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富士山ハザードマップ改定に学ぶ噴火対策。その被害と必要な備え

富士山ハザードマップ改定に学ぶ噴火対策。その被害と必要な備え
2021年3月、富士山噴火時のハザードマップが改定されました。富士山の噴火は、その周辺だけでなく日本全体に深刻な被害をもたらす大問題。だからこそ、富士山ハザードマップを改定した富士山火山防災対策協議会の藤井敏嗣さんに取材。富士山ハザードマップをはじめ、富士山の噴火や対策についてお話を伺いました。
監修
藤井敏嗣

藤井敏嗣(ふじい としつぐ)。東京大学名誉教授。山梨県富士山科学研究所の所長。富士山火山防災対策協議会のハザードマップ検討委員会委員長も務める。岩石学とマグマ学の第一人者で、2008年には防災功労者防災担当大臣表彰、2010年には防災功労者内閣総理大臣表彰を受賞している。

 

富士山ハザードマップはどう変わった?

ハザード統合マップ

(引用元:山梨県「富士山ハザードマップ(令和3年3月改定) ハザード統合マップ」

2004年に作成された富士山ハザードマップ。17年ぶりに改定されましたが、なぜ今なのか? どこが変わったのか? どう活用されるのか? 防災マップの気になる点についてお聞きました。

Q.富士山ハザードマップを改定した理由は?

最近の調査で新たな事実が分かり、ハザードマップを見直す必要があったからです。前回のマップを制作した時点では、今から3200年前までの噴火を対象に火口跡や被害規模を調べました。当時の技術では、その年代までしかデータとして信頼できなかったんです。

しかし近年、調査が進んで約5600年前まで富士山の火山活動が詳細に分かるようになってきました。火山の寿命は数十万年から100万年で、5600年前というのは“最近の噴火”と位置付けられます。それは、次の噴火も同じような範囲に火口ができて、同じような規模の噴火になる可能性を示しています。

信頼できる調査結果を元に改定され、より詳細なハザードマップとなりました。

Q.富士山ハザードマップからの変更点は?

改定したハザードマップでは火口ができる可能性のある場所を追加。これまでより広い範囲が火口になることを想定しています。

例えば、最近の調査で富士山の北東側、山梨県富士吉田市の東富士五湖道路すぐそばにある「雁の穴(がんのあな)」近くに、約1500年前の噴火で溶岩を噴出した火口の跡があることが分かりました。さらに、富士山南西側の静岡県富士宮市、市街地に近いところにも新たに火口跡が見つかり、マップに追加しています。

以前のマップで示した「噴火する可能性のある範囲」は北西から南東に細長く延びる形でしたが、改定版では山頂を中心とした半径約13km圏内ほぼ全域にまで範囲が広がりました。流れ出る溶岩流も過去最大規模の噴出を参考にしたところ、以前想定した量の約2倍になる可能性が判明しました。

溶岩流の可能性マップ

(引用元:山梨県「富士山ハザードマップ(令和3年3月改定) 溶岩流の可能性マップ」

そうした調査データと、17年前より正確に表現できるようになった地形データを基に、溶岩流の流れ方などをシミュレートし直しました。結果、噴火が始まる火口の位置によっては、溶岩流が市街地により早く到達する可能性があることが分かりました。

さらに、溶岩流の到達範囲も従来の2県15市町村から3県27市町村に拡大されました。最大規模の噴火が発生した場合、富士山のある山梨県や静岡県だけでなく、神奈川県相模原市や小田原市にまで溶岩流が届くと予想されています。

Q.富士山ハザードマップは、どのように活用される?

富士山ハザードマップはあくまで防災計画の土台となる資料。今後このマップを元に各自治体が地域ごとの火山防災ハザードマップと地域防災計画を作成。富士山ハザードマップで示した噴火の規模や火口の場所を参考にして、避難計画を立てていきます。

というのも、実際の避難計画は、誰を対象とするかによって異なるからです。富士山の近くに住んでいる住民には、地域ごとの事情に配慮した詳細な避難計画が適切。一方で、観光客や土地勘がない人には簡潔な避難指示が分かりやすいでしょう。火口近くにいるであろう登山者には、危険な場所から速やかに逃げられるルートの提示が必要です。

つまり、多種多様な人に適切に情報を届けるため、その情報源として富士山ハザードマップは利用される予定。最新の情報に随時更新されるので、富士山噴火に関する情報は適宜チェックしてください。

【まとめ】富士山ハザードマップ改定のポイント

  • 火口は山頂付近に限らない
  • 道路の真下、市街地のすぐそばからマグマが出る可能性も
  • 溶岩流が神奈川県内に届く恐れがある
  • 改定版の情報を基に新たな防災計画は策定される
  • 富士山噴火に関する情報は適宜チェックする

富士山が大規模噴火したら、どうなる?

火山から吹き出すマグマ


富士山が大規模噴火した際は、いったいどれほどの被害をもたらすのか? 予測される被害の範囲や影響について教えてもらいました。

Q.富士山が噴火したら周辺地域はどうなる?

富士山は裾野が広く、想定火口範囲のどこに火口ができるかは噴火の直前まで分かりません。そのため火口の場所によっては、様々な災害を引き起こす可能性があります。

マグマが火口から流れ出る「溶岩流」をはじめ、高温の火山灰や溶岩片がガスや空気と混じって斜面を流れる「火砕流」や、火砕流が富士山の雪を溶かして土砂災害を起こす「融雪型火山泥流」などが発生。噴火の様式や規模によって被害は広範囲、かつ多岐に及ぶと予測されます。

溶岩流
 

【被害予測1】溶岩流で市街地が飲み込まれる

流れ出る溶岩流の量も膨大。貞観大噴火(864-866年)の際には13億m3(東京ドーム約1050個分)もの溶岩流が流れ出しました。溶岩流は1100℃以上の高温なので、たとえ規模が小さくても周辺に住宅や森林がある場合には火災を引き起こします。

さらに、山頂付近が火口になるとは限りません。直近の2300年間は山頂の火口でなく、毎回山腹に新たな火口を作って噴火を起こしています。山頂を中心とした半径13km程度の範囲は、どこも火口になる可能性があります。例えば、富士スバルラインや富士山スカイラインといった道路の真下が火口になり得るのです。

火口が市街地に近い場合は、甚大な被害が予想されます。ただし、平坦な場所では溶岩流の移動速度が遅くなるので、徒歩でも避難することは可能でしょう。

【被害予測2】火砕流で富士山の斜面が焼き尽くされる

富士山の場合、傾斜度38度以上の場所が火口になったときに火砕流が発生する可能性があります。沢や谷間の地形沿いに時速100km近い猛スピードで高温の気体が迫ってくるため、火砕流の通過点にいたら逃げることはほぼ不可能。1991年に長崎県・雲仙普賢岳で発生した大火砕流では、43人が犠牲になりました。

しかし、富士山ハザードマップに記されているとおり、火砕流の到達範囲は限定的。市街地にまで到達することはないと思われます。事前に危険なエリアから離れれば人命にかかわることはないでしょう。

【被害予測3】融雪型火山泥流で広範囲が破壊される

融雪型火山泥流は火山災害の中でも大きな被害をもたらす恐れがあります。1926年、北海道の十勝岳で発生した融雪型火山泥流では144名もの死者行方不明者が出ました。

今回のハザードマップ改定では、融雪型火山泥流の被害範囲についても綿密にシミュレーションしています。融雪型以外にも、火山灰が積もった地域では降雨によって引き起こされる泥流もあります。そちらは、ハザードマップに「土石流危険渓流」として危険な場所を記しています。

降灰の可能性マップ

(引用元:山梨県「富士山ハザードマップ(令和3年3月改定) 降灰の可能性マップ」

Q.富士山が噴火したら遠くの街にも影響がある?

溶岩流を流し出す噴火ではなく、宝永大噴火(1707年)のような大きな爆発的噴火が富士山で再び起きた場合、火山灰の降灰によって首都圏全域に大きな影響があります。

火山灰の噴出量や風向きによって被害は異なりますが、最悪のケースでは関東地方の広い地域で積灰が3cm以上、神奈川県や東京都、千葉県の一部では最終的に10cm以上。火口から10km以内の場所は数mに達すると予想されています。鉄道は線路に0.5mmの灰が積もっただけで運行不可。車も二輪駆動車が数cm、四輪駆動車でも10cmで走れなくなります。

それよりはるかに少ない積灰でも車で走行すると火山灰を巻き上げるので、視界が極端に悪くなって運転が困難。信号機も故障したりするなど、首都圏の交通は完全にストップします。さらに、電気や水道への被害も甚大。飛行機も飛べないため、首都圏の物流もストップし、その影響は全国に及びます。

ただ富士山では大規模な噴火のうち、火砕物(溶岩以外の火山から噴出された固形物)が主となるタイプは全体の10%程度と確率的にはそう高くありません。

火山灰による被害予想は、改定した富士山ハザードマップの「降灰の可能性マップ」に掲載。他にも、内閣府の「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」でもレポートされています。こちらにも目を通し、備蓄品を確保しておくなど日頃から噴火に備えておくことが大切です。

【まとめ】富士山噴火時に予想される被害

  • 噴火による災害の種類、規模はケースによって様々
  • 山頂を中心とした半径13km圏内はどこも火口になり得る
  • 火砕流の到達範囲は限定的となる
  • 爆発的噴火の場合、火山灰で首都圏の交通は完全にマヒ
  • 日本全国の物流などにも悪影響を与える

富士山の噴火対策として何をすべきか?

噴火している富士山のイメージ図


富士山の大規模噴火が発生した場合、私たちは万一の事態にどのように備えておくべきか? 噴火への対策について教えてもらいました。

Q.富士山の噴火は予想できる?

富士山をはじめ、火山の噴火は不規則なので、発生時期を何年も前から予測することは困難です。ただ、富士山は今から過去5600年間に175回噴火。単純計算で約30年に一度は噴火していますが、前回の噴火は300年間以上も昔です。不自然なほど期間が空いており、いつ噴火しても不思議ではないと言えます。

しかし私たち研究者は、富士山直下での微小な地震の観測や、富士山周辺の地面の盛り上がりをミリ単位で計測しています。数日、数時間前なら噴火を察知できる可能性があります。直前のタイミングでも噴火が予測できれば、周辺住民が危険なエリアから緊急避難できるかもしれません。

そういった点では噴火時期を正確に予測できず、警報が直前になっても、気象庁から噴火に関する情報がきちんと届き、速やかに避難行動ができれば命を守れる可能性は十分にあります。

Q.富士山噴火に備え、やっておくべきことは?

まずは、改定した「富士山火山防災マップ」のドリルマップを見てください。被災範囲は火口や規模などによって大きく変わりますが、ドリルマップは個々の条件ごとにシミュレーション。その結果を溶岩流や火砕流、融雪型火山泥流それぞれの想定被災範囲の時間変化や最終到達位置などで示しています。

自分が住んでいる場所や観光などで訪れる場所が「どんな条件のとき」に「どんな被害を受けるのか」知っておくことは非常に重要。避難場所や安全なルートを確認し、飲食物を備蓄するなど対策をきちんと練っておきましょう。

また、火山防災の一般的な知識を得ることも大切。内閣府の「火山防災に関する普及啓発映像資料」を見ると良いでしょう。登山者向けの防災情報を簡潔にまとめた動画で、「溶岩流や火砕流がどのように発生するのか」「近くで火山が噴火したらどう行動したら良いのか」が分かりやすく解説されています。


Q.富士山が噴火した時には、どのように行動すべき?

どこが火口になるか、自分がどこにいるかによって避難方法は変わってきます。火砕流や融雪型火山泥流、急傾斜地を流れる溶岩流、噴石などは噴火してから行動しても間に合いません。さらに火口から大砲の弾丸のように放出される大きな噴石は、数km程度先まで飛んでくることがあります。

噴火時に万一このようなエリアにいる場合は、まずは岩陰などに隠れること。少し静かになったらリュックやザックなどで頭を守りながら、速やかに火口から遠ざかてください。

富士山の「噴火警戒レベル」が上がった時点、あるいは「噴火警報」が発せられた時点で危険なエリアから逃れることが鉄則。噴火によって影響を受ける可能性があるエリアはハザードマップや気象庁の「噴火警戒レベル」のパンフレットに示されています。これらを参考に、危険なエリアから逃れてください。

火砕流
 

火砕流と火山泥流は沢や谷間に沿って流れるため、できるだけ高い場所に逃げましょう。特に車で移動していると地形の変化に気づきにくいため、誤って低い場所に向かってしまわないよう注意が必要です。

巨大な噴石が降ってきたり、数百度の火砕流に飲み込まれたりしたら、車の中にいても危険です。車から離れて頑丈な建物に移動するなど、状況に応じて判断しましょう。もちろん、避難する際は各自治体などの指示にも耳を傾けてください。

【富士山から近い場合】避難指示に従い、慌てず行動する

火口から近い場所にいるとき、火砕流や火山泥流の危険なエリアにいるときは即避難すべきです。その際は噴石などから頭部を守りつつ、火口から遠ざかる方向の風上側へ避難してください。

一方で、火口から離れた場所にいる場合は時間的猶予があります。噴火中は地方自治体の避難指示に従い、落ち着いて行動することが大切です。慌てて移動すると渋滞に巻き込まれ、危険なエリアにとどまってしまうかもしれないので注意してください。

【富士山から遠い場合】安全な場所へ避難し、随時情報を集める

噴火が収まっても、火山灰などで交通がマヒしたり、停電によって信号が機能しなかったりする可能性があります。気象庁や地方自治体のホームページやラジオなどで状況を確認しながら、次にとるべき行動を考えましょう。帰宅することよりも、まずは安全の確保を優先。必要に応じて、避難所に行くなどの計画を立ててください。

また、火山灰が降った場合、車に火山灰が積もってもワイパーを動かさず、水で洗い流してください。火山灰は細かな岩石やガラスの破片なので、ワイパーを動かすとフロントガラスが傷ついてしまいます。加えて、道路に少しでも火山灰が積もっているなら、車の運転にも注意が必要。火山灰を巻き上げないよう、スピードを落として走行してください。

今後、避難誘導に活用される予定の「リアルタイムハザードマップ」にも注目。噴火が始まったら火口の場所や溶岩流の量などを反映し、実際の被害範囲を即座に計算して表示するハザードマップで、国土交通省がシステムを開発しました。現状では噴火時の溶岩の噴出率などを即計測する調査法が確立されていませんが、ドローンによる溶岩流の計測技術などが実現すれば有益な情報源になるでしょう。

【まとめ】富士山噴火に対する備え

  • 直前なら富士山の噴火を予想できる可能性がある
  • ドリルマップで危険な範囲を知っておく
  • 気象庁の「噴火警戒レベル」「噴火警報」を随時入手する
  • 市区町村の避難指示に従い、落ち着いて行動する
  • 帰宅よりも安全の確保を優先する
CREDIT
写真: 藤井敏嗣、Adobe Stock
文: 田端邦彦(ACT3)