アルファ ロメオ ジュニア▲2024年4月に本国で発表された新型コンパクトSUV。ミトやジュリエッタのオーナーをはじめ、新規ユーザーをターゲットとしている。1.2Lエンジンを搭載したハイブリッドの「イブリダ」、BEV(バッテリーEV)の「エレットリカ」をラインナップする

快いサウンドや心地よい振動はないけれど

今年の4月に“ミラノ”という名前でジュニアがデビューしたとき、その姿を写真や動画で車の基本構成を知ったあなたはどう感じただろうか? これまでの流れを、ある意味ではブツッと断ち切ったかのように思えるルックスに驚き、バッテリーEVメインとなったことを嘆き、ちょっとばかり否定的な気持ちになったりはしていなかっただろうか?

アルファ ロメオがニューモデルをローンチすると、ちまたから最初に聞こえてくるのは、大抵が否定的な意見だったりする。アルファのファンには信仰心に近いような心持ちで情熱を傾けている人も少なくないし、自分の愛車や、あるいは憧れてきた名車たちに対して、こだわりが強い人も多く、どうやら新しいものをすんなりとは認めない傾向がある。

けれど、このジュニアほど否定の瞬間最大風速が大きかったモデルはないんじゃないか、と思う。発表直後にSNSなどで散々な言われようをしていたのは日本に限らず世界中で賛否の“否”がクローズアップされる議論が展開されたのだ。

正直に告白するなら、僕自身も最初に写真を見たときに頭の中に小さな疑問符が湧いてきた人間のひとり。アルファがモーター駆動であってもドライビングプレジャーのある車を作るということはトナーレで確認できているし、時代が時代だけにバッテリーEVがメインとなることに対しても諦言まじりではあるけど納得はしていた。ただ、さすがにこのスタイリングはアグレッシブすぎないか、という懸念めいた思いを払拭することはできなかった。
 

アルファ ロメオ ジュニア▲ブランドシグネチャーである縦型グリルのデザインも変更、3+3構成のLEDマトリックスヘッドライトが備わった
アルファ ロメオ ジュニア▲デザインはアルファ ロメオのデザイン部門「チェントロ スティーレ」が手がけている

ところが、だ。アルファ ロメオの聖地といえるバロッコのテストコースで初めて実車を目にしたときに最初に感じたのは、“写真で見るよりカッコいいじゃん”だった。美しいかといえば美しくはない。けれど、悪くない。そのシルエットが姉にあたるステルヴィオやトナーレのフォルムを継承しつつ進化させたものだということがわかるし、低く抑えられたルーフと豊かに張り出した4つのフェンダー、そして前後のフェンダーを滑らかに上下しながらつなぐショルダーのラインが、スポーティなハッチバックのような雰囲気を作り上げている。ボディサイドの凹凸の絶妙な面構成、なだらかにノーズに向かって落ちていくエンジンフード、厚みのあるフロントフェイスなどが、見る角度によってはグラマラスな印象を与えていたりもする。美しいとは感じていないのに、不思議と目が惹きつけられてしまうのだ。まるで今では歴史的な名車に数えられている、“醜いジュリア”と呼ばれた初代のジュリア ベルリーナや“イル・モストロ(=怪物)”とニックネームされた2代目SZみたいだな、と思う。

アルファのアイコンともいうべきスクデット(=フロントの盾の部分)もそうだ。大きな十字とビシォーネが透かし彫りのようになる新しい意匠は“プログレッソ”と呼ばれる高性能バージョンと上級仕様のためのものだが、これが写真では大きな違和感を生み出していた。けれど、照明でクローズアップされていない自然光の下で見てみたら、スクデットのブラックの色調や光沢感が悪目立ちしないよう巧みに抑えられていて、わりと自然に受けとめることができた。もうひとつ、ジュニアには三角形のメッシュの上に戦前のモデルのように筆記体のロゴが流れるレトロ風味の“レジェンダ”という意匠がある。保守的なところのある僕にはそちらの方が好ましく感じられているのだが、これはベーシックなモデルのためのもので、今回の試乗車はラインナップの中で最も高性能なジュニア エレットリカ280ヴェローチェのみだったため見較べることができなかった。それでもアルファ ロメオが若く新しいユーザー層を開拓するためのプログレッソは、なかなか悪くない。この時点で僕の中の小さな疑問符は消えたも同然だ。
 

アルファ ロメオ ジュニア▲ボディサイズは全長4173×全幅1505×全高1505mm(エレットリカ 280)

ならば肝心の走りはどうか。電動アルファにドライバーの心をわしづかみにするような“アルファ ロメオらしい”ドライビングプレジャーはあるのか。

たしかにハートを直撃するような快いサウンドはない。心を痺れさせるような心地よい振動もない。けれど、それをきっちりと補えるだけの楽しさと気持ちよさが、ジュニア ヴェローチェにはあった。僕が期待していたよりも、そして皆さんが想像するよりも、ジュニア ヴェローチェははるかにアルファ ロメオだったのだ。

ジュニアの基本骨格は、ステランティスのモジュラー型プラットフォームであるeCMP。ジープ アベンジャーやフィアット 600eと共通、ということはできる。けれど、ジュニア ヴェローチェにはアルファ ロメオならではのドライビングダイナミクスを作り上げるために様々な手が加えられていて、ブランド違いの姉妹車たちとは大きく異なる仕様になっているようだ。それを作り上げたのは、4Cや8C、GTA/GTAmなどを手がけてきたアルファ ロメオのエース、ドメニコ・バニャスコさんが率いるエンジニアリングチーム。バニャスコさんによれば、サスペンションのジオメトリーと構造の一部を変更、アップライトを専用設計、油圧ストッパー付きのダンパーを採用、BEVとしてステアリングギア比をクイックな14.6対1に設定、フロントブレーキにφ380の大径ディスクを選択、さらにはトルセンDと呼ばれる機械式LSDを新開発して搭載、と多岐にわたっている。トルセンDは、2006年に147で初めて導入したQ2システムと呼ばれる“トルク感応型機械式LSDの働きを電子制御する仕組み”を大幅に進化させてきたものだという。

僕はジュリアGTAmをテストドライブしてバニャスコさんの仕事に心酔した経緯があるから、期待感をプクッと膨らませながら走り出した。
 

アルファ ロメオ ジュニア▲エレットリカは54kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載。エレットリカ 280は最高出力280ps/最大トルク345N・mのモーターでフロントを駆動、一充電走行距離を322~334km(WLTP)となる

今回はバロッコのテストコースの中にあるミスト・アルファといういつもの高速主体のサーキットの他、ランゲ・サーキットと呼ばれるアップダウンや様々な曲率のコーナーといったいろいろな種類の路面からなる複合技を備える一般道を模した20kmほどのコースを走ることができた。

まずランゲのコースを走り始めて最初に喜びを感じたのは、あらゆる部分で感じられる滑らかなフィーリングだった。バッテリーEVは加速が滑らであることが当たり前ではあるけれど、ジュニアのそれはクラスで最も上質といえるほどの気持ちよさ。電動パワーステアリングのフィールもよく作り込まれていて、切り込んでいくときの感触がとても心地いい。さらに、乗り心地もピッチングやロールが適度に抑えられていて快適だ。サスペンションはどちらかといえば硬めだが、それを受けとめる車体がかなり強固で足がよく働くから、ドライバーに余分な動きをさせない。これもまたクラスを越えた上質な乗り味といえる。バニャスコさんは“ジュニアはファミリーカーだからね”なんて笑っていたけれど、その点でも及第点をはるかに超えている。

けれど、最大の喜びはやっぱりハンドリングだった。アルファは、燃料消費やCO2排出量の問題により個性的な内燃エンジンを作りにくくなってから、とりわけこの部分にこだわっている。だからスポーツセダンのジュリアはもちろん、SUVとして姉にあたるステルヴィオやトナーレも、ハンドリングフィールがとてもドラマチックなのだ。そして末妹にあたるジュニアも、姉たちにまったく負けていなかった。

ステアリングを切り込んでいけば、間髪入れずに前輪と後輪が同調するように俊敏に反応して旋回を開始し、狙ったラインを外すことなくピタリとなぞっていく。オーバーステアもなければアンダーステアもなく、侵入時にも脱出時にもタイヤは見事に路面をとらえ、まず姿勢を乱すことがない。トルセンDが利いているのだ。しかも、かなりの速度域でもグイグイと曲がっていくわりには、伝わってくるフィーリングに不自然さはない。トルセンDという飛び道具が組み込まれていることに気づかない人もいるかもしれない。だから曲がることが楽しい。曲がることが気持ちいい。ステルヴィオのような初期反応の強烈な鋭さはないしトナーレのようにロールが始まった瞬間から抉り込むようにして曲がっていく感覚も違うが、曲がることにまつわる一連の印象はステルヴィオやトナーレよりも、もしかしたら鮮やかかもしれない。

そこにはバッテリーEVならではの低重心と重量バランスのよさが好影響を与えている一方で、車重が1590kgとライバルたちより200kgほど軽いことも利いている。その軽さは、発進加速にも中間加速にもいい作用を与えている。ジュニア ヴェローチェは、スタートダッシュもコーナーからの立ち上がり加速も、軽快にして爽快だ。0→100km/h加速5.9秒、最高速度200k/hと、BセグメントのSUVとしてはかなり俊足な部類に入るだろう。

ボディサイズは、車高を除けばジュリエッタよりやや小さいくらいで、日本の環境にもマッチする。そのわりに室内空間も荷室も、十分に実用的といえる容量を備えている。そしてパフォーマンスと走らせる歓びは、アルファ ロメオそのものだ。正直なところ、もしバッテリーEVしか選べないのであれば、ついこの前までアバルト 500eが筆頭だった僕はジュニア ヴェローチェを選ぶことになるだろう、とまで感じ入ってしまった。

もはや、僕の中にジュニアに対する疑問は1gも存在しない。
 

アルファ ロメオ ジュニア▲グリルの仕立てはレジェンダとプログレッソという2種類を用意する
アルファ ロメオ ジュニア▲スポーティさを演出したインテリア。ディスプレイに機能を集約しつつも、ドライブモードなどのスイッチは残している
アルファ ロメオ ジュニア▲人工皮革を用いたヘッドレスト一体型シートを採用。パッケージオプション(スポーツパック)にはサベルト製シートも用意されている
アルファ ロメオ ジュニア▲前席シートバック形状が工夫されるなど、後席の居住性を向上させている
アルファ ロメオ ジュニア▲ラゲージ容量はクラス最大級となる400Lを確保している
文/嶋田智之 写真/ステランティス