ランボルギーニ ウラカン テクニカ▲マセラティのスーパースポーツとして2020年にデビューしたMC20のオープンモデルであるCielo(チェロ)。車名のチェロはイタリア語で空を意味している

スーパーカーという特殊なカテゴリーはビジネスモデルとして非常に面白く、それ故に車好きを喜ばせるエピソードが生まれやすい。しかし、あまりにも価格が高額のため、多くの人がそのビジネスのほんの一端しか知ることができない。2020年に登場したMC20は開発時からオープンモデルの導入が考えられていたが、スーパーカーブランドの最新オープンカー事情はどうなっているの? マセラティを例にもとに考えてみたい
 

スーパーカービジネスでも繰り広げられるソフトとハードの攻防

ルーフのないオープントップモデルはスーパーカーにおいても人気の定番モデルである。

クローズドトップクーペのニューモデルが発表されると、その後にオープンモデルがデビューする場合が多い。近年はファブリックのソフトトップでなく、ボディパネルがパズルのように折りたたまれる“リトラクタブル ハードトップ”の秀逸なシステムが完成しているから、これを採用すればオープンモデルにおけるデメリットはほとんどない。デメリットを挙げるとすれば少々の重量増とデザイン的な制約があることか。ただし、ミッドマウントの場合、折りたたんだルーフで“ご神体”が隠れてしまう場合がある。

先日、ジャパンプレミアが行われたマセラティ MC20チェロの例で見てみよう。ルーフは12秒で開閉するし、スマートガラスウインドウが採用されている。これはスイッチひとつで透明度が変えられ、真っ黒にもなるし透明にもなる。周囲の環境や走行スピードなどに合わせて、キャビンの明るさを自由に選べるというワケだ。それでいて重量はクーペ比で65kg増に収まっているから大したものだ。

スタイリング的にはクーペとは一味違った処理が施されている。「スポーティでありながらも、質感の高いラグジュアリーな味付けをしました」とはデザイン・チーフのクラウス・ブッセ。そう、今やクローズドとオープンを最初から頭に入れてスタイリング開発を行うから無理のないディテールを作ることができる。MC20(クーペ)はリアのエンジンフードのグラス部分にトライデントをかたどった穴が設けられているが、チェロではそこのパネルにトライデントのリアルなロゴを配すことができる。要は2モデル用意することで顧客の選択肢を広げる要素を数多く提供できるワケだ。

かつてのオープンモデルはそうはいかなかった。少々の雨漏りなど当たり前だったし、経年変化によってファブリック製ソフトトップは縮んできたりする。トップを閉めるときは仲間の手を借りて思いっきり引っ張らなくてはいけなかったりした。それに、リアウインドウがビニール製だったりするとあっという間に傷だらけとなり後方視界は皆無となる。オープンモデルを選ぶためには相当な覚悟を要したのだが、現在ではどちらを選んでも実用性で大きな差はないというレベルになっている。

ただ、優れた機能をもつリトラクタブルハードトップも良いが、ファブリック製のソフトトップの風味も捨てがたい。特にそのファブリックの色をうまく選ぶととてもエレガントだ。それに、現在のソフトトップは優れた開閉メカニズムと遮音性を備え、オープン状態で風の巻き込みも少ない(リトラクタブルもこの点は同様だ)。マセラティで言うならグランカブリオは、生産終了となった現在でも人気はとても高いし、次期グランカブリオも同様なコンフィギュレーションになると予想されている。
 

ポルシェ 911ターボ(930型)▲オープンモデルになると突然デザインのバランスを崩すモデルも多いが……。MC20チェロの場合はその心配はない。瞬間的にルーフの色を変えられる高分子分散型液晶技術が採用されている
ランボルギーニ▲先に登場していたMC20のクーペボディ。クーペとオープンボディ、両バリエーションを想定して開発が進められていた
ランボルギーニ▲現在は新車ラインナップからは外れている4座オープンのグランカブリオ。中古車の流通量は20台ほどあり、車両本体価格600万~1900万円で探すことができる(2023年4月調べ)

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オープンカーの名称に「SPYDER」と「SPIDER」がある理由

ところでオープントップモデルには様々な名称がつけられている。コンバーチブル、カブリオレ、ロードスター、アペルタなどなど。ちなみに、マセラティにおいてはアーカイブを調べていくと「コンバーチブル」が社内で最初に用いられたようだ。グランカブリオは北米では語感の問題で、グラントゥーリズモ コンバーチブルと命名されたが、ここに歴史が生きているのかもしれない。

話を戻すと、その後はマセラティにおいてスパイダーという名称がメインに使われている。そもそもスパイダーの語源は定かではないが、低いボディに4つのタイヤが飛び出している様子(フォーミュラカーを思い起こしていただきたい)がクモ(SPIDER)に似ているから命名されたという説がある。いずれにしてもイタリア語のアルファベットにYはないからこれはエキゾチックなイメージを持った外来語として採用されたのだろうとも想像できる。

マセラティがYを使ったSPYDER派であるのに対して、フェラーリがIを使ったSPIDER派であるというのもマニアの間では有名なハナシだ。マセラティのロードカーはヨーロッパにおけるセールスがメインで、フェラーリは北米に大きなマーケットを早くから獲得していた。「フェラーリは主力の北米マーケットに対して、よりイタリア風をアピールするために“I派”となった」という説を唱えるカーヒストリアンもいる。

ちなみに、マセラティもデ・トマソ期のごく短い期間“I派”となったことがあり、数種類のカタログにSPIDERと書かれているからこれも不思議だ。先日、マセラティのアーカイブ部マネージャーとこの話をしたのだが、お互い「まあこの“I”はミスプリだという結論にしておこう」と曖昧な決着をつけ、大笑いしたのだった。
 

フェラーリ F40▲マセラティとして最後の「Y」がついたのが、写真のスパイダー(SPYDER)。1998年に登場したクーペのオープンモデルとして2001年から販売されていた
フェラーリ F40▲デ・トマソ時代のマセラティは車名がSPIDERとなっていた。写真は1965年のミストラル スパイダー

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文/越湖信一、写真/Maserati S.p.A.
越湖信一

自動車ジャーナリスト

越湖信一

年間の大半をイタリアで過ごしていた自動車ジャーナリスト。モデナ、トリノの多くの自動車関係者と深いつながりを持つ。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパンの代表を務め、現在は会長職に。著書に「フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング」「Maserati Complete Guide Ⅱ」などがある。