンボリックな存在となったのが、あの「タマちゃん」ですよ。

多摩川に現れたアザラシだから、タマちゃん。

ちなみにゴマフアザラシじゃないからね(あれはゴマちゃん)、アゴヒゲアザラシだからね。

あまりの大フィーバーに、横浜市西区ではタマちゃんに特別住民票(正式じゃないやつ)を発行して、「ニシ タマ」なんて氏名まで与えちゃったんだから。

「ニシなんて名字じゃないわい!」と内心怒ってたかもね(まあ、タマでもないだろうけど)。
 

世の中の価値観も変化した2002年

▲2002年、それまでの「看護婦」という呼び名から「看護師」へと公式名称を統一。ポリティカル・コレクトネス(差別や偏見を防ごうってことネ)への意識が日本でも高まっていった時代だった ▲2002年、それまでの「看護婦」という呼び名から「看護師」へと公式名称を統一。ポリティカル・コレクトネス(差別や偏見を防ごうってことネ)への意識が日本でも高まっていった時代だった

北朝鮮に拉致されてた邦人5人の被害者が無事に帰国したり、大手都市銀行の再編が進んだりと、ニュースには事欠かなかった2002年。

車も前述の排出ガス規制強化による影響で、新型車がたくさん登場しました。

トヨタ アルファード(初代)や日産 エルグランド(2代目)などのミニバン、トヨタ ハイラックスサーフ(4代目)やランドクルーザープラド(3代目)などのSUVだけでなく、マツダ アテンザ(初代)などのセダンも豊作。

中でもとびきり個性的だったトップ3を発表します!

トヨタ WiLL サイファ|モチーフとなったのは今流行のアレ

▲若い世代向けという共通コンセプトが設定されていたWiLLプロジェクト。WiLLサイファの外観は見た目にユニークだけでなく、実はCd値(空気抵抗係数)も優秀 ▲若い世代向けという共通コンセプトが設定されていたWiLLプロジェクト。WiLLサイファの外観は見た目にユニークだけでなく、実はCd値(空気抵抗係数)も優秀

第3位は、トヨタのWiLL サイファ。

名車だったか?

と問われると、正直違うと思います。

でも、ひときわユニークで、時代を象徴する存在でした。

WiLLというのは1999年に自動車メーカーや家電メーカー、飲料メーカーなど異業種企業が合同で立ち上げたプロジェクトで、若い層のニーズを狙った商品戦略、デザインワークを特徴としたものでした。

自動車メーカーではトヨタが参加し(各業種一企業という決まりだった)、2000年にWiLL Vi、2001年にWiLL VSを発売。

続く第3弾として企画されたのが、WiLL サイファだったのです。

初代ヴィッツをベースとした中身については、別段語るところもありません。

特別だったのはデザイン。

デザインモチーフを聞いて驚くなかれ、「ディスプレイ一体型ヘルメット」なのです。

なんじゃそりゃーって感じですが、当時の開発者コメントで「SF映画に登場するような」と説明しているから、今でいうVRゴーグルのことでしょう。

なんじゃそりゃー。

販売方法も斬新でした。

通常の一括払いやローンに加え、従量制のリース方式(基本料金+走行距離によって月額リース料金が決まる)を選ぶことができたのです。

当時、携帯電話の支払いプランですでに普及していた従量制を、車に応用しちゃった面白い例。

まあビジネス的には失敗したそうですけど。

日産 フェアレディZ|日産のアイデンティティを打ち出した復活劇

▲現代でも十分に通用する洗練されたフォルム、走行性能をもつフェアレディZ。AT車には変速時にエンジン回転数を合わせるシンクロレブコントロールを採用(2004年) ▲現代でも十分に通用する洗練されたフォルム、走行性能をもつフェアレディZ。AT車には変速時にエンジン回転数を合わせるシンクロレブコントロールを採用(2004年)

続く第2位は……たまにはスポーツカーも選びましょう。

日産の5代目フェアレディZなんてどうですか?

先代までの2シーターまたは2+2(後席狭めの2座)というラインナップを見直し、2シーターのみにした潔いモデル。

もちろんスポーツカーとしては超優秀(ちょい車重が重めですが)でした。

成り立ちもユニークで、4代目の販売開始直後からすでに次期型の開発がスタートしていたにも関わらず、バブル崩壊によりスポーツカーの需要が低迷したことで計画が頓挫。

4代目が生産終了し、2年間の空白を経て復活したのです。

日産の強みは技術、スポーツカーはそれが最も集約されるジャンルだ、復活させよう!(←コレあくまで私の予想)と声を上げたのは、誰でもなく当時のCOO(最高執行責任者)だったカルロス・ゴーンさん。

良い仕事したよね、うん……。

ライバルのトヨタ スープラやマツダ RX-7は2002年に生産終了してしまったけれど、フェアレディZは復活から現在まで継続されているのもスゴイ!
 

ダイハツ コペン|唯一無二の存在感を放った

▲お椀を伏せたようなエクステリアがかわいいコペン。前から見ても後ろから見ても同じイメージ ▲お椀を伏せたようなエクステリアがかわいいコペン。前から見ても後ろから見ても同じイメージ

さーて、平成14年のトップ(あくまで独断)の栄光は、ダイハツ初代コペンに輝きました!

1990年代初頭に平成ABCトリオ(マツダ オートザムAZ-1、ホンダ ビート、スズキ カプチーノ)が巻き起こした軽スポーツ人気に乗れなかったダイハツ。

10余年を経て登場したのが、コペンでした。

ABCトリオに比べると走りだけを追求するような厳格なデザインは薄れ、そのかわり昔のライトウェイトスポーツを思わせるノスタルジックでかわいらしい見た目が特色です。

前後シンメトリーに近い独特のボディデザイン。

気軽にオープン走行を楽しめ、クローズ時には快適な電動油圧ポンプを用いた自動開閉式のアクティブトップなど、他の軽にない魅力をたくさんもってる車でした。

カスタムの分野も大いに盛り上がり、カリッカリのスポーツカーに仕上げることも、雰囲気重視のクラシックカー風に仕上げることもできちゃう。

初代コペンの発売開始から17年、生産終了から7年たった今もファンが多い、紛れもない名車です。

去って行く車種も多ければ、新たに生まれた車種も多かった2002年。

走りの水準もデザインのクオリティも上がり、現代の感覚から見ても魅力的なモデルが数多く誕生しました。

鉄腕アトムほど一足飛びじゃなかったけど、確実に未来は来ていた……というわけですね。
 


▲スポーツウオッチのような意匠が大胆なWiLL サイファのインテリア。G-BOOK対応ナビが標準装備され、リース利用時の走行距離を自動的に送信、従量で課金するシステムを採用した ▲スポーツウオッチのような意匠が大胆なWiLL サイファのインテリア。G-BOOK対応ナビが標準装備され、リース利用時の走行距離を自動的に送信、従量で課金するシステムを採用した
▲2シーターのクローズドボディに加え、2003年にはロードスターも追加された5代目フェアレディZ ▲2シーターのクローズドボディに加え、2003年にはロードスターも追加された5代目フェアレディZ
▲これはダイハツ コペン。電動油圧ポンプで駆動されるアクティブトップの開閉時間は約20秒。軽自動車で屋根が自動開閉するオープンカーは国産車初だった ▲これはダイハツ コペン。電動油圧ポンプで駆動されるアクティブトップの開閉時間は約20秒。軽自動車で屋根が自動開閉するオープンカーは国産車初だった
text/田端邦彦
photo/田端邦彦、日産、トヨタ、ダイハツ、Adobe Stock