フォルクスワーゲン ID.4▲フォルクスワーゲンがワールドカーと位置付ける、シンプルな内外装に必要十分な航続距離を備えたBEV。SUVスタイルに2種類のバッテリーを用意した。フォルクスワーゲンらしい仕立てで、軽快な走りを見せる

エンジン車から乗り替えても違和感のない運転のしやすさ

欧州で最も過激なBEV推進派だったフォルクスワーゲンの前CEOが従業員サイドとの対立の末、事実上の更迭となった事件は記憶に新しい。

特殊な株主形態ゆえフォルクスワーゲングループの経営陣は、常にその圧力にさらされ難しい判断を迫られているわけだが、それにしても電動化まっしぐらのCEOが解任されたとなれば“それみたことか”と内燃機関好きの旧来派が勢いづくのも無理はない。とはいうものの、実態はそう簡単な話ではなく、むしろフォルクスワーゲンの電動化戦略は一層スピードを増して進んでいく、ともいわれている。それはともかく。

グループの壮大なBEV戦略にあって、今一度足元を見つめれば、その基軸となっているのはMEBと呼ばれるリア駆動ベース(RR! ある意味先祖帰りだ)の電動プラットフォームであって、フォルクスワーゲンでいえばすでにID.3、ID.4、ID.5、ID.6、そしてID.BUZZと5種類の MEBベースのBEV市販モデルを発表済みだ。中でも、コンパクトハッチスタイルの(つまりBEV 界のゴルフだと誰もが納得する形の)ID.3は、昨年ヨーロッパで最も売れたBEVとなった。

とはいえ、エンジン車のゴルフに代わるBEVはID.3ではなかった。姿形大きさからはそうであっていいようなものなのだけれど、ハッチバックスタイルの需要がいまだ大きいと思われる市場は限定されており(というか欧州市場のみ)、ゴルフ人気が根強い日本市場であっても、新たなハッチバックモデルのニーズに対しては疑問を抱かざるを得ない。簡単に言ってしまうと、日本を含めた世界の主な市場は、今やSUVスタイルで回っているというわけだ。

そこで、フォルクスワーゲンはゴルフに相当するBEV のグローバルカーとしてミドルサイズのSUVスタイルをチョイスした。それがID.4であり、そのクーペスタイルのID.5である。ちなみに、ミニバン的要素も加えたロングホイールベース仕様のID.6は今のところ中国市場向けとなっているらしい。
 

フォルクスワーゲン ID.4▲52kWhのバッテリーを搭載するLiteと77kWhのProをラインナップ。まずはローンチ エディション(Lite 499万9000円、Pro 636万5000円)が発売された

フォルクスワーゲン製BEVラインナップの位置付けが理解できたところで、早速、日本へと上陸を果たしたID.4のファーストインプレッションをお伝えしよう。

見た目にはとてもあっさりしたデザインで、ID.3やID.BUZZのように強烈な印象を残すことはない。正直、あまりに引っかかりがなかったので、どんなカタチだったか思い出すのに苦労したくらい。新たな提案性がない、とでも言おうか。ビートルからゴルフへと、機能性とデザイン性で世界をリードするベンチマークを作ってきたメーカーの次世代メイン車種としては、いささか物足りないスタイルだというほかない。

それでも乗り込んでみれば、最近のフォルクスワーゲン車らしく、とてもシンプルなデザインで、しかも見栄えや質感にはかなり気を使ったように見受けた。外観があまりに地味だったので、むしろかえって座ってから頬が緩んだというか……。まさか狙ったわけじゃあるまい。

もっとも今後、自動車のデザインは確実にインテリア志向が強くなっていく。自分の分身として能動的に操る要素が減るため、結果的によりパーソナルな空間へのこだわりが増すからだ。例えば公共交通機関である飛行機や電車に乗るとき外観では選びませんよね、シートや内装装備などの快適性で選ぶことはあっても。
 

フォルクスワーゲン ID.4▲ロングホイールベース、ショートオーバーハングなスタイルを採用。ヘッドライトにはマトリックスLEDを採用したIQ.Lightを標準装備
フォルクスワーゲン ID.4▲ルーフスポイラーやリアディフューザーなども備わり、SUVとしては優れたCd値0.28を達成している

試乗したProは77kWhというバッテリーを積んでいる。これでリアアクスルに置かれた204ps&310N・mの電気モーターを駆動するわけだが、航続距離はWLTP(欧州モード)で522kmというから、今のところ必要にして十分な能力と言っていい。

メータークラスターに備え付けのダイヤル式シフトレバーでDレンジを選ぶ。慣れないBEVでは最初のひと踏みに要注意で、じわりと踏まなければならない。中にはいきなりロケット発進する車もあるからだ。電気の特性である瞬時のトルクの立ち上がりをBEVの魅力だと勘違いさせたメーカーの罪は重いと思う。

ところが、さすがは“車”を作り慣れたフォルクスワーゲンだけあって、バカみたいに突っ走る気配はない。もちろん踏み込んでやれば“おおー”という感じになるけれど、それにしても制御が緻密で自制が利いている。電気のコントロールが上手い。社会性を考えると、たとえBEVであってもこれまでどおり、ドライバーのコントロールしやすい範囲での加速性能としたいものだ。
 

フォルクスワーゲン ID.4ディスプレイに操作系を集中させ物理スイッチを廃止することで、インテリアはすっきりしたデザインとなっている。ブラウンカラーの人工皮革「レザレット」とシルバーのデコラティブパネルをアクセントとした
フォルクスワーゲン ID.4▲シフトノブとメーターディスプレイが一体化したデザインを採用

試乗した横浜みなとみらいの市街地は舗装路が結構荒れている。乗り心地テストには厳しい環境だが、逆にいうと評価にはもってこい。地元の日産車の多くがここで馬脚をあらわにするが、大きなタイヤを履いたID.4もまた、上手にいなしているとは言い難かった。路面さえ良ければ低重心で落ち着いた走りの印象をみせるのだけれども、ひとたび大きめのショックが入力されるとタイヤがしばらくぶるぶる震えてしまう。やや不快さがあった。

それ以外はフォルクスワーゲンらしい骨格のしっかりとした軽快な走りをみせる。いきなり乗っても運転しやすく、エンジン車から乗り替えても違和感ないレベルにまで仕上げてきたあたり、さすがはフォルクスワーゲンだ。BEVへの取り組みの本気度を垣間見た。ID.BUZZが楽しみでならない。
 

フォルクスワーゲン ID.4▲前席はヘッドレスト一体型のシートを採用
フォルクスワーゲン ID.4▲後席は60:40の分割可倒式とされた。ホイールベースが長いため、同サイズのエンジン車より室内が広い
フォルクスワーゲン ID.4▲ラゲージ容量は通常で543L、後席を倒せば最大1575Lまで拡大する
文/西川淳 写真/柳田由人

自動車評論家

西川淳

大学で機械工学を学んだ後、リクルートに入社。カーセンサー関東版副編集長を経てフリーランスへ。現在は京都を本拠に、車趣味を追求し続ける自動車評論家。カーセンサーEDGEにも多くの寄稿がある。

ライバル、テスラ モデルYの中古車市場は?

テスラ モデルY

アメリカのBEV専業メーカー、テスラのミドルクラスSUV。シングルモーター(後輪駆動)のRWDと、デュアルモーター(4WD)のパフォーマンスをラインナップする。運転支援システムのオートパイロットなど、先進装備も充実している。

中古車市場には約20台が流通。2022年6月に国内登場したモデルだけに相場下落はしておらず、走行距離も極めて少ない物件ばかり。言い換えれば品質面では選べやすい状況と言える。2022年11月時点で新車の納期が3ヵ月ほどなので、すぐにBEVの走りを楽しみたい方は中古車を検討してみてはいかがだろうか。
 

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文/編集部、写真/テスラモーターズジャパン